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(4)及第点のモンスターハンター ブリュンヒルデ

 泣き崩れる女を支えるように、俺は胸を貸したので、赤髪ポニーテール女はそのまま俺の胸に突っ伏した。みるみる涙と鼻水で俺の黒Tシャツが濡れていく。

 

「あーあ」

 

「ご、ごめん……」

 

 すっかり黒Tシャツはびしょびしょだ。


 転生前の現代は夏の季節。服はTシャツ一枚。これしか持っていないし、他に着る物も持っていない。異世界の気候も似たようなものだった。陽が沈んでいないおかげで、夏の夜風のように心地よい風が吹いている。

 

 俺はおもむろにTシャツを脱ぐと、女は顔を真っ赤にした。

 

「ちょっと! なに脱いでんの?」

 

「わりぃ。誰かさんの涙と鼻水で気持ち悪くってさ」

 

 そういうと、女はモジモジと居心地の悪そうにしながら、そっぽを向いた。

 男の裸が見慣れないのか、初々しい態度だ。俺の方は祭りで上裸になることに慣れているので、あまり恥ずかしさはない。

 

 女が黙り込んでしまったので、俺の方から声をかける。

 

「あのさ、生け贄ってまだ有効? 俺、異世界にまで来て死にたくなんだけど」

 

「……」

 

 女は黙り込んだまま、なにも答えない。しばらく待ってまた声をかける。

 

「なぁ? 聞いている?」

 

 女が何か言った。

 でも小声で聞こえない。「なぁ」と声をかけると、女は叫ぶように言った。

 

「アタシだって、誰かを犠牲にしたくない。生け贄なんてもうたくさん! でも、そうしなきゃいけないのよ。お師匠様だって、他の狩人だってみんなそうしてる。異世界から死んだはずの人間を召喚して、囮にして、その間に攻撃魔術を繰り出すの。時には魔力を回復させるための時間稼ぎに使っている。……でも、アタシにはそんなこと、できない。やっぱり、無理。狩人、失格だわ」

 

 瞳の端に涙の粒が浮かんだ。

 これは、生け贄として俺を召喚した後、俺に催眠の魔術をかける時に見せた表情と一緒だった。

 

「酷いことして、酷いこと言ってごめんなさい。自分の仕事をするために、あなたにキツく当たるしかなかった。……だって、会話しちゃったら、放っておけなくちゃうんだもん。生け贄は道具だって、お師匠様に言われた通りに思い込むようにしても、やっぱりダメ。あなたにもあなたの人生があるもの!」

 

 涙ぐみながら俺を見つめる瞳で確信した。やはり、赤髪ポニーテル女は非情な人間ではなく、情け深いやつだった。

 

「わかってたよ。お前、俺が目を覚ましたせいで放って置けなくなったんだろ。あのまま俺がラビの大群に飲まれて食われている間に俺ごと炎で攻撃することもできただろうに。俺をかばって先に攻撃を仕掛けてくれたんだよな?」

 

「うっ……」

 

 嗚咽が聞こえてきた。おいおい、また泣くのか。

 焦って話題を変える。

 

「ところで、お前の師匠ってひでぇやつだな。異世界から召喚した死んだはずの人間を再利用して、生け贄にするなんてな」

 

「……そこまで非常になれないから、アタシは結果を残せないのよ。お師匠様から及第点を食らって、追い出されたの。だから、アタシはひとりでモンスターを撃退できない半人者なのよ。……ううっ……、わーん……」

 

 しまった。逆に泣きのスイッチを思い切り押してしまった。

 再び女は俺の胸で泣きじゃくり、今度は素肌が涙で濡れていく。

 

 心優しくて泣き虫なくせに、強がるなんて、どんだけツンデレなんだよ。

 俺の胸がまた涙でびしょびしょになると、感心を通り越して呆れてしまう。

 

「おい、もう十分泣いたろ」

 

 涙を指で拭ってやり、ぽんぽんと頭を撫でる。驚いたのか、女の涙がぴたりと止まった。

 

 じーっと俺の胸を見つめている。

「たぶんそうだろうと思ったけど、あなたってすごく立派な体つきしているのね。浅黒くていい感じよ」

 

 男のイイカラダを見て、女が目を輝かせるのは異世界共通のようだ。


 踊りというものは体幹を鍛えることができる。細い体に盛り上がった胸筋と割れた腹筋は、俺自身の努力の賜物だ。つーか、某有名な国民的ダンサーのバキバキ胸筋や腹筋に比べたら足元にも及ばないので、この程度で感動してくれるならありがたい。

 

「おう、ありがとよ。ところで……」

 

 お礼を返したところで、生け贄解放の件はどうなったのかと聞こうとしたら、赤髪ポニーテル女が俺の両手を強く握った。

 

「お願い! アタシに力を貸して! あなたの……その、よっこいで……」

 

「よさこい、な」

 

「……よさこいで、ラビの大暴走を撃退しましょう。夕夜の間はまた大暴走がある。その間だけ、わたしに力を貸して。人も、モンスターも誰も傷つけたくないの!」

 

 “夕夜”とは俺の世界でいう白夜みたいなものだろう。一晩中夕暮れの様子になるのがこの世界の“夕夜”だ。

 

 握られた手から、赤髪ポニーテール女の熱意がひしひしと伝わってくる。もう了承するしかなかった。

 

「おっ、おう」

 

「……ありがとう。この任務が終わったら、あなたを自由すると約束する!」

 

 俺たちは互いを讃え合う握手を交わした。


「まだ名前を名乗ってなかったわね。わたしはブリュンヒルデ。あなたは?」

 

「山崎 廉太郎」

 

「よろしく。ヤマザキレンタロウ」

 

 異世界には俺の名前は通じない。ブリュンヒルデはたどたどしく俺のフルネームを繰り返した。

 

「レン、でいいよ。よろしく、ブリちゃん」

 

「ブリちゃん!? なにそれ、アタシにはブリュンヒルデって立派な名が……!」

 

 ブリちゃんは自身の握り拳を胸の前に掲げてぷりぷり怒っているが、俺には関係ない。ブリュンヒルデは言いにくい。

 

 俺たちがワイワイ賑やかにしていると、背後に人の気配がした。

 

「お話、聞かせていただきましたぞ!」

 

 振り返ると、老境に差し掛かった男性が立っていて、ブリちゃんが驚きの声をあげた。

 

「村長さま!?」

 

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