(7)お前たち! やっぱり戻ってきてくれたか! よさこい隊結成!
きっと決戦は今日の夕暮れ!
……と思っていたのだが、その日はラビの暴走がなく、次の日を迎えた。
あの後深い眠りに入ったブリちゃんはこんこんと眠り続け、俺は俺でラビの襲撃に遭遇した時にブリちゃんを叩き起こすため、ほぼ寝ずに過ごした。
目がしぱしぱする。朝から眠すぎる。
「ふぁ……。レンってばすっごいクマだねぇ」
誰のせいだ!
そう心の中でつっこむが、すやすやと眠るブリちゃんはぬいぐるみのようで癒された。それはそれで俺得だったわけで……。
「おーい。レン殿」
村の広場で待機する俺たちのところに、20人ほどの村人たちが集まってきた。俺と同年代くらいの村の若い衆だ。鳴子を手に持っている。
「お前たち……!」
俺が嬉々として声をあげると、若い衆が詫びてきた。
「すまなかった。辛抱が足りなかった」
「昨日は親父に怒られてさ。もう少し頑張ってみるよ」
もちろん、腰を痛めて満足には踊れない村長も様子を見にきていた。
よさこいを教えてくれと頼まれたのは俺の方だ。でも、頼まれたからと言って、偉そうに「教えてやる」なんて姿勢ではいけない。
俺は深々と頭を下げた。
「収穫の忙しい時期に時間を作ってくれてすまない」
この世界では穀物の収穫シーズンにあたり、畑では大きな穂をつけた麦が実っている。
収穫の作業を止めてまで、よさこいの練習に時間を割いてくれているんだ。異世界から来たよくわからんやつの話を聞いてくれるだけでもありがたいと、感謝しなくてはいけない。
若い衆のリーダー格の男が頭をかきながら言った。
「いやぁ、なに。ラビに踏み荒らされたら水の泡だからな。改めて、宜しく頼む。レン殿」
「よーし! やるぞー!」
俺の気合いに合わせて、若い衆が鼓膜をつくくらい大きな声をあげた。
「よし、いいぞ。気合いも大事だ」
「レンも気合いじゅうぶんだね。頭に布巻いちゃって」
「祭りの衣装と言ったらねじり鉢巻きだからな!」
気合いを入れるついでにシャツを脱いで上裸になっているため、ブリちゃんはあまり俺の方を見てくれない。
「じゃ、ブリちゃん。音楽頼むわ」
「わかった」
空に描いた魔法陣から、太鼓の拍子にのって賑やかな曲が流れ出した。
「この曲に合わせて踊るんだ。俺の真似をして……、少し早いけどついてきてくれっ!」
「おぅ! わかった」
曲がある方がリズムに乗りやすいのか、見よう見まねで若い衆は踊り出した。太鼓のリズムに合わせて、体を動かした。躍動する体はたくましく、とても生き生きしていた。
「そうだ。その調子! ……ここで腰を落として、かけ声だ。どっこいしょ、どっっこいしょ!!」
「どっこいしょぉ!!」
「どっこいしょぉおっ……!!」
ソーラン節の振りのひとつである。腰を落として片足を伸脚させ、網を手で引く動作をすると、若い衆が苦しい声を出した。
「くぅー、キツい」
「しんどぉ……」
「頑張れ! ほら、もっと腰を落とすんだ。お前らだって農作業で腰を落とすだろ。それと一緒だ!」
苦しそうな息づかいだったが、若い衆は根を上げることなく、一曲を通しで躍り切ることができた。
「よし、よくやったぞ! あとは振り付けのおさらいをしていこう。じゃ、ブリちゃんはここで休憩な」
「うん。わかった!」
魔力を温存してもらうために、ブリちゃんには休憩してもらい、ゆっくりと動作の確認をしていく。
「……なるほど。わかったぞ!」
俺たちの様子をただ見ているだけだった村長がいきなり立ち上がり、家へと帰って行ってしまった。
「どうしたんだ? 村長」
若い衆は不思議そうに村長の後ろ姿を目で追うが、今はそんなことを気にしている時間はない。
集まってくれた有能な20人を踊り手に、よさこいの神髄を教え込まなくてはいけない。
「よし! 続き、やるぞー」
村長のことはさておき、俺は弟子を育て上げるために踊り続けた。
そして、陽が傾き空がオレンジに染まり始めた頃──。
草原の水平線に土煙が見えた。遠くの方からドドドと大地を揺らす地鳴りが聞こえてくる。
「ラビの大暴走だ――!!」
「備えろ――!!」
けたたましく鐘の音がなる。異常事態を知らせる合図だ。
物見櫓から周辺を偵察していた村人から、次々と異常を知らせる連絡網が回ってくる。
のどかな時間は終わり、村人達がバタバタと忙しなく動き始めた。
「レン、行こう! ラビを追い返そう」
「おう! よっし、行くぞ、お前ら!」
集落がラビの大群に飲み込まれる前に、俺は20人の踊り手を引き連れて草原に向かった。