(3)頼むぜ! 俺の相棒、鳴子! 俺は舞い踊る!!
俺は鳴子を両手に持って、お決まりのポーズで構えた。
転生前に練習で踊った時のように踊るだけだ。
「……アンタ、なに、して……」
やっと口が聞けるようになった赤髪ポニーテール女は、顔をこちらに向け目を丸くしている。
「見てろよ……」
ラビたちがキュキュウと不気味な奇声を上げて、こちらに近づいてくる。
俺はやつらを十分に引きつけてから、雄叫びを上げた。
「ハァ――――――――ッ!!!!」
気合いに驚いたラビが動きを止める。
カラカラと鳴子を鳴らすと、ラビは耳をピクピクさせ、静かにこちらを見た。
良い反応だ。動きを止めることができれば時間稼ぎになる。
この間にこの女がどうにかしてくれるはずだ。
勝手に信じて、俺は足を踏み出す。
「イヨッ、ホッ」
間を取りながら、また一歩を踏み出す。
「ヨッ」
腕を大きく振って、鳴子を鳴らす。
「ハァッ!!」
足を蹴り出し、跳ねる。
上体を逸らし、鳥が羽ばたくように両手を大きく振る。
「ヨッチョレ! ヨッチョレ!」
煽るようにラビの目前で舞い踊ると、ラビは少し後退した。白い毛糸がわさわさと後ろに下がっていく。俺たちを取り囲んだ輪は徐々に広がっていった
それでも俺はラビの目前で円軌道を描きながら舞い踊った。よさこいの音楽もない、ただ風が吹き抜ける草原に、軽快な鳴子のリズムがカラカカラと響く。
それはとても幻想的で、静謐なひと時だった。音楽が流れる中、お祭り騒ぎで踊るよさこいとはまた違う。
肉体や精神が自然と一体化する感覚に俺は酔っていた。
気合いや掛け声も忘れ、鳴子の音に耳を傾け、夢中で舞い踊った。目を閉じ、己の感覚だけで踊り続けた。
踊りの神様をおろすって、こんな感じ?
大仰にそんなことを思い、自惚れた。
「見て……! ラビが方向を変えて逃げていく……!」
女の声に気づいて目を開けると、ラビの大群が来た方向に戻っていく様子が見えた。
「やった……。撃退……できた」
俺は力尽き、地面に座り込んだ。
「よかった……よかったよぉ~!!」
赤髪ポニーテール女はわんわんと泣きじゃくっていた。
おいおい、百戦錬磨のモンスターハンター様がなんで泣くんだ?
リュックから飛び出したのであろう、地面に落ちていた俺のハンカチを拾い上げ、手渡した。
「ほら、これで涙でも拭け」
「ありがと」
女は涙を拭った後、チーンと鼻水までかんで返してきやがった。
「あぁ……。まぁ、いいってことよ」
ブランドのハンカチだったので、鼻水かんだことは許さないがな。
「眩し……。ちっとも陽が沈まねぇな」
差し込む夕日に手をかざした。ラビの襲撃から時間が経過しているはずなのに、ずっと水平線に太陽が残っている。
「この時期は1週間は陽が沈まないの。夜の時間はずっと夕暮れ。夜が終わればまた陽が昇る。この世界で季節の変わり目を告げる風物詩よ」
「それで、モンスターたちが異常行動を起こして、それが災害になっているわけか」
「……そういうこと。さすが理解が早いわね」
「まぁな。異世界転生ものの漫画を読んできたから、理解は早いぜ」
「ふふっ。何言っているの? 意味わかんない」
女が笑うのに合わせて、俺も笑った。異世界に来て、多分、初めて笑った。
「アンタって、あんな魔術が使えるなんて知らなかった」
よさこいの演舞を魔術だと思っているらしい。
「魔術じゃねぇよ。あれはよさこいって踊り。子供の頃から踊っていて、俺の生きがいみたいなもんだ。踊りっていうのは昔から、神様に祈りを捧げたり、感謝を表す時にやるもんだから、神様が守ってくれたのかも知れねぇ」
今まで神様なんて信じてこなかった。
そんな俺が命拾いして、誰かを助けて、初めて神様なんて偉大な存在を口にしていた。自分でも驚きだった。
神と聞いて、赤髪ポニーテール女は慌てて地面に手をついた。
「まさか……神の使いだったなんて。どうかお許しください。あなたの命を道具にしようとしていました。ごめんなさい。ごめんなさい……!」
額を地面に擦り付け、土下座をする姿を見て、あまりいい気分はしなかった。
「や、やめろよ。俺は神の使いなんかじゃねぇよ。俺の神様が助けてくれたのかもしんねぇって言っただけだ。俺はお前みたいに魔術も使えねぇし、ただよさこいの踊り手ってだけだ。お前の方がよっぽどすげぇよ。あんな火の柱、どうやって出すんだよ」
「……ほんと? アタシってすごいの?」
素直にすごいと思った。ただそれを伝えただけだったけど、赤髪ポニーテール女は目をぱちくりさせた。そのあとすぐに、瞳を潤ませて涙声になってしまった。
「こんなこと、初めて言われた。だって、魔術使いならこれくらいできて当たり前。一人前の狩人だったら、モンスターを撃退して当たり前……」
女はひっくひっくと泣きじゃくりながら、涙を拭っていた。俺は哀れに思って、赤髪ポニーテール女の頭をぽんぽんと撫でた。ふわりと髪の毛の匂いが香る。
「そんなこと、ねぇよ。お前はすげえよ。頑張ってるよ」
「うっ、うっ、うっ……、わぁああああん」
緊張の糸が切れたのか、女は涙腺崩壊のごとく泣き出した。わんわんと声をあげ、とめどなく涙を流した。