(6)よさこいにはには音楽だ! 音楽を召喚せよ!
さっきまで眼下にいた大群衆が散り散りに解散してしまった。広場の熱は一気に下がり、ひゅ~っと隙間風が流れていった。
「下手でもいいって言ったじゃない。なんでそんなに怒るの?」
稽古の様子を見ていたブリちゃんが口を開いた。
「別に怒っているつもりは……」
「いや、怒ってた。レンのイライラが伝わってきた」
ブリちゃんの見抜いた一言に俺は観念した。
「怒りたくねぇけど、怒っちまうんだよ。真剣だから。……それに素人に教えるって難しい。まだ俺は指導者に向いてねぇや」
「いい加減なのが許せないんだね。それを他人に押し付けちゃいけないのもわかっている。その板挟みで苦しいね。でも、レンは頑張ってるよ。それはわかる」
今日のブリちゃんはやけに優しかった。昨日の出会いが最悪だったせいもあるが。
「ありがとな。慰めてくれて」
俺は頭をぽんぽんと撫でた。もはや頭ポンポンは癖になっている。
不意をつかれたブリちゃんは顔を赤くして俺の手を払った。
「もうっ、やめてよ。恥ずかしい」
赤髪ポニーテールの毛先を指でくるくるといじりながら、言葉を続けた。
「動きを合わせるのが大事なのはわかるけど、合図がないと合わせられないよね。……ほら、歌とか音楽とか」
俺はハッと息を飲んだ。
そうだ。音楽だ。
俺ひとりで舞う時は、自分の頭の中に音楽が流れてくる。大勢で舞うには音楽が必要だ。
「そうだ! 忘れてたよ。ブリちゃん。でもよさこいの音楽って、この世界にはないんだ。リズムや音色が違うんだよ。それをどうやって再現して伝えればいい?」
「アタシに任せて。たぶん、召喚できる。ちょっと時間がかかるけど」
意外すぎる回答に俺は声がうわずった。
「しょ、召喚!?」
ブリちゃんは得意げに顔を傾けると、赤髪ポニーテールがファサァと揺れた。
「アタシが1番得意な魔術は召喚術なの。異世界の音楽とか、異世界の映像とか、そう言うのを召喚して、楽しんでいたのよ。それが今、役立つ時ね」
「で、どうやって? やって見せてくれよ」
俺が急かすとブリちゃんは、なぜか俺の胸に顔を寄せてきた。
驚いてビクンと体が震え、同時に体が熱くなった。ツンデレな可愛いやつ。そう思ってから、意識してしまう。
俺の胸にすっぽりおさまったブリちゃんは、耳と手のひらを胸にピッタリくっつけて、俺の鼓動を感じているようだ。
……ってなにしてるんだ? 恋人ごっこか? こんな時に。
「お、おい……何して」
恐る恐るブリちゃんに声をかけると、自身の唇に人差し指を当てて囁いた。
「しっ。よさこいのことを考えて。今、レンがいつも踊っていた大好きな音楽を感じ取っているの。余計なことを考えないで頂戴」
俺は黙り込んだ。思いを見透かされているようで恥ずかしくなり、ボッと顔が熱くなった。
「……わかったかも!」
しばらく俺の胸に頭を埋めていたブリちゃんはパッと顔をあげると、空に赤い光で魔法陣を描いた。そこから、聞き覚えがある音楽が流れ出る。
全身の血が沸き立ち、細胞が奮い立つ、あの曲、“よっちょれ”が!!
「そうそう!! これこれ!! これだよ!! よっちょれ!! すげーな、ブリちゃ……」
ふっとブリちゃんに目をやると、彼女はへなへなとうずくまり、魔法陣も音楽も消えていた。彼女は荒い息をしながら、「よかった」と言うだけだった。
「どうした!?」
「ごめん。ちょっと力を使いすぎた。今日の、大暴走に備えて、力を蓄えないと……。今度はもっと長い時間流すようにする。でもごめん、今は少し休ませて……」
差し伸べた俺の腕にしがみつきながら、ブリちゃんは小柄な体をさらに小さく丸めて眠りについた。
自身のことを半人前の狩人と言っていた。自信がないくせに虚勢を張って頑張ってきたんだろう。
じっとりとかいた汗で顔に張り付いた赤髪をそっとかきあげてやる。静かに眠る異世界の魔法使いは健気で可愛らしかった。
……って、あれ? 俺ってブリちゃんに恋してんの?
まさかな。