106話 急辰嵐衝
勇ましき、“マカ”の名を持つ者たち。
彼らは皆、拳ひとつで闘うという。
武人闘王 マカ=オルテガ
武者災禍 マカ=ベルモント
武文多才 マカ=ゲネガ
彼らは共通して、リュウジンの国〈ドラゴニクス〉の出身であることが確認されている。
また、彼らが使う戦法……覇龍参衝……は、三つの局面に応じた攻撃形態を持つのが特徴だ。
外海の東に位置する国『ドラゴニクス』
その住人たちを、私たちは竜辰・龍辰 《リュウジン》と呼ぶ。
彼らの“牙”を象徴する 序牙衝
彼らが“天”へと昇る姿を象徴する 破天衝
そして、竜辰そのものを象徴する 急辰嵐衝
“マカ”の名の由来には諸説ある。
「勇ましい力」という語に含まれる音『マ』と『カ』。
あるいは、『魔力』の別読み……マカ。
推測の域を出ないが、竜辰は、勇者にも魔王にも匹敵する存在でないかと噂されている。
剣の国である、スーペリア王国には一人の男がいる。
その名も……ロッケンのアーサー。
彼は、スーペリアの天地国王にして、とある騎士団の団長を兼ねている。
彼の本名は、アーサー・エルド・ドラゴニクス。
かの騎士王〈アーサー〉の名と、竜辰王の〈ドラゴニクス〉の名を継ぐ者。
故に、彼の異名は〝竜騎士王〟
《名前の由来》
アーサー:正義・勇気・高潔さの象徴
エルド:炎・長老
ドラゴニクス:ドラゴンの力を操る技術体系
ちなみに「ロッケン」とは、彼の知れ渡った異名であるが……
これは「六」を示唆する音であり、二重の意味を内包している。
六剣:聖なる力・伝説・均衡
六賢:知恵・導き・調和・尊さ
どちらも「ロッケン」と読む。
かつてアーサーは、あのリヴァイアサンと対峙している。
「リヴァイアサン」――それは絶対的支配や国家権力の象徴である。
アーサーはこのとき、覇竜参衝……急辰嵐衝を放ったと伝えられている。
書庫で探せど、文献はないが、アーサー本人曰く。
「それは諸刃の剣のようなものだ」と……
~アルキメデス魔法学校にて~
場面は代わり、アルキメデス魔法学校の応接間だ。
歴代校長の絵が壁に飾られている。
額縁は埃をかぶっており、往年の人物達だと推測できる。
ここに呼ばれたのは、ひとりの男であった。
「久しぶりだな、マスタング」
メープルシロップが頬杖をついて、腑抜けた顔をするマスタングを睨みつけている。
それもそのはず、彼は眼前にいる四権英雄のメープルシロップとは初対面であった。
注意深く見てみると、腰に剣を携えている。
そのことから、彼が剣士だということが推測できた。
マスタングの朧げな記憶が彼の過去を思い起こさせる。
――緋色の剣……どこかで見たような気がした
マスタングは、吸い込まれるように剣の鞘を見つめながら、質問する。
「初対面のはずだが……どこかで会ったか?」
「……いや?」
眼前に座るのは、かの四権英雄・メープルシロップだ。
繁栄蜂のマスタングからしてみれば、その漂う雰囲気が緊張を煽った。
メープルシロップは、フォーチュリトス王国の天地国王の八重鎖鎌のアレキサンダーとは、階級がひとつ違うだけだ。
だが、彼の醸し出す厳格で、荘厳な雰囲気には、威厳のようなものを感じられ、心の奥底では、ひれ伏していた。
しかし、黄蘗顎の名が廃る。
かつて、用いていた鉄の顎で噛み砕こうものなら、互角だろうか?
――浅薄か、思慮に欠けるな。俺も
この男は、自信家であり、堂々ともしていた。
それは、メープルシロップも同じこと。
メープルシロップは、マスタングの視線に気がつき、白いマントで剣を隠した。
「座れ」
「では……テンブラーが飲みたいんだが」
「なあ、聞いているのか? 私は、座れと言った」
「すまない」
床に胡坐をかくマスタング。
彼は、ユニムを知っていた。
そのことが、どうしても知りたかった。
「どこで情報を掴んだんだ? 俺達はエンシェントで、ひっそりと……まさか、この俺か?」
「不思議な者だな。血はつながっていないのに。似ている」
「似ていないだろう。俺は、ただのおじさんだ。あの子は、かわいらしい女の子だぞ?」
「今なんと言った?」
「いや、その、かわいらしいと……」
メープルシロップが目を細める。
マスタングは、目線を逸らしては、なんと言えばいいかわらず、言葉に詰まる。
「どこがだ。こちらは、迷惑を被っている」
「何の話だ?」
「魔法でも変えられないはずの階級の勲章をフォーチュリトス王国の天地国王アレキサンダーの目の前で変えてみせた」
「酔っていたとはいえ、アダマスの天地国王白胡椒を相撲で勝ち取った」
「魔人は知っているだろう?」
「ああ……」
「赤人狼のファングに認められ、天縛の賢者ウラヌスの怒りを鎮め、仲間に従えた。
そして、あの魔人サターンにさえも、階級試験で打ち勝った」
「はは……流石はうちの娘だな」
「笑っている場合ではない」
「……どうしてだ?」
「変加護の試験にて、どこで覚えたか知らないが、空劫障壁をやってのけた」
「なんだそれは?」
「蒼雷と空気の層だ。
雷を空気で防ぐ方法だ。
いつから詠唱を教えていたんだ?」
「いや……俺はなにも」
「ところでだな。これはなんだ?」
「これか? 電気石の連絡先一覧だろう。ん? 誰のだ? 俺のか? いや、違うな……」
「そのユニムとかいう女児が提出してきた物だ。
演武大会参加条件の天民以上の連絡先についてだが……」
【ユニムの連絡先一覧】
:ブルースカイ
:プラチナ
:グリードグリーン
:クロノス
:パープレット
:ネイビス
:ホワイトペッパー
「おいおい、たまげたな……これ、ほぼ四権英雄だろ?」
「この全員に認められている……ということになる」
「ところで、ユニムの階級はいくつなんだ? もしや海内女王か?」
「違う。寛大陸だ」
「変加護の話をしていただろう?」
「アレキサンダーが合格させた」
「また懐かしい名前だな。……どうしてだ?」
「冷徹のエレナの放った氷の一撃を、溶岩で無効化した」
「どんな詠唱を使ったんだ?」
「使っていないから、こちらも焦っている。
なあ、マスタング。
どこで、あの女児を引き取った?」
「……エンシェントだ」
「天使やセレスティアル十二使徒が関わっていないといいが」
「……そうだな」
「それから、もう一人の少年についてだ」
メープルシロップは、一枚の絵をマスタングに見せる。
「誰だ? 知らないな」
「“Z”の一族だ」
「……そうなのか。ユニムは違うのか?」
「わからん」
「そうか」
「海内女王演武大会は近い。
目立つ者、異才を放つ者、見事な演武を披露する者……実に多彩だ」
「そうか。……楽しみだな」
「そうか? 興味を持て」
「すまんな……」
「先程も伝えたが、あの女児の階級は今、寛大陸だ。
そこで、隠密に“幸運志知”と“繁栄蜂”の試験を行う」
「やめておけ……俺と同じ道は辿らせない。
繁栄蜂にはならないほうが賢明だろう。違うか?」
「よく聞け。六人の英雄に認められている。
マスタング、そのために貴様を呼んだ」
「いや、だが……」
「その手で育てろ。かつて黄蘗顎と呼ばれた貴様の手で」
「……あの子はな、海内女王になりたいと言っていたんだ。
自分でわかってるんだ、俺なんかより」
「なら、やらせてみろ」
「……いや、俺はただ、親に会わせたいだけなんだ。
崇高な騎士や、至高の魔術師になれんるんじゃないかって、思ってたさ。
勇者の話も、外海の話も、全部、希望を持たせるためにした。
だが、あの子には……背負わせるには重すぎるものがある。あんな小さな掌で、背中で……」
「ならば、私がやる」
「待ってくれ……ガムシロップ」
「おい、ふざけているのか? ……メープルシロップだ。なんだ?」
「……俺が」
「なんだ? 時間は待ってくれないが? どうする?」
「俺がやる」
「二言はなしだ。期待している」
「……ああ」
マスタングの手には、緑黄色のリンゴがあった――