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転生悪女は大事なことを忘れている  作者: つきかげ
第一章 幼少期編
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5、友達大作戦パート2


「どんなことがあっても、あなたは私の将来の伴侶です。ですから困ったことがあれば些細なことでも私を頼ってください」

 ランドルフ王子殿下は天使のような慈悲深い顔でそう言った。

 なんていい人なの。さすが小説のヒロインが恋に落ちる王子様だ。

 ディアナに対しては冷たいのだと思っていたけれど、今の段階では私が馬鹿な騒ぎを起こさなければこうやって手を差し伸べてもらえる……。

 断罪回避の鍵は殿下なのかもしれない……。

 

「……あの、じゃあ……殿下に一つだけお願いがあります」

 

 魔力統合の儀が終わったすぐ後で、まだ頭がガンガンする。前世で経験した二日酔いに似たような状態だわ。

 そんな状態で、私は正しい判断ができているのかな。

 だけど……。

 先日のお茶会が頭をよぎる。

 友達大作戦は失敗に終わった。

 だけど、もし、この目の前の殿下と仲良くなれたなら、断罪ルートの未来は大きく変わるのでは……?

 一か八かだ。

 

「私と友達になってください!」


 私がそう言うと、殿下は目をぱちくりさせた。

 何を言ってるの? という顔だ。

 でももう引き返せない。


「ええっと、だから……私……友達がいなくてですね……作ろうと頑張ったんですけどうまくいかなくて。変なお願いなんですけど、殿下がお友達になってくださったら嬉しいなぁと思って」

「はああ??」

 特大のはあ?といただきました。こんなに声を張ってる殿下を見たのは初めてだ。

 そりゃそうだよね。頭おかしいって思われるよね。婚約者なのに友達になりたいだなんて。だけど私たちは形だけの婚約者で、お互い愛し合っていない。だからせめて友達として今よりも親しくなりたい。

 殿下はゴホンと咳払いをして諭すように口を開いた。


「君らしくない要求だね。今までの君は、自分の言うことを聞く都合のいい人間と取り巻きさえいれば満足のように見えたけど」

 うっ……その通り。

 今までの私はそうだった。それがいきなり友達が欲しいなんて言い出したら驚くよね。

「確かに過去はそうでした。ですがあのままでは私は皆に迷惑をかける愚か者のままです。だから……変わりたいのです」

「人はそう簡単に変われないよ」

 ずっとにこやかだった殿下の表情が一瞬にして冷淡な顔つきになった。パーティーのときと同じだ。心臓が絞られるように切なくなる。

 やっぱり殿下とお友達になるなんて無理だったのかな……。

 

「もし君が本当に変わりたいのなら、まずリチャードときちんと和解するべきだよね」

「それは……」

 それはそうだ。

 リチャード様とは、誕生日パーティーで私が彼を引っ叩いてから会っていない。もちろんあの後、謝罪の手紙は書いたけど返事は来なかった。

 そんなリチャード様が今更会ってくれるはずがない……。

「やっぱり君は口だけだね」

「……」

 殿下は満足そうにそう言った。まるで私にずっと悪女でいて欲しいみたいだ。

 ……悔しい。

「私も一度リチャード様ときちんとお話したいと思っていました。ですがきっかけがなかったのです」

「そう、ならば今度リチャードを呼んで三人でお茶でもしようか」

 殿下は私を試すようにニヤリと笑った。

「え……」

「もし君がリチャードと和解して友達になれたのなら、私も君と友達になりたい。どうかな?」

 え?

 殿下は優しい口調だけど、有無を言わさない圧を感じる。

 正直、いきなり好感度マイナスマックスのリチャード様と友達になるのは厳しい。

 殿下はそれを分かっていて提案しているんだ。私がまた暴れて自滅するのを見たいの? 殿下が何を考えてるのか分からない。

 だけどこれはチャンスでもある。

 私は深呼吸してから真っ直ぐに殿下を見据えた。

「お二人と仲良くなれるように頑張ります」

「……じゃあ決まりだね」

 言ってしまった。

 殿下もリチャード様もきっと私と友達になる気なんてさらさらない。

 だけどやるっきゃない……!



 

 

 *


 それから一週間。私は宣言通り、王宮ので二人とお茶をすることになった。

 私は清楚な水色のドレスに、殿下にいただいたネックレスを合わせた。靴のヒールは殿下の身長を超えない程度の高さにしたし、お化粧は清潔感のある雰囲気に。

 そして私の密かな趣味になっているネイルアート。ベースは派手すぎないピンクベージュ。そして親指には今人気のブランドテディベアの『マスベア』の絵を描いてみた。うん、可愛い。爪が可愛いと気分が上がるわね。

 よし、今日の私も悪役っぽくない。

 年相応の十歳の可愛い公爵令嬢だ。

 自信を持って……頑張るのよ私……!




 王宮の侍女に案内されて、庭園の南側にある温室に案内された。

 殿下とリチャード様はもう中にいるらしい。

 緊張で手汗が湧き出てくる。

 私はゆっくりと音を立てないように、温室のドアを開けて中に入った。

 珍しい観葉植物の葉っぱをかき分けて奥に進むと、二人の話し声が聞こえてきた。


「何が楽しくてディアナ・ベルナールなんかと会わなきゃいけないわけ?」

「まあそう言うな。今回だけだから」

「はあ、君たちのいざこざに僕を巻き込まないでくれよ。僕、あの子嫌いだし、愛想よくなんてできないからね!」

「それでいいよ。今回はあの子の決意とプライドへし折ってやるのが目的だから」

「はは、なにそれ。こっわー」


 ここでも陰口……。

 陰口タイムに出くわすのはこれで二回目だ。前はご令嬢たちだったけど。

 でもまあ、リチャード様が私を好きでないことは分かっていた。そして殿下の思惑も知れて納得した。

 殿下は人は簡単には変われないと言っていた。それを私に分からせたいんだ。

 はあ……先が思いやられる。

 だけどここで泣いてる暇もない。断罪回避のためだ。気まずいけどやるしかない。


「ごきげんよう。殿下、リチャード様」

「あ……」

「ひいっ」


 笑顔で挨拶すると、殿下は気まずそうに目を逸らし、リチャード様は警戒するように身構えていた。

 二人とも明らかにヤバ、悪口言ってるの聞かれたって顔をしている。

 聞いたよ! 聞こえちゃったもん!

 だけど今日は喧嘩をしにきたわけじゃないから、聞かなかったことにしておく。

 

「……なぜ裏口から入ってきたんだい?」

「えっ?」

 殿下は気まずそうな顔のまま、そう言って私が通ってきた方を見た。

 裏口? 侍女からは、あそこが入口だって案内されたんだけど……。

「入口はあっちだよ」

 そう言って殿下が指差す方向には、見たことのない豪華な扉があった。

 どうやら温室の入口はこちらだったらしい。私は使用人が使う裏口を入り口として案内されていた。

 あの侍女……きっと以前の私に何か言われたことがあったのね。だからこうやって嘘の案内をしてやり返してきたんだ。

 相変わらずディアナには敵が多い。自業自得だけど……。

 

 裏口から葉っぱをかき分けて進んできたから髪型もぐしゃぐしゃになったし、何より二人の陰口を聞いちゃった。……最悪だ。


「驚かせてしまってごめんなさい。入口の件は何か手違いがあったみたいです」

 私はそう言って笑顔を崩さずに椅子に腰掛けた。

 我ながら強メンタル!



「ディアナ嬢とはあの時以来ですね」

 リチャード様は気怠そうに口を開いた。めんどくさい帰りたい、と顔に書いてあるけれど、一応私と会話をしてくれる気はあるみたい。よかった。

 大きな瞳に薄い唇、肩まで伸ばされたサラサラのピンク色の髪、そして羨ましいほどの華奢さ。

 殿下もすごく美形だけど、彼はまた種類の違った中性的な美形だ。二人が並ぶと眩しくて目が潰れそうになる。

 

「リチャード様、あの時は本当に申し訳ありませんでした。私、ずっと直接謝りたかったんです」

「ふーん。まあ終わったことだし、もうどうでもいいよ」

「……そう、ですか」

 リチャード様のあっけらかんとした態度に拍子抜けしてしまった。

「それよりさぁ。君のその、以前とは別人みたいな態度はなんなの? 気味が悪いんだけど」

「えっと……」

「あれだけ僕のこと嫌っておいて、今更仲良くしたいって? 無理だよ。はあ? って感じ」

 リチャード様は綺麗な笑顔できついことを言い放つ。

 だけど正論だ。以前のディアナがリチャード様にした嫌がらせは数え切れない。それなのに今更友達になろうなんて、都合がよすぎるって私でも思う。

 そんな私たちのやりとりを、殿下は顔色ひとつ変えずに傍観している。

 きっと殿下はこうなるこが分かっていたんだろう。

 ……どうしよう。この状況、かなりハードモードだ。

 

「この際だから聞いとくけど、なんで僕のことそんなに嫌ってたわけ? 君に嫌われるようなこと一度もしたことないよね?」

 彼の棘を含んだ声色に、冷や汗が止まらない。綺麗な美少女フェイスが憎悪の表情で歪んでいる。

「もしかして理由もなく嫌がらせしてたの?」

「違います!」

 理由は……ある。しょうもないけど。

「ふーん。じゃあその理由ってやつを教えてよ」

「それはその……」

「何? 心当たりないんだけど。はっきり言いなよ」

「か……可愛かったからです」

「え?」

「可愛かったからです!!!」

 言ってしまった。私がリチャード様に嫉妬していたという事実を。

 無論、目の前の二人は絶句している。

 ええい、もうどうにでもなれ。

 

「だって悔しいじゃないですか。男の子なのにどの令嬢よりも可愛いんですよ。世界一可愛いのは私だと思っていたのに、私より可愛い人が殿下の横で楽しそうにしてるなんてっ……! 悔しくて悔しくてっ!」

 以前の私、ディアナ・ベルナールの気持ちを打ち明けた。

 恥ずかしい。

 今きっと顔が真っ赤になっていると思う。


「……そんな理由?」

「しょうもな……」

 

 二人はそう言って呆然と私を見ていた。

 

「こんな理由で嫌がらせをしてしまって本当にごめんなさい。今は後悔してます。もう許していただかなくてもいいです。とにかく謝りたくて……」

 

 そう言って私は椅子から立ち上がり、地面に膝をついて土下座した。

 この世界って土下座の概念ってあるのかな? 分かんないけど、これは私にとって最上級の謝罪だ。


「ちょ、ちょっと! やめてよ! 女の子にこんなことさせてるって噂になったら僕の名に傷がつくだろ!」

 頭上からリチャード様の焦った声が聞こえる。だけど私は土下座をやめない。

「おい、ランドルフ。この子に何か言ってやってよ!」

「えっ、ああ……ベルナール公爵令嬢、顔を上げて。それは罪人の基本姿勢だ。それほどまで君は罪の意識があると言うのか? だけどやりすぎだ……ここまでしなくてもいい」

 声だけで分かる。殿下も珍しく焦っているし、たぶん私にドン引きしている。

 そしてやっぱり土下座の概念はこの世界にはなかったのね。

 この世界では土下座は罪人の基本姿勢なのか……知らなかった。ひとつ勉強になったわ。


「ねえ、顔あげてってば! もう分かったから! 過去のことは水に流すよ、それでいいだろ? 友達にでもなんでもなってあげるから!」

「ほんとですか! ありがとうございます!」

 勢いよく顔を上げると、セットしていた髪が解けた。ボロボロだけど、そんなの気にならないぐらい嬉しい。


「はあ、君って変な子だね。ほら、早く立ちなよ」

 リチャード様は苦笑しながら、私に手を差し伸べてくれた。

 その手を取ってそっと立ち上がる。

「さっき僕も君に意地悪なこと言っちゃったね。ごめんね」

「とんでもないです! むしろお互い腹を割って話すことができてよかったです!」

「はは、やっぱ変な子だなぁ。でもそういうの嫌いじゃないよ。……あ、これ」

 リチャード様は私の手を取ったまま、私の爪を凝視している。

「これはネイルアートです。趣味でやってるんです」

「へえ、可愛いね」

「ありがとうございます! へへ、これを誰かに褒められたの初めてです! このクマさんの絵は今流行りのテディベアをモチーフにしてて……」

「それってマスカレードベアだよね?」

「ええっ、知ってるんですか! 私、すごく好きなんですよ。たくさん集めてます」

「……僕も集めてるよ」

「ええ! 本当ですか! うわぁマスベア仲間がこんなところにいたなんて! 嬉しいです!」

「え……男なのにこういうの好きって聞いておかしいって思わないの?」

「思わないです!」

 思うわけない! マスカレードベアことマスベアを愛するのに男も女も関係ない。


 マスベアを通して、リチャード様と私は短時間で意気投合してしまった。

 まさか好感度最低値だった彼とこんなに仲良くなれるなんて。


「今度マスベアの限定展示会があるんですよ。よかったら一緒に行きませんか?」

「えー行く行く!」

「やったー!」

「いえーい!」

 からのハイタッチ。

 リチャード様と遊ぶ約束までしちゃった!

 今日はなんていい日なんだろう……!

 そんな幸せな気持ちのまま、殿下の方を見た。

 

「……!」

「……」


 む……無表情。

 殿下の周りだけブリザード吹いてるのかってぐらい凍えるような目つきだ。


「あの、殿下もマスベア展示会行きますか?」

「いや、遠慮しておく」

 展示会に行きたかったわけじゃないのか。どうして急にこんな雰囲気になったんだろう。何か気に障ったのかな?

 よく分かんないけど、リチャード様と友達になれたってことは、殿下とももう友達だよね!

 悪女回避の道、一歩進んだわ!


 

 

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