(2)赤髪ポニーテール女と謎のモンスター
「……あー、起きちゃったの。あれはラビ。夜行性のモンスター。毎年、陽が沈まないこの時期になると、大暴走してしまうの」
木の下にいた赤髪ポニーテール女が答えた。水平線から迫ってくるラビの大群に目を凝らしている。
「このままじゃ巻き込まれる! 下ろ……」
「下ろすわけないでしょ。アンタは生贄なんだから」
赤髪ポニーテール女は俺が言い終わる前に食い気味で被せて言った。
「だから生贄ってなんなんだよ……!」
「言ったでしょ。アンタは囮よ。ラビがアンタの体に夢中になっている間にアタシが攻撃魔術で一掃するの」
「やだ! 俺は化け物に食われたくない!!」
バリバリと俺の骨を食らう猛獣を想像したら、身の毛がよだって、血の気が引いた。拘束を逃れようと必死にもがくが、俺を拘束する赤い光の紐はびくともしない。
女がグッと右手を握ると、炎が迸り空に消えた。
自信に満ち溢れたかに思えた女の右手は微かに震えていた。右手を胸に当て、震えを隠すように左手で覆った。
赤髪ポニーテール女はビビっている。
狩人様なんて、群衆に崇められていたけれど、本当は自信がないんだ。偉そうにしていたくせに。
そうしている間にも、ラビの大群は土煙を巻き上げ、地面を揺らし迫ってくる。
輪郭がはっきりと認識できるようになった。
ラビ。俺が例えるなら、奴らは毛長の大きな白ウサギだ。おそらく、人間の体より大きい。群れをなして迫ってくる様子はモコモコとした毛玉が押し寄せてくるみたいだ。この大群が迫ってきたら、村の畑や建物は飲み込まれ、蹂躙されてしまう!
「おい! お前も自信がないんだろ? なら逃げようぜ。今なら間に合う! こいつらは知能が低そうだ。大群の進行方向から外れた場所、林とか森とか、行く手を阻む場所に隠れれば……」
必死に説得するが、女は首を横に振った。
「ダメ。それはできない。逃げ出したら、報酬がもらえない。またダメ狩人って言われる……」
「……また?」
少なくともこの村では赤髪ポニーテール女は狩人、俺の認識ではモンスターハンターとして期待されている身だ。過去の経歴は散々なのだろうか?
まぁ、そんなことはどうでもいい。
ラビの大群に飲み込まれるまで時間がない。あと数分で衝突する。
俺は唾を飛ばすくらいの勢いで、下にいる赤髪ポニーテール女に向かって叫んだ。
「ばっか、逃げるぞ! 俺を信じろ! 俺はめっちゃ足が速いんだ!」
それは半分嘘だけど、今は死に物狂いで逃げるしかない。
女は唇を噛み締め、迫り来る夕日色に染まった毛糸の大群をじっと眺めたままだ。
すると突然、女は手を上に掲げた。
「……やっぱり生殺しにはできない! これ以上引きつけるなんて無理よ」
女の指先から火の粉が迸る。
次の瞬間、地面から火柱が上がった。大群の先頭を足止めするように、炎の壁が現れた。
炎の壁は草原を焼き、ラビの大群は炎の壁に塞がれ姿が見えなくなった。
ラビの怯えた鳴き声やうめき声が聞こえ、大群の動きも止まった。炎の壁にゆく手を阻まれ、混乱している様子だ。
あたりは野を焼く煙に包まれ、煙が喉を刺激した。
「げっほ……げほ……。お前、すげーじゃん」
俺は腕で鼻と口を覆い、咳き込みながら、称賛した。
この大群にひとりで立ち向かうんだから大したものだ。
「……お願い……早くあなたたちのおうちに帰って……」
女は両手を目の前にかざし、祈るように言った。
一瞬、火柱が高く上がったが、轟々と燃える炎の壁は徐々に低くなっていき、煙の中からラビの姿が露わになっていく。
「おい。炎が……」
「くっ……。はぁっ」
女は力を使い果たしたように地面に手をつき、うなだれた。
「うわっ!!」
予想していなかったタイミングで俺の拘束が解かれ、枝に引っかかりながら俺は地面に尻をついた。
「いってー……。勢いよく落ちずに助かったぜ」
「はぁ……ダメ。これ以上は続けられない」
女は地面に手をついたまま、息荒く肩で息をしていた。
炎の壁は消え、余韻で燃え続けた草原の炎も鎮火しつつあった。人間やラビが簡単に踏みつけるだけで消えてしまいそうな小さな炎が残るだけだ。
煙の中でラビの目が光った。何十、何百の群れがいっせいに俺たちを視認した。
嫌な空気が漂う。
「……おい。やばくねぇか?」
「はぁ……はぁ……」
女は答えない。返事をするのも無理な様子だ。
わさわさとラビたちは動き出し、俺たちを取り囲んだ。白い毛糸がわさわさと蠢いている。
まずい……!
踏みつけられて死ぬ! そして、俺は食われちまうんだ!
冷や汗が背中を伝う。
あとずさりしようにも、後ろもラビに囲まれている。逃げ場がない。
「ええい! これでもくらえ!」
転生でそのまま持ってきたリュックの中から、シャーペン、ノート、テキスト、スマホ、ティッシュ、ハンカチ、携帯ゲーム機……。あらゆるものをぶちまけて投げつけた。
一瞬ラビを怯ませることはできたが、無意味な攻撃に等しい。
やつらは無害だとわかると、仲間と体を寄せ合いながら、迫ってきた。
もうだめか。俺はまた死んじまうのか……。
心が闇に覆われそうになった瞬間、リュックの中から、カランと鳴子が落ちてきた。
鳴子。
よさこいで俺が舞い踊る時の相棒。
今、足掻くとしたら、これしかない!!