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101話 時は時間泥棒




 牙王ライオネルが、黒き立方体をふところから取り出し、左手に持つと、右手をかざす。

 立方体のすみが白く光った。



《多次元立方体、起動します》

《標準:バルドの塔》



 ――まるで、牙王ライオネルが考えたことが直接伝わるかのようだ。

 目的地が自動的に設定される。


 バルドの塔――そこは魔王シンの住まう場所。牙王は、彼に用があるのだろうか。

 何も言わず、舟の中央に置かれた天秤に、多次元立方体をそっと置いた。


 天秤の反対側には、何も乗っていない。それは奇妙な光景だった。

 本来なら天秤は重い方が下がり、軽い方が上がる。

 だが、その天秤は物理法則に反して、黒き立方体と空の皿が、まったく同じ高さを保っている。


 ――ひょっとすると、見えない何かが乗っているのか。

 あるいは、この立方体は空気と同じ重さなのかもしれない。



「インフェリオンよ。いざ、めよ」



 多次元立方体インフェリオンには、いくつもの隠された能力がある。

 サンタンジェロの上空に浮かんでいた舟、つまるところ、彼らが乗っているこの舟は、インフィリオンの一部にすぎない。

 インフェリオンは意思を持つ機械生命体であり、牙王ライオネルの世界では神々や創造主に近しい存在とされる。


 実のところ、牙王ライオネルは異世界人だ。

 魔力量は高いが、彼の世界は『技術万能主義』の科学文明であり、ファンタジー世界――セレスティアル――とは似て非なるもの。

 彼の最大の弱点は、魔法を学んでいないことだ。

 使えば強大な力を発揮するだろう。


 だが、使わない。

 それは、無意識下で自らに課している縛りのようなものだった。


 宰相は安全のため、ゼクロスとゼルドを舟の後方に座らせた。

 白で統一された見慣れない幾何学模様が刻まれた舟の内側に、二人は驚きの表情を浮かべる。

 まるで異国に来た外海の民のような気分だ。



「いざ参らん、発つ」


《かしこまりました》

《時空間移動を開始します》

《到達まで、残り三分》



 舟に乗っているのは――



 世界皇帝 牙王ライオネル

 冥空主  ネクロスキー卿

 武人闘王 マカ=オルテガ

 宰相   ニャルクス七世

 界十戒  ゼクロス

 変加護  ゼルド

 赤人狼  ファング



 以上、六人と一匹。

 ゼルドとファングは魔人であるため、「人」と数えるべきか「匹」とすべきか迷うところだ。



「あの……」


「控えよ。此処では沈黙せよ。宰相が語る」



 牙王はゼルドの言葉を遮った。

 ゼルドは口をすぼめ、呆気にとられる。

 すぐに宰相へと視線を向けると、ニャルクスは笑顔で見返した。



「ファング様も帰ってこられましたので、これより魔王に会いに行きますにゃ」



 ゼルドとゼクロスは、肩を落とす。



「お言葉ですけど、勇者も魔王も存在しないっすよ」


「その通りです。子供や大衆向けに作られた童話だと思われますが……」



 二人は物語としてなら聞いたことがあった。

 だが、信じているのはユニムと、賢者となった元四権英雄たちくらいのものだ。


 宰相は小さな口を鼻へと近づけ、不満げに言った。



「ニャンセンスですにゃ。

 よいですか。魔王と勇者は歴史を紡いできた存在ですにゃ。

 もし勇者が存在しなければ、もし魔王が存在しなければ――セレスティアル――は誕生しなかったのですにゃ」


「どういうことですか?」


「史実と事実は、まったく異なるんですにゃ」

「厳密には、天地創造の女神がこの世界を創ったとされていますにゃ」

「そして、その女神の血統を受け継ぐ人々を天民としたのですにゃ」


「そうっすよ。その天民たちが世界を繁栄させていったんすよ」


「しかし、事実は違いますにゃ」


「どういうことですか?」


「とある一族によって歴史は作り変えられ、隠蔽(いんぺい)されたのですにゃ」


「歴史も何も、僕たちはセレスティアル人です。進化論によって、ホモ・セレスティアルになったことが証明されていますよ」


「なるほど……ここまで来たら、わかるっすよ。勇者か魔王の一族が――」


「そうですにゃ。それこそ本物の天民ですにゃ」

「で、ですにゃ……天民とは別の、その一族とは――ルシフェラスの一族。俗に言う天使ですにゃ」


「ありえません」


「そうっすよ。いるわけないっす」


「それに、翼が生えていたとしても疑問点が多いです。そもそも翼は鳥類が進化の過程で獲得した逃避行の手段で、前脚もしくは腕が変化したものです。手足が六本もあったら、おかしいですよ」


「今、なんと言いましたにゃ?」


「手足が六……」



 ゼルドは昆虫を思い浮かべた。

 なぜ昆獣林檎(ヴァーミックアップル)が昆虫をもじった名なのか、なぜ飛翔できるのか――その理由がわかったような気がした。

 林檎の遺伝子編集を行った者は、セレスティアルの学問に精通している。

 それだけは確かだった。



「にゃははは。そういうことですにゃ。つまり、必ず存在しますにゃ。そして、その天使に打ち勝つ『Zゼタ』の一族も存在するのですにゃ」



 次から次へと、目から(うろこ)が落ちていく。



「ゼタの一族?」


「名前に『Z』を刻む者たちですにゃ」



 ゼルドはまたしても気づいた。

 ZELDゼルド……ZECROSSゼクロス

 そして、ゾル。彼もまたZORLゾルとなるため――『Z(ゼタ)』の一族なのではないか。



「ちょっと待ってくださいよ。もしかして、僕らはその……」


「間違いないのである。勇者の末裔まつえいゾロアスターもそうであったのである」



 ファングが口を開く。



「……懐かしいな」



 マカ=オルテガが、興味深げに勇者の話へと加わる。



「これから全体、何が起きようとしているんです?」


「天使と、『Z(ゼタ)』の一族の争いですにゃ」


《到着しました》

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