107話 開 ❝海内女王演武大会❞ 幕
「質問だ。希望とは、なんだろうか?」
アルキメデス魔法学校の大広間に集った大勢の参加者たちが、キョトンと目を丸くする。
そもそも、この階級制度において、試験は「誕生の『Ⅲ』」から始まるとされている。
つまり、希望の『Ⅱ』について深く考えたり、口にしたりする者など、ほとんどいない。
それは例えるなら……
「人はなぜ考えるのか?」
という迷宮のような問いに挑むようなもの。
誰もが考えたがらない、けれど避けられない命題だ。
メープルシロップは一つ、深く息を吸い、ゆっくりと鼻から吐いた。
そして、口を開く。
「神々とは、人間の恐怖から生まれた。
未来に訪れるであろう災厄を、神という“全能の存在”に委ねることで、我々はただ祈ればよかった。
――だが、現実はそんなに甘くはない」
彼の声に、空気が引き締まる。
「……魔王は、実在する」
どよめきが走る。
「海内女王演武大会の歴史はまだ浅いが、歴代の優勝者たちは、例外なく“希望”を抱いていた。
私も、その一人だった」
「ある時、私は魔王の幹部と遭遇した。気がついたときには、意識を失っていた。
その後、呪いの影響で髪は白くなり、重い病を患った」
彼は聴衆を見渡し、言葉を噛み締めるように語る。
「忘れないでいただきたい。
“恐怖”とは、常に身近に潜んでいる。
――私がもう少し強ければ、ここにはいない。何もされなかったのは、相手にすらならなかったからだ」
「皆さんは、アリを見て、戦おうと思うだろうか?」
「……思わないはずだ」
「魔王からすれば、我々はその程度の存在だ。
しかし、そんな我々に“希望”を持たせ、力を求めさせるために生まれた制度……それが階級制度だ」
「考案者は、かの勇者プロメテウス。
彼はこう言った。いや……“おっしゃっていた”と言うべきかもしれないな」
彼の口調がわずかに和らぎ、そして静かに語り始める。
「人間の運動……歩くこと、話すこと。
それらは、始まりの段階では一般に“努力”と呼ばれる。
努力は、欲望や欲求に忠実に従い、行動する。人間の基本的な原理に基づく。
そして、獲得可能な意見を伴った欲求を“希望”と呼ぶ。
一方、意見のない欲求は“絶望”と呼ばれる。
対象から傷つけられる可能性を想定した意見を“恐怖”という。
我々は、“希望”である。
夢を持ち、叶えることができる。
どんな絶望や恐怖にも、我々は打ち勝つ。
我々こそが、希望である」
メープルシロップは胸を張り、毅然と宣言する。
「今ここに、初代スーペリア王国、海内女王アテナの名の下に――
第八十八回、海内女王演武大会の開幕を宣言する」
会場がどよめく。
黄色い歓声が、あちこちからあがる。
静寂と沈黙を破り、そこには“動”があった。