(1)人身事故! 目覚めたらそこは異世界だった!
「おおい! 待て!! 生け贄ってどう言うことだ!?」
立ち上がって大きく腕を振るうと、異世界の群衆たちは怯えながら後ずさりした。
「こいつ喋ったぞ」などと口々に言う。
喋れるわ! 人間なんだから。
心の中でツッコミを入れる。
群衆は怯えていたが、赤髪ポニーテール女だけは違った。俺に詰め寄ってくる。
「黙れ。生け贄に喋る権限は与えられていない」
赤髪ポニーテール女は冷ややかな視線で俺を見上げている。高慢な態度とは裏腹に、俺の顎に届くか届かないかの背丈しかない。頭をぽんぽんするのにちょうどいいくらいの小柄な身長だった。
「なによ」
負けじと睨みつける俺に高圧的な低い声で言葉を返してきた。俺を威圧しようと腕組みをして胸を張るが、ガキが強がっているだけでなんとも滑稽だ。
「生け贄ってなんなんだ……!?」
「……しょうがないわね。特例中の特例だけど、このまま何も知らずに死んでいくのはアンタが可哀想だから少し説明してあげましょう」
俺が威圧的に見下しても女は動じることはない。女はポニーテールの毛先を指先で弄びながら、気だるげに話し始めた。
「モンスター、ラビの大暴走を止めるためにはどーしても生け贄が必要なの。だからアタシは召喚術を使って、異世界で死んだ人間、つまりアンタを召喚したってわけ」
「……は? 俺が死んだ!?」
「そうよ。死んだ人間じゃないと異世界から召喚できないもの」
思い出した……!
それはよさこい祭りの本番を1週間後に控えたある晩。大学の授業のあと、いつも通り踊り手仲間と練習をして、飲み屋で食事を済ませた帰りのことだった。
終電間際の駅は混雑していた。終電になんとか間に合わせようと、乗客が足早に行き交う。俺は人をよけるように、黄色い線の外側を歩き、あまり人が並んでいないほどよい乗車口を目指した。
「列車が進入しています。おさがりください」
警笛とともに駅員の大声がホームに響く。
駅員の声に焦って身を翻した瞬間、後ろから男がぶつかってきた。
たぶん、酔っ払いのサラリーマンだ。
突然のことで、声を上げることもできず、俺の体はそのままホーム下の線路に吸い込まれるように落ちていった。鼓膜を破るようなけたたましい警笛とヘッドライトの眩しい光に包まれ、意識が途切れた。
意識が回復した次の瞬間、この世界にいた。
俺、山崎廉太郎としての人生は、あの夜に終わっていたんだ……!
俺は頭を抱えてうずくまった。
「待て待て……。理解が追いつかない。頭が……」
赤髪ポニーテール女はため息を吐き、俺の頭上から声をかけた。
「……無理もないわ。みんな混乱するものよ」
先程の威勢のある声とは違って、力なく弱々しい声だった。
女は俺に同情心を寄せているのではないか。そう期待したのも束の間、再び冷徹な言葉を放った。
「生け贄は生け贄らしく、何も考えずにさっさとその身を捧げなさい!」
女が空中に掲げた手のひらから、赤く光る紐が放たれ、俺は一瞬で縛り上げられてしまった。
「……っな、に、すんだよ」
俺と目線を合わせることなく、女は俯いて言う。その肩は少し震えていた。
「余計な事を考えると、死ぬのが怖くなるでしょ? アンタのためよ」
光る紐は俺の胴体に絡み付き、ジワジワと締め付けてくる。呼吸が苦しい。
「く、そ……っ!」
俺がうめくと、女は俺を鋭い視線で見上げてきた。瞳の端に涙の粒を浮かべながら。
お前はなぜ泣いているんだ? 俺を憐れんでいるのか?
そう考えているうちに意識が遠のき、そのまま俺は気を失った。
* * *
ドドドドド……と、激しい地響きがして、俺は目を覚ました。
なんて騒音。史上最悪の目覚めだ。
大地が叫び声を上げているような地鳴り。地面の振動で視界が揺れた。
俺は赤い光の紐で拘束され、丘にある木の上に縛りつけられていた。酷く、眺めがいい。むしろ、良過ぎて、最悪だ。
地平線の彼方から、土煙を上げて迫ってくる生き物の群れがよく見えるのだから。奴らは沈みかけた夕日に体を朱色に染めて、こっちに向かってくる。
「なっ、なんなんだ。あれ!?」