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第三回 神界裁判

それは冠永(かんえい)凌桃華(りょうとうか)が再会する一ヶ月前のことであった。(みやこ)ではとある噂が流れていた。都の周辺で美しい狐の妖怪が現れ、次々に男たちを誘惑しごちそうを(おご)らせたり高価な着物や髪飾りをはじめとした高額な買い物をさせたりして自分に(みつ)がせるというものであった。そしてその狐の妖怪に貢いだ男たちにはこの世のものとは思えない極上の快楽が与えられるという。また狐の妖怪に貢いだ男たちの中には、まるで夢のようなひと時を過ごしたという者まで現れていた。


そして昨日、被害に()ったのは都一番の大金持ちの長男で、彼はその狐の妖怪と夢のようなひと時を過ごしたと主張して四六時中、恍惚(こうこつ)の表情を浮かべながら酒を(あお)ってばかりになってしまった。そんな息子の姿を見た父親はその妖怪を退治してもらいたいという一心で神界の神々に直訴するため、神殿へ(おもむ)いて自身の訴えを(つづ)った書状を奉納した。


その頃神界では神界の書記官(しょきかん)神記官(しんきかん)の1人である秀鈴(しゅうりん)が都一番の大金持ちが奉納した書状を持って直属の上司である祖星霊官(そせいれいかん)丹星(たんせい)の執務室へ急いだ。執務室では丹星が次から次へ送られてくる書状に忙しそうに目を通していた。そこへ新たな書状を持った秀鈴が現れる。


「丹星様!新たな訴えがありました、妖怪討滅(ようかいとうめつ)の依頼でございます!!」


彼女の声を聴いた祖星霊官の丹星は心の底からめんどくさそうな表情で秀鈴を見た。


「ま~た妖怪退治の依頼ですか、最近はあの都でよく妖怪の被害が出ていますね」


「その通りです。神界でもその被害を重く見て、妖怪の討滅を神々に依頼することを決めました、そして本日、新たな訴えです!」


「……今月に入って何件目ですか?」


「えーと……13件目です」


「……もうその数字だけで気が滅入りますね」


「まったくです。それに、神界でもこの依頼は衆生界(しゅじょうかい)退魔師(たいまし)に任せるべきじゃないかって意見も出てきていますが?」


「衆生界の退魔師に何とかできるなら苦労はしませんよ。それに妖怪はこの世のものではない存在、魔界の住人であり我々神界の神でなければ対応できない存在です。退魔師にも退治できる者とできない者がいますし」


「でも、善地三太子殿下(ぜんじさんたいしでんか)がその都に来ているそうですよ?」


「え!?秀鈴、何でそれをもっと早く言ってくれないんですか!?」


丹星は椅子から立ち上がるとすぐに執務室を出て行ってしまった。そんな祖星霊官の後ろ姿を見て秀鈴は思わずため息を吐くのだった。


「まったく、丹星様ったら三太子殿下のことばかり気になさって……私を食事に誘ってもくれないんですから……」


善地三太子とは高い地位の神であるにもかかわらず神界に居住せず、衆生界を自らの足で行脚しながら救いを求める人々を護り、救うために旅を続けているという。そんな善地三太子は神々の間でも評判が高く、彼に憧れて多くの修行僧が彼に弟子入りしたいと願っている程であった。だが彼の弟子入りはそう簡単に叶うものではなく、弟子入りしたいと願う者たちも数百年に一度しか現れない。


「でもまさかあの善地三太子殿下が都に来ているなんて、何かの巡り合わせなのかしら……」


そんなことを呟きながら秀鈴は新たな書状の整理を始めた。


都の神殿の入り口前には大勢の人々が集まっていた。その人々は皆、妖怪が出ると言う噂を聞いてこの都までやって来た旅人たちであった。彼らは口々に「善地三太子様が都に来ている」という話を噂し合っていた。そんな彼らの前に神殿の奥から颯爽(さっそう)と1人の青年が現れた。それは純白の旅装束に身を包み、美しい黒色の長髪と笠を被った美男子である。その左手には僧侶(そうりょ)が持つような錫杖(しゃくじょう)を手にしていた。その美男子が前に出るとそれまで騒いでいた旅人たちが一斉に静まり、彼をじっと見つめる。


「皆様、今この都で起こっている妖怪被害ですが、すべて私に任せていただきたく存じます」


彼の言葉に人々はざわめき始める。


「しかし、その妖怪と遭遇すれば魅了(みりょう)の術にかかり、財産を奪われてしまうそうですぞ?」


「そうです、善地三太子様もお気を付けください。最近都では妖怪に遭遇(そうぐう)した男たちが次々に被害に()っているとのことです」


旅人たちが一斉に青年を引き止め始める。中には彼の名前を口にする者もいたが、善地三太子と呼ばれた青年……冠永は優しく微笑みながら静かに口を開く。


「ご心配には及びませぬ。私は曲がりなりにも神である以上、この程度の妖怪など恐れるに足りません」


冠永が自信たっぷりに言うと旅人たちは安心したのか、彼に任せることに決めた。


「では皆様、妖怪退治は私にお任せいただき、今夜はこの神殿の宿坊でお休みくださいませ」


彼の言葉を聞いた旅人たちは一斉に神殿の中へと入っていった。それを確認した冠永も錫杖を握り締めたまま都へ足を踏み入れるのだった。


夜の都は多くの建物から明かりが漏れているものの、人の姿は少ない。何故なら、人々は妖怪を恐れて家から出ないようにしているからだ。そんな夜の都を善地三太子は錫杖を握りしめながら歩いていると、目の前に人影が立っているのが見えた。


「三太子殿下、御久しゅうございます」


「君は祖星霊官の丹星じゃないか。今日は何の目的で地上に降りて来たんだい?」


「最近、衆生界で妖怪による被害が続出しておりまして、その対応に追われていました」


「なるほど、それで君も衆生界へ降りて来たというわけか……」


「ええ、三太子殿下もお気を付けください。妖怪は人の弱みに付け入りますから」


冠永は頷きながら彼と共に歩き出す。そして2人は宿を取り食事を済ませると作戦会議を始めた。


(くだん)の妖怪は邪眼の術を用いて人心を惑わす狐の妖怪であることから、『邪眼(じゃがん)妖狐(ようこ)』と呼称することとなりました。奴と見つめ合うと魅了の術にかかってしまうそうですので十分にご留意(りゅうい)くださいますよう」


「ああ、気を付けよう。それでその邪眼の妖狐とはどのような姿をしているのだ?」


冠永の言葉に丹星は小さく頷くと話を続けた。


「なんでも20歳前後の若い娘の姿をしていて、桃色の長髪に尻尾を生やし、空の様に青い瞳を持つそうです」


「なるほど、それでその妖狐が都でどのように振る舞っているか分かるかい?」


「ええ、昨日も都一番の大金持ちの長男がその誘惑に乗ってしまい、貢物(みつぎもの)を用意してしまっているとか」


丹星がそう伝えると冠永は(あご)に手を当てて考え始める。


(20歳前後の若い娘の姿、桃色の長髪に尻尾を生やし、空の様に青い瞳……桃華と同じだ)


冠永は以前、旅の途中で出会った心優しい妖怪の少女、凌桃華のことを思い出していた。


(あれからもう13年が経つ。桃華も20歳ぐらいに成長していてもおかしくはない、もし彼女が邪眼の妖狐の正体なら……)


「三太子殿下?」


冠永が黙っていることに丹星は心配そうに声をかける。そんな冠永はすぐに彼の方へ向き直ると、静かに口を開いた。


「すまない丹星、今日は先に休ませてもらうよ」


「え?あ、はい、かしこまりました」


突然の提案に困惑しながらも了承した丹星に感謝の言葉を口にすると冠永は自室に戻ったのだった。そして彼はすぐに寝台(しんだい)に横になると眠りについた。


翌日、2柱の神は朝食を済ませると都一番の大金持ちの家を訪ねることにした。その屋敷は都の大通りに面した大豪邸で、多くの使用人が働いていた。冠永と丹星はその使用人たちの案内で屋敷の中に入ると、客間へ通される。


「ようこそお出でくださいました」

客間には立派な着物を着た50代の男性が現れ、冠永と丹星に頭を下げる。


「私はこの家の主である黄周(こうしゅう)です。あなた様があの善地三太子様ですな?」


「はい。この度、都の妖怪退治をすることとなりました」


冠永の言葉を聞いて黄周は大喜びした。


「おお!それは願っても無いことです!私の長男の黄竣(こうしゅん)もあの妖怪の術にかかり、すっかり腑抜(ふぬ)けにされてしまいました。どうかあの憎き妖怪を退治してください、お願いいたします!!」


黄周は冠永の手を握りしめながら頼み込む。そんな当主に彼は優しく微笑むと頷きながら答えた。


「お任せください、この善地三太子の名にかけて必ずや邪眼の妖狐を退治してみせましょう」


その後、2人は屋敷の中を案内されると黄周の息子である黄竣の部屋を訪れる。黄竣は使用人の女性たちに怒鳴りながら高価で(きら)びやかな着物を(たた)んで袋に入れようとしていた。


「坊ちゃま、そんな高価な着物を妖怪などに渡してはなりません!お考え直しください!」


「うるさい黙れ!この着物をあのお嬢さんに贈り届けて俺の嫁さんになってもらうんだ!そしてまたあの甘くとろけるような口づけを……。ふへ、ふへへへへへへ」


「坊ちゃま!!」


使用人たちの制止を振り切り、彼は袋を持って自室を出て行こうとした。その前に丹星が立ちはだかる。


「な、なんだ、あんたは!」


「突然ですが失礼しますよ」


すると丹星は素早い動きで黄竣の顎を掴み、彼の口の中へ丸薬(がんやく)を一粒放り込んだ。丸薬を飲み込んだ黄竣は突然落ち着きを取り戻した。


「あ、あれ……俺は何を?」

「黄竣、正気に戻ったか!」


黄周は大喜びで息子を抱きしめる。そんな父親に黄竣は困惑しながらも頷き返す。


「父上、俺は一体どうしていたんですか?」


「覚えていないのか?お前は妖怪に術をかけられて、高価な贈り物をしようとしたんだぞ」


「え!?俺がそんな術にかかるなんて……」


そんな黄親子のやり取りを見て一安心した冠永は丹星に話しかけた。


「丹星、今の丸薬は?」


「妖怪の妖術を無効化する丸薬ですよ、こういうこともあろうかと大量に用意しておきました」


「さすがだね、助かったよ」


「いえいえ、この程度のこと造作もありませんよ。それより三太子殿下、そろそろ出発致しましょう」


二柱の神々は黄周に挨拶をすると屋敷を出た。黄周は感謝の言葉を述べ、(ひざまず)きながら冠永と丹星を見送った。そして冠永と丹星は妖怪の被害に遭った男性たちに妖術を無効化する丸薬を飲ませていき、彼らを治療してから都を出た。そして冠永は丹星に妖怪をおびき出すと言って1人で森の中へと入って行き、凌桃華と再会したのである。

冠永は凌桃華の魂を(むしば)んでいた邪気(じゃき)を吸引し、彼女を邪道(じゃどう)の術から解き放った。しかし、丹星は凌桃華を討滅(とうめつ)すべきと彼女に襲い掛かる。冠永は凌桃華を救おうと丹星の前に立ちはだかり、2柱の神々の力が激突し、激しい衝撃波が発生する。

冠永と丹星が睨み合う中、すると突然、冠永は咳き込み始めた。その尋常ではない様子に驚いた凌桃華は冠永に駆け寄る。


「冠永さん、大丈夫!?」


「私……なら、大丈夫だ。桃華……早く逃げ……!」


苦しそうに返事をした冠永だったが、突如として激しい咳と共に吐血した。その様子に凌桃華は思わず悲鳴を上げる。


「三太子殿下、何という愚かなことを……我々神にとって妖怪の邪気は猛毒であろうことは充分ご承知のはず。にも(かかわ)らず、この害獣から邪気を吸引するなど、自殺行為にも等しい愚行です」


(え……?ちょっと待ってよ……どういうこと?)


丹星の言葉に困惑する凌桃華。そんな彼女をよそに、冠永は苦しそうな表情を浮かべながらも笑顔で言う。


「私は……友達のために、為すべきことをしたまでさ……」


そう告げた瞬間、冠永は再び激しく咳き込み始めた。それと同時に彼の口から赤い血が飛び散る。その様子を見た凌桃華は慌てて彼の背中をさする。


「やだっ!しっかりしてよ!冠永さん!」


しかし、冠永は咳き込みながらも凌桃華を心配させまいと優しく微笑んで言った。


「私のことはいい、君は早く安全なところへ……」


「でも……!」


言いかけたその瞬間、丹星が再び刀を構えた。そしてそのまま複数の斬撃を放つ。それを見た冠永が錫杖を振り回しながら叫ぶ。


「くっ……桃華!早く行くんだ!」


冠永は歯を食い縛りながら必死に耐えていた。その様子を見ていた凌桃華は涙を(にじ)ませながら言った。


「ごめんなさい冠永さん!アタシのせいでこんな目に遭わせてしまって……」


そう言って彼女はその場を走り去った。そんな2人のやり取りを見ていた丹星は深いため息を吐いた。


「妖怪を助けるためにその身を犠牲にしようとは、三太子殿下……私は神記官としてどのように貴方の兄君であらせられる帝一神君(ていいつしんくん)へご報告すれば良いのです?」


冠永は丹星の言葉には何も答えず、ただ黙ってその場に立ち尽くしていた。そんな冠永の様子を見た丹星は呆れ顔で言った。


「もう結構です、三太子殿下……これ以上あなたと問答しても無駄でしょうから」


そう言って彼は刀を振りかぶり、一気に間合いを詰めていく。しかし、冠永は落ち着き払って着物の袖の中から七色に光り輝く玉を取り出した。


「そ、それは神宝珠如意(しんほうじゅにょい)!?」


丹星が言葉を終える前に周囲一帯を七色の輝きが覆い尽くしたのであった。


「ぐあっ!?」


丹星は七色の光に包まれ、そのまま吹き飛ばされてしまう。そして冠永は地面に倒れ込んだまま苦しそうに咳き込むと吐血した。そんな彼の元に凌桃華が駆け寄ってくる。


「冠永さん!しっかりして!」


「……桃華……良かった、無事だったんだね……」


彼女は涙を流しながら必死で冠永の背中をさする。すると、そんな2人の前に丹星が姿を現した。


「まさか神宝珠如意まで隠し持っているとは……さすがは三太子殿下と言うべきですか」


彼は苦しげに言いながらも静かに刀を構える。そんな丹星を見た冠永も苦しそうな声で彼に言った。


()めなさい、もう勝負はついただろう?」


「何を(おっしゃ)っているのですか?私はまだ戦えますよ」


そう言う丹星の身体からは七色の光が漏れ出ていた。恐らく神宝珠如意による聖なる光による損傷が蓄積しているのであろう。


「これ以上戦うのは無意味だ、もう勝負はついたんだよ」


冠永の言葉を聞いた丹星は小さく首を横に振ると、彼に向かって言い放った。


「いいえ、私の勝利です」


丹星が自らの勝利を宣言すると天空から威厳に満ちた神々しい声が響き渡った。


『善地三太子・冠永……我が弟よ、何をしている?』


「こ、この声は……兄上⁉」


その声を聴いた冠永は思わず地面に膝をついてしまった。そんな彼に声の主が話しかける。


『冠永よ、これはどういうことか?その者は悪しき妖怪であろう?』


「ち、違うのです!この娘は邪道の者に魂を蝕まられ、苦しんでいたところを私が助けたのです!」


『ならばその妖怪に罪は無いと申すか?その妖怪が妖術を用いて男たちを意のままに操っていたのは事実であろう!』


「そ……それは……」


『それに妖怪の邪気に(むしば)まれるなど神として恥ずべきことであろう?我が弟ともあろう者が(おろ)かな真似をしたものだ』


「私が信じた正義に従ったまでです……兄上……」


冠永は力なく倒れるとその場で項垂(こうべた)れてしまった。そして声の主は彼の目の前に現れた。そこには1人の男が立っていた。その男は冠永と似た顔をした精悍(せいかん)な男だった。

立ち振る舞いには王者と呼ぶにふさわしい気品と雄々しさに(あふ)れている。神々しく光り輝く純白の鎧を身につけ、黄金の剣を腰の帯に差し込んでいた。


「冠永よ……お前は神としての責務を忘れたのか?」


「兄上……私は……」


冠永が何かを言おうとした瞬間、男の(こぶし)が冠永の胸に深々とめり込んだ。冠永の身体が光り輝き、光の噴流に飲まれていく。そして光が消え去ると冠永は何事もなかったかのように立ち上がった。


「か、身体が……何ともない!?」


「お前の体内に溢れかえっていた邪気を浄化したのだ。これではっきりと話をすることができよう」


「帝一神君、今は何としてもこの妖怪を討滅せねばなりません。御力をお貸しください!」


丹星がその男、帝一神君の前へ進み出て跪きながら進言した。凌桃華は冠永を庇うように進み出て跪いた。


「神様、アタシは自分の欲望の(おもむ)くままに男の人たちを妖術で操り、お金を貢がせたり、高価な着物や髪飾りを買わせたりしました。どうぞアタシの罪を罰してください」


「桃華、何を言うんだ!そんなことを言ったら本当に……!」


「もういいの、冠永さん。アタシは冠永さんに身を(てい)してまで助けてもらえるような立派な女じゃないもの。アタシは神様の前で自分の罪を告白するわ」


「桃華……君はどうしてそこまで……」


「冠永さん、こんなアタシを友達と呼んでくれてありがとう。アタシのこと忘れないでね……」


そう言って彼女は帝一神君に向かってゆっくりと歩み出した。すると帝一神君は静かに口を開いた。


「ふむ、なるほど……確かにお前の罪は重いな」


二柱の神々は固唾を飲みながら帝一神君の答えを待つ。するとその答えは意外なものだった。


「では、お前を討滅するのではなく、神界裁判(しんかいさいばん)にかけてその罪を吟味(ぎんみ)することとする。異論は無いな?」


「な、何故です!?この妖怪を見逃そうとでも言うのですか!?」


丹星が帝一神君の言葉に驚きの声を上げる。しかし帝一神君は落ち着いた声で彼に言った。


「そうではない。この娘は私の前で自身の罪を告白し、冠永を救うために命を差しだそうとまでしている。それに彼女は妖術で人心を乱したとはいえ、人の命を奪ったわけではない。ならば神界の法に照らし合わせて裁くのが寛容(かんよう)、と私は考える。異論はあるかね?」


「そ、それは……」


丹星は何も言えず黙り込んでしまう。そんな彼を見て冠永は帝一神君に深く頭を下げながら感謝の言葉を述べた。


「兄上、ありがとうございます」


「ふん、大したことではない。お前にはいつも私のために多大なる尽力を尽くしてもらっているからな」


帝一神君はそう言うとゆっくりと立ち上がった。そして凌桃華の頭に優しく手を置いた。


「帝一神君様……多大なる御慈悲(ごじひ)に感謝致します……!」


凌桃華は涙を流しながら帝一神君に跪き、感謝した。その様子を見た帝一神君は満足げな表情を浮かべた。


「では、神界へ帰るとしよう」


そして帝一神君は一同を引き連れて神々の住む神界へと戻って行った。丹星はそんな帝一神君の背中を見ながら不信を抱いていた。


(何故だ……三太子殿下が妖怪を救ったというだけでも大きな(あやま)ちだというのに、まさか帝一神君がその罪をお許しになるとは……なぜこのようなことに!?)


「桃華……本当にいいのかい?」


冠永は不安そうに彼女に問いかけた。すると彼女は微笑みながら彼に言った。


「いいの、アタシが決めたことだから」


(それに、これで良かったのかもしれないわ……だってアタシはもうこれ以上冠永さんに迷惑はかけられないもの)


こうして凌桃華は神界へ連行され、神界裁判が開廷されるまで牢屋に幽閉されることとなった。冠永は朝、昼、晩、と彼女のところへ通い続け、差し入れを持って行った。しかし、牢屋の中に幽閉されている凌桃華は彼に会うことが許されなかった。


「くそっ……何故桃華がこのような目に遭わなければならないんだ!」


冠永は(いきどお)っていた。それは彼だけでなく、他の神々も同じであった。幼い頃に邪道の長老たちに誘拐され、魂を捻じ曲げられた彼女に対する同情の声は日に日に増えていったのである。


凌桃華が神界へ連行されたことは桃華の両親である凌開雲(りょうかいうん)殷緋宵(いんひしょう)夫妻と祖母の玉縁螺(ぎょくえんら)にも神界の使いにより伝えられ、彼らはすぐに神界へ赴き、凌桃華の無実を訴えた。


しかし、帝一神君はその訴えを聞き入れずに神界裁判の開廷を待て、とだけ伝えるだけであった。それに腹を立てたのが凌桃華の祖母、玉縁螺である。


「まったく!帝一神君ほどの御方がなんと器量の小さい……!桃華は幼い頃に邪道の老いぼれ共にさらわれて悪影響のある教育を施され、邪気に()てられてしまったのだぞ!?

全部邪道の悪党どもが悪いのだ!裁くべきは桃華ではなくあの薄らボケ共であろうが!!ああ、私の可愛い桃華が今も心寂しく悲しみに暮れていると思うと、胸が張り裂けそうだ!!」


「義母上、ここは抑えてください。桃華のためにもここで騒ぎを起こすわけにはいきません」


凌開雲が必死に玉縁螺を(なだ)める。しかし彼女は一向に怒りが収まらず、遂には神界のど真ん中で泣き出す始末であった。そして玉縁螺の泣き叫ぶ声が神界中に響き渡ると、その声は牢屋の中にいる凌桃華の耳にも入った。


「こ、この声はババ様の泣き声……!?こんな大きな声出せたのね……じゃないっ、ババ様が神界まで来てくれたんだ。でも、邪道の妖術や技を教え込まれたことを父様や母様、ババ様にどうやって謝ればいいの……?」


凌桃華はこれから自分がどうなるのかという不安と、祖母の泣き声を聞いて大きな罪悪感を感じていた。


(アタシのせいでババ様にまで迷惑をかけちゃった……どうしていつもこうなっちゃうんだろう?)


その頃、泣きべそをかく玉縁螺を凌開雲と殷緋宵夫妻は必死に宥めていた。


「義母上、気持ちは分かりますがどうか落ち着いてください……」


「ああ、私の桃華……愛しい孫よ!元気でやっているか?食事はちゃんと三食食べているのか?」


玉縁螺は牢屋に入れられているであろう、孫娘に向かって矢継ぎ早に質問を投げかけていく。しかし、ここで彼女の娘である殷緋宵が玉縁螺に向かって厳しい口調で(たしな)めた。


「お母様、今は桃華の裁判の方が先です。帝一神君の沙汰をただ黙って待つしかないでしょう、いい加減に泣き止んでください!」


「そ、それもそうだな……分かった」


殷緋宵に叱られた玉縁螺はようやく落ち着きを取り戻した。そしてしばらくすると神界の使いがやってきて、開廷(かいてい)の日時を伝えた。その知らせを聞いた玉縁螺はまた不満を爆発させた。


「こ、この訴状は……!妖術で男どもを(たぶら)かした罪だと!?その程度のことで桃華を裁こうなどとは笑止千万!私など妖術を使わずに誑かした男の数は100万人はくだらぬわ!!」


「そんなお母様……誑かした人数を競うわけではないんですから……」


殷緋宵は顔を赤らめながら恥ずかしそうに言った。すると玉縁螺は憤怒(ふんど)形相(ぎょうそう)で殷緋宵に詰め寄った。


「バカ者!大切な孫娘があのような罪に問われておるというのに黙って見ておけんわ!!そうだ、神界の裁判官どもを1人残らずぶちのめして桃華の無罪を証明してくれる!!」


「お止めください、お母様!そんなことをしたら桃華が責任を負わされるかもしれないんですよ!?」


「ええい、離さぬか緋宵!!」


殷緋宵は暴走する玉縁螺を止めようとしたが、彼女は聞く耳を持たなかった。

そして二人が取っ組み合いをしていると……。


義母上(ははうえ)、お許しください!」


凌開雲が何やら呪文を唱え始めると、玉縁螺は突然呻(うめ)き声を上げた。


「ぐほぉ!?」


玉縁螺が一声叫び、ひっくり返りそうになったところを倒れないように凌開雲が抱き止めた。


「あ、あなた……お母様に何をなさったの?」


「すまない、義母上がこれ以上暴走すると危険だと思って昏睡呪(こんすいじゅ)で眠らせたんだ。桃華の裁判が始まるまでしばらくの間眠っていてもらおう」


凌開雲はそう言いながら玉縁螺を背負って連れて行った。そして殷緋宵もその後に続く。


(さすが開雲だわ……!お母様の扱い方は誰にも負けないわよね♪)


心の中でそう呟く殷緋宵であった。



そして凌桃華はというと、牢の中で今後自分はどうすればいいかと思案していた。


桃華が頭を悩ませていると、突然牢の前に看守が現れた。


「妖怪よ、お前の裁判が一週間後に決まったぞ。それまでに身なりを整えておけ」


桃華は自分の運命を(さと)ると同時に大きく項垂れた。しかし、彼女は今まで自分が誑かしてきた男たちのことを思い出して罪悪感に(さいな)まれていた。


(アタシが誑かしてお金や高価な品物を貢がせてきた男の人たちも今頃は怒ったりしているだろうな……。大勢の人たちに迷惑をかけちゃったわ……こんなんじゃ父様や母様にババ様どころか冠永さんにも、もう会いにいけないよ……)


「うっ……うう……」


桃華の瞳から涙が溢れ出す。彼女の心の痛みは神界に連行された時から少しずつ増していたのだった。そんな彼女の心情を知ってか知らずか、看守は言葉を続けた。


「お前が無罪になる確率は低いだろう。だが、帝一神君なら何か良い手を打ってくださるに違いない。それまで大人しくしていることだ」


それだけ言うと彼は桃華の元から去って行った。看守の言葉に彼女は希望を抱くことはできなかったが、それでも一縷の望みを託さずにはいられなかったのだった……。


そしてその日の晩のことである。凌桃華は牢屋の中にある自分の寝台(しんだい))で横になっていた。


(裁判は一週間後、か……。アタシにできることと言えば刑に服して罪を償うことだけ。家族や冠永さんのためにも面倒ごとは起こさないようにしなくちゃ)


そう心の中で呟くと、彼女は大きくため息をついた。その時である。


「……桃華?」


「えっ!?」


驚いて声のした方を見ると、そこには会いたくても会えなかった人物が立っていた。凌桃華は嬉しさと驚きのあまり目を丸くして固まってしまった。しかししばらくしてやっと声を絞り出すことができた。


「あ……ああ、冠永さん……」


(どうして……?どうして冠永さんが面会に来てくれたの?)


「聞いてくれ桃華、一週間後の神界裁判で私が君の弁護人を引き受けることになった。これで君に対する罪が軽くなるかもしれない」


凌桃華は冠永のこの言葉を聞いた瞬間、思わず牢屋越しに手を伸ばしていた。そんな彼女に対して

冠永は優しく微笑みながらその手を握った。


「これでお別れなんかじゃない、桃華。刑が軽くなればいつでもまた会える」


しかし冠永の言葉を聞いた凌桃華は目に涙を浮かべながら首を横に振って否定した。


「そんなのやだ……アタシ、冠永さんと会えないなんて耐えられない!だってアタシはこんなにも

冠永さんのことが好きなのに……」


(え……?私ったら何を口走っているの?でも、本当のことだから仕方ないか……)


「ありがとう、桃華。私も君と同じ気持ちだ。必ず君を……」


「善地三太子殿下、囚人との面会はここまでです」


看守が冠永と凌桃華の側に寄ってきてそう告げた。すると彼は悲しそうな顔をしながらも、握っていた彼女の手を離した。


「すまない、桃華……もう行かなくては」


「うん……アタシの方こそごめんなさい、引き留めてしまって……」


「いいんだ。それでは桃華、明日もまた面会に来るから!」


凌桃華は冠永が去っていくその瞬間まで彼に向かって大きく手を振り続けた。そして看守に背中を押されると、彼女は再び牢屋の中に戻っていったのだった……。

その後凌桃華は夕食を食べた後はすぐに眠りについてしまった。しかし彼女は1人になるといつも不安になってしまい、眠っていても不安が消えることは無かった。


(裁判か……アタシの運命もこれで決まってしまうのね。アタシ、どうなっちゃうんだろう?)


不安な気持ちで一杯になった凌桃華は、牢屋の窓から夜空に浮かぶ月を眺めた。


(冠永さん……あなたは明日も来てくれるって言ってたけど、本当に会えるのかな?たとえ会えたとしても刑が軽くなるわけじゃないんだよね……?このまま明日が来てほしくないよ……)


そう思いながら彼女は再び目を閉じた。そして翌日のこと……。


「おい、起きろ妖怪!」


看守が凌桃華に乱暴に声をかけた。しかし彼女はなかなか起きる気配が無かったため、棍棒で鉄格子を叩くとやっと目を開けた。


「んんぅ……誰……?」


凌桃華は寝ぼけ(まなこ)でゆっくりと上体を起こした。そして欠伸(あくび)をしながら背伸びをするとようやく目が覚めたようだ。


「看守さん、おはようございます……。どうしたんですか?」


凌桃華はそう言いながらぼんやりと目を開けた。すると目の前には昨日と同じように冠永が立っていた。彼女は目を大きく見開くと、慌てて鉄格子の側まで近寄った。


「か、冠永さん!?今日も会いに来てくれたの……!?」


「もちろんだよ。必ず会いに来るって約束したじゃないか」


(ああ……この笑顔がたまらなく好き……!でも、嬉しいはずなのにやっぱり素直に喜べない自分がいるよ……)


「それでね、桃華。今日は君に伝えなければならないことがあるんだ」


「へっ?な、何?」


凌桃華は期待と不安が混じり合った複雑な感情を抱きながら冠永に聞き返した。そんな彼女に対して冠永は微笑みながら言葉を続けた。


「昨日、私が君の弁護人になったと言っただろう?それで、刑が軽くなるように兄上……帝一神君にお願いしてみようと思うんだ」


(えっ?それってどういう意味なの……?)


凌桃華は戸惑いを隠しきれなかった。何故なら、自分が無罪になる可能性など無いと思っているからだ。しかし、それでも一縷の望みを捨てきれない彼女は冠永に食い下がった。


「ほ、本当に大丈夫なの?アタシのためにそんなことしたら冠永さんの立場が……」


「心配しないで。兄上は私の立場なんかで動くような人じゃないから。だから、桃華は何も心配することはないんだよ」


そう言う冠永の表情は真剣そのものだったが、凌桃華にはどこか無理をしているように見えた。


(それでも嬉しいよ……冠永さんの優しさに感謝しなくちゃ)


「ありがとう、冠永さん。アタシのためにそこまで言ってくれて本当に嬉しいよ!」


「礼なんていいんだよ、私が君を守るのは当然のことなんだから」


(ああ……冠永さんのこの笑顔、なんて眩しいんだろう……!)


「桃華、君には難儀(なんぎ)させて本当にすまないと思っている。君が邪道の者たちにさらわれた時、私が(そば)にいてあげれば救い出すことができたかもしれないのに私は……」


「違うよ!冠永さんのせいじゃない!悪いのは邪道に魅入られてしまったアタシなんだから……」


凌桃華の目からは大粒の涙が流れていた。それは今まで感じていた不安や悲しみが一気に溢れ出したからだ。彼女は嗚咽(おえつ)を漏らしながら必死で言葉を(つむ)いだ。


「でも……もう大丈夫!冠永さんがこうして会いに来てくれるだけでもアタシにとっては十分だから!それに、この裁判がダメでもまた会えるって言ってくれたでしょ?それだけでとても嬉しいの」


「桃華……」


(この子はなんて強いんだ……!こんないたいけな娘が自分の運命に抗おうとしているというのに私は神でありながら……)


凌桃華は悲しみと喜びが入り混じったような笑顔を浮かべて言った。そんな彼女に対して冠永は何もできない自分が許せず、たとえ自分が神界の全てを敵に回しても、神界から居場所を失くして追い出されようとも凌桃華を必ず守ると誓ったのである。

それから数日後……ついに桃華の裁判前日となった。この日も凌桃華は冠永と面会をしていた。


「いよいよ明日が裁判の日だね、桃華」


「うん……」


(ここまで頑張ってきたんだもの、最後まで諦めちゃダメだよね!)


「刑を軽くできるように私も努力してみるよ。だから安心してくれ!」


そう言うと冠永は小さく微笑んだ。凌桃華も彼に微笑んでいたが、心の底では裁判に対する不安が残っているのか表情は晴れなかった。


「桃華……今日はこれを持ってきたんだ」


冠永はそう言って懐から小さな木箱を取り出した。そしてそれをそっと凌桃華に差し出した。すると彼女はおずおずとその木箱を受け取った。そして蓋を開けるとそこには翡翠が一つついた首飾りが入っていた。


「わあ……!綺麗……でも、どうしてこれをアタシに……?」


凌桃華は疑問に満ちた表情を浮かべながら冠永の顔を見た。すると彼は優しい笑みを浮かべながらこう言った。


「これはお守りだよ、桃華。たとえこれからどんな結果になろうとも私が君を守るから……」


(冠永さん……)


凌桃華は嬉しさのあまり胸がいっぱいになった。そして首飾りを大事そうに両手で包み込んだ後、それを首から下げたのだった。


「ふふっ、ありがとう!冠永さん」


「喜んでくれて嬉しいよ。少しでも君の心を安心させることができれば何よりだ」


「大丈夫!冠永さんは悪くないんだからそんなに落ち込まないで!」


「ありがとう……君にそう言ってもらえると少しは気持ちが軽くなるよ」


(ああ、やっぱりあなたは優しい人だわ……)


凌桃華は心の中でそう呟いた。しかし彼女は未だに不安が消えていないようで、時折その表情に影が差していた。そんな彼女の胸の内を察してか冠永が口を開いた。


「桃華、心配しなくても大丈夫だよ。君には私がついているから」


(冠永さん……)


凌桃華の瞳からは涙がこぼれそうになったが、彼女はそれをぐっと堪えた。そして彼女は精一杯の笑顔を浮かべながら彼にこう言った。


「ありがとう、冠永さん!アタシはきっと大丈夫!」


(そうよ!明日はいよいよ裁判なんだから気を強く持たなきゃ!)


とその時である。看守が牢屋の扉を叩きながら面会時間を終了させたのだ。


(もう面会時間終了か……これで今日は冠永さんとお別れなのね)


凌桃華は寂しげにそう思うと彼に別れの言葉を告げた。


「冠永さん、アタシ頑張るから!」


「その意気だよ、桃華!」


そして二人の面会は終わりを迎えたのだった……。


凌桃華との面会を終えた冠永は、自分の屋敷に戻りながら物思いに(ふけ)っていた。


(桃華……彼女はやはりまだ不安を抱えているようだ。無理もない話だが……)


「善地三太子様」


そう冠永に声をかけてきたのは凌桃華の両親である凌開雲(りょうかいうん)殷緋宵(いんひしょう)夫妻と凌桃華の祖母、玉縁螺(ぎょくえんら)だった。


「この度は娘が大変ご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございません」


三人は冠永の前に跪き、謝罪の言葉を述べた。それに対し冠永は笑顔を浮かべながらこう言った。


「そんなにかしこまらないでください。私が桃華の弁護を致しますので、ご安心を」


「善地三太子様のご厚意に感謝致します」


「どうか桃華のことをよろしくお願い致します」


凌開雲と殷緋宵は深く感謝の意を示すように再び頭を下げた。それを見た冠永は微笑みを浮かべながら答えるのだった。


「ええ、桃華のことはこの私が必ず守ってみせます!」


そう宣言した冠永は凌桃華の両親たちを自分の屋敷へ招待し、食事をしながら今後のことについて話し合った。


「桃華の裁判は明日でしたね」


凌開雲はそう言いながら冠永の顔を見つめた。彼は少し緊張した面持ちで答えた。


「はい……」


「我々にできることがあれば何なりとお申し付けください。何でも協力致しますので」


「ありがとうございます、開雲殿。ですが、ご心配には及びません。すでに手は打っていますから」


「手を打っている……とは?」


殷緋宵が不思議そうな表情を浮かべながら冠永にそう尋ねた。すると彼は自信ありげな表情でこう答えた。


「明日桃華の弁護をするにあたり、万全の準備をしています。桃華を救い出せるように全力を尽くしますので、どうぞご安心ください!」


すると凌開雲は不安げな表情になり、こう呟いた。


「しかし、今回の裁判で桃華の罪が軽くなるとは限りません。それに、もし最悪の事態になった場合……」


彼の言葉の続きを察した冠永は小さくため息をつきながら答えた。


「ええ……その可能性は否定できませんね」


(そうなってしまったら私はどうすればいいんだ……?)


そんな冠永の心情を察したのか、凌開雲は優しい声でこう語りかけた。


「あなたは一人ではありませんよ、善地三太子様。桃華もきっとあなたを支えてくれるはずです」


(そうだ、私は一人じゃない……!)


「ええ……そうですね!」


冠永は力強く頷きながらそう答えた。そして彼は決意に満ちた表情でこう言った。


「明日は必ず勝ちます!そして桃華の罪を償わせるため、最善の手を尽くします」


彼の言葉に凌開雲、殷緋宵、玉縁螺も大いに勇気づけられ、玉縁螺は元気に笑いだすと風呂敷(ふろしき)から酒壺(さかつぼ)を取り出して言った。


「それでは、桃華の神界裁判での勝訴の前祝いといこう!善地三太子様もたくさん飲んでくだされ!」


「ちょっと、お母様!善地三太子様は明日の裁判の弁護を控えていらっしゃるのに酔い潰させてどうするんです!?」


酒壺を持ってはしゃぐ玉縁螺を娘の殷緋宵が(たしな)める。しかし彼女はそんな制止を振り切り、冠永に酒壺を押し付けた。


「ほらほら、遠慮せずにぐいっと一杯!」


「あ、あはは……玉縁螺殿は相変わらずですね」


冠永は苦笑しながら玉縁螺から酒杯を受け取ると、注がれた酒を一気に飲み干した。するとたちまち彼は酔いが回ってきたのか顔が紅潮してきた。それを見た凌開雲は不安げに声をかけた。


「だ、大丈夫ですか?善地三太子様……」


「ええ、大丈夫ですよ……これくらいっ」


冠永はそう言って微笑むと更に酒を呷っていった。その様子を見て玉縁螺は嬉しそうに笑い出した。

「いい飲みっぷりだ!さすがは王族の血筋といったところかねぇ」


「もうっ!だから言ったではありませんか!」


そう言いながらも殷緋宵の表情はどこか楽しげだった。そして彼らは桃華の裁判に備えて夜通し語り合ったのだった……。

翌日、ついに桃華の裁判が開廷された。神界の裁判所は円形闘技場に似た造りをしていた。裁判所の中には丸い階段状の傍聴席があり、そこに多くの神々と凌桃華の両親が座っていた。裁判所の左側には検察側である祖星霊官の丹星が着席しており、右側には弁護側の冠永が着席していた。中央にある玉座のような大きな傍聴席には神界の王である帝一神君が着席している。そして裁判官側から一番手前に被告人である凌桃華が立たされていた。彼女は緊張した表情で神界裁判へ臨むのであった。

すると裁判長が裁判開始を宣言するために法廷に姿を現した。


「これより、被告人凌桃華の裁判を開廷する」


その声とともに傍聴席に座っていた者たちがどよめく。裁判長を務める晴天法王は立ち上がって開廷を宣言するのだった。


(いよいよか……なんとしても桃華の罪を軽くしてやらねば!)


冠永は決意に満ちた瞳でそう心の中で呟くと、法廷の中心に置かれた被告人席に立っている凌桃華に目をやった。彼女はやや緊張した面持ちで前を見つめていた。


(大丈夫……落ち着いてやればきっと上手くいくはずだ)


こうして凌桃華の運命を決める神界裁判が開廷されたのだった。

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