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第二十四回 決戦の地へ

帝一神君(ていいつしんくん)の言葉に一同は驚く。天魔王呪堕(てんまおうじゅだ)復活ともなれば彼らが取るべき行動もただ一つであった。


帝一陛下(ていいつへいか)、天魔王が復活ということはまさか……呪魂石(じゅこんせき)が!?」


丹星(たんせい)の言葉に帝一神君は大きく(うなず)いた。


「うむ。天魔王呪堕はかつての戦いでその力の大半を呪魂石に封じられ、呪魂石は霊封山(れいふうざん)へと封じられたのだが妖魔軍(ようまぐん)が霊封山へ集結し、呪魂石を破壊しようとしている。

だが霊封山には妖魔軍だけでなく神界の神軍も集結しているからそう簡単には手に入れることは出来ないだろう」


帝一神君の説明に冠永(かんえい)たちは安堵(あんど)するが、すぐに表情を(くも)らせる。


「しかし、天魔王が復活すればこの都どころか衆生界(しゅじょうかい)神界(しんかい)にも多大な被害が出ます。一刻も早く対策を()らねば……」


「うむ……そのことなのだが……」


帝一神君は何か秘策(ひさく)があるように口を開いた。


「これから私が霊封山へお前たちを転送する。霊封山では神軍(しんぐん)も妖魔軍に対して既に戦いを挑んでいるはずだ。私とお前たちで天魔王呪堕の復活を阻止するのだ!」


帝一神君の言葉に一同は頷くが、冠永だけは浮かぬ顔をしていた。


「兄上……少し二人だけでお話しできませんか?丹星たちには内密(ないみつ)に……」


冠永の提案を聞いた帝一神君は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに落ち着いた表情に戻ると言った。


「いいだろう、お前たちは少しここで待っていてくれ」


そう言うと帝一神君と冠永の2人はその場を離れた。残された者たちには何とも言えない不安感が(つの)った。そんな中で秀鈴(しゅうりん)封雯馨(ふうぶんきょう)は冠永たちが何を話しているのか気になって仕方がなかった。

一方、帝一神君は冠永と共に神界において帝一神君の宮殿『神帝宮殿(しんていきゅうでん)』へと足を踏み入れた。宮殿内には帝一神君の側近である神武官(しんぶかん)神記官(しんきかん)(ひか)えており、豪華絢爛(ごうかけんらん)な装飾や美術品が所狭(ところせま)しと並べられていた。

冠永は帝一神君と共に宮殿の最上階に位置する部屋に入った。そこは白木(しらき)でできた長いテーブルと長椅子(ながいす)が置かれていて、テーブルの上には茶器や菓子が置かれている。

冠永が椅子に腰掛けると帝一神君は口を開いた。


「それで、話とはなんだ?」


冠永は少しためらった後で言った。


「実は……先日、おかしな夢を見たのです。夢の中で私の顏によく似た人物が現れて、その者は私を弟と呼んでいました。そしてその時に感じられた恐ろしい邪気(じゃき)(まぎ)れもない天魔王のものでした。

兄上、もしや……天魔王呪堕の正体とは我らが長兄、冠陀兄様(かんだにいさま)なのでは……?」


かつて冠永が神となる前、彼は慈蔵国(じぞうこく)の第三王子として生まれた。彼の兄である帝一神君となった第二王子の冠勝(かんしょう)、そして王位を継ぐ権利を持つ第一王子の冠陀(かんだ)は、慈蔵国の王位を継承するに相応しい器の持ち主であり、大臣たちからも期待されていた。そこで冠勝と冠永は王位継承を冠陀に任せ、二人は神となった後も慈蔵国の行く末を見守っていた。

だが、冠陀は国王となった直後に何者かによって暗殺されてしまう。そして、その日の夜に慈蔵国はとある恐ろしい妖怪によって滅ぼされてしまったのだ。その妖怪とは……誰であろう、魔界の支配者である

天魔王・呪堕だったのである。冠永が見た夢はまさに呪堕(じゅだ)が彼に自分が兄であることを伝えるためのものだったのだ。冠永が見た夢のことを聞いた帝一神君は何も答えず、

ただ沈黙(ちんもく)を貫くだけだった。その様子を見た彼は確信するしかなかった。


「やはりそうなのですね……兄上……」


「……」


だが帝一神君もまた何も言わず、ただただ(うつむ)き続けているだけであった。二人の間には気まずい空気が流れたがやがて帝一神君はゆっくりと口を開いた。


「……冠永よ、お前は魔界の支配者である天魔王が我々の兄であったとしても戦う覚悟はあるか?」


帝一神君の問いに冠永は力強く答える。


「もちろんです!冠陀兄様が魔界の支配者であろうとも、衆生界を支配させるわけにはいきません」


「そうか……ならばもう何も言うまい……」


そう言うと帝一神君は椅子から立ち上がり、冠永も立ち上がると共に肩を並べて部屋を出て行った。

秀鈴と封雯馨はなかなか戻ってこない帝一神君と冠永に不安と(あせ)りが入り混じった感情を抱いていた。そんな中、丹星だけは浮かない表情で何か考え込んでいる様子だった。


「どうかしたのですか?丹星様」


秀鈴が心配して声を掛けると彼はハッとした様子で顔を上げ、言った。


「いや、ただ……天魔王呪堕が復活すると衆生界や神界にも多大な被害が出るだろうし、そうなったら

三太子殿下(さんたいしでんか)は……」


丹星の言葉に秀鈴も封雯馨もハッとして顔を見合わせる。冠永は仮にも衆生界の守護神(しゅごしん)である。もしも天魔王により衆生界が滅ぼされるようなことがあれば、

冠永は神としての()(どころ)が無くなり、彼自身も消滅する恐れがあるのだ。


「三太子殿下……」


秀鈴は切なそうな表情を浮かべることしかできなかったが、そんな彼女を励ますように封雯馨は言った。


「まあ、今は帝一陛下のご指示を待ちましょうよ」


封雯馨の言葉に秀鈴は渋々ながら頷いたのだった。


その後、冠永と帝一神君が一同に合流すると帝一神君は白鳳正君(はくほうせいくん)に命じた。


「白鳳正君、すまぬが晴天法王(せいてんほうおう)と冠永の弟子の黄俊(こうしゅん)言伝(ことづて)を頼めるか?我々は霊封山へ向かうとな」


「かしこまりました」


そして白鳳正君が上空高く羽ばたくと、帝一神君は再び冠永たちに向き合った。


「では、これからお前たちを霊封山の(ふもと)まで転送する。天魔王も妖魔軍も本気で我々を迎え撃とうとするだろう。気を抜くな!」


帝一神君の言葉に一同は力強く頷いた。そして帝一神君は何か呪文を唱えると、瞬く間に彼らは霊封山へと転送されたのであった。

霊封山の入口前では大勢の神軍の神武官達が妖魔軍から守りを固めていた。だが、妖魔軍の数は多く、このままでは突破されてしまうことは明白であった。


「皆の者!我らは天魔王呪堕を討滅(とうめつ)せねばならない!この命に代えてもだ!行くぞ!」


帝一神君が叫ぶと同時に両手から(まばゆ)い閃光が妖魔軍に発射される。その光により妖魔軍の一角が消し飛ばされた。


「我々の底力を見せてやるのだ!行くぞ!」


帝一神君の言葉に神軍の兵士達は一斉に妖魔軍へ突撃する。その勢いに押され、妖魔軍は後退を始めたがそこに冠永たちもつづく。


「みんな、気を引き締めていくぞ!」


冠永は仁霊剣(じんれいけん)を抜き、襲い掛かる妖怪たちを斬り払う。彼の号令に応えるように封雯馨は右手に巻かれた包帯を解き、呪文を唱えた。


霊気解放(れいきかいほう)菩薩光掌(ぼさつこうしょう)!!」


瞬く間に彼女の右手が光り輝くとその光は巨大な(てのひら)に姿を変えて妖魔軍を次から次へと弾き飛ばしていく。


「封さん、やるじゃない!」


秀鈴はそう言うと封雯馨に負けじと竹籠(たけかご)から赤い折り鶴を取り出し妖魔軍に向かって投げつける。


爆炎鶴(ばくえんかく)!!」


赤い折り鶴が爆発するとその衝撃で妖魔軍は吹き飛ばされる。さらにそこに丹星も加わり、神武官達は勢いを増していく。

そして冠永たちは天魔王呪堕が向かったであろう洞窟(どうくつ)の前にいた。


「この封霊窟(ふうれいくつ)には天魔王呪堕の力を封じ込めた呪魂石が封印されている。天魔王呪堕はここにいるに違いない。私が先頭に立つ!お前たちは私の後に続け!!」


帝一神君はそう言うと、先陣を切って先へ進む。


「さあ、行きますよ皆さん!」


秀鈴の言葉に一同が頷くと彼らは洞窟の中へと入っていったのであった。

封霊窟の中はかなり暗く、壁からは水が滴り落ちていた。冠永は掌から提灯(ちょうちん)ほどの大きさの照明光(しょうめいこう)を作り出すと頭上に(かか)げて慎重に()を進めていく。

照明光は基礎的な神術(しんじゅつ)の1つで、頭上に提灯の光よりも暗闇(くらやみ)を明るく照らす光を作り出すことができる。冠永たちは照明光のおかげで暗い洞窟の中を隅から隅まで見渡すことができるようになっていた。

洞窟内には妖魔軍の兵が多数(ひそ)んでいる可能性はあるが、彼らの進行を阻む者はいないように見えた。


「これほどまでに禍々(まがまが)しい邪気に満ちていながら一度も妖魔軍と遭遇しないとは妙ですね……」


丹星の言葉に秀鈴は頷く。


「確かに……なんだか嫌な予感がしますね」


秀鈴と丹星の言うように、この洞窟内は静寂(せいじゃく)に包まれながらも邪気に満ちていた。そして彼らはやがて広い空間へと出る。そこには巨大な岩があり、その岩の中央には禍々しい光を放つ黒い宝石のようなものがあった。


「あれが呪魂石か……」


帝一神君はそう呟くと、ゆっくりと呪魂石へ近づいていく。だがその瞬間だった。突然地面から無数の腕が伸びてくると帝一神君の足を掴もうとしたが、彼は大きく息を吐き出すと全身から眩い光を放って地面から伸びてきた腕を消し飛ばした。


「しまった……(わな)か!?」


冠永が叫ぶと闇の中から紫色の帽子と着物を身に(まと)い、黒い(おおかみ)の毛皮を肩に掛けている気味の悪い仮面を付けた男が姿を現した。


蛍不常(けいふじょう)!」


封雯馨が叫ぶとその仮面の男、蛍不常は不気味な笑い声を上げながら冠永たちに襲い掛かってきた。


「クフフフ!待っていたよ神界の神々!ここで決着を付けてあげるよ!!」


蛍不常はそう言うと指を鳴らした。すると地面から無数の人形が姿を現すと冠永たちに向かって襲い掛かってきた。


「封さん!丹星様!」


秀鈴が叫ぶと、人形たちは一斉に封雯馨に飛び掛る。彼女は咄嗟に両手を前に突き出すと掌から菩薩光掌の波動を放ち、人形たちを一気に浄化した。

だがその時、背後から別の人形が封雯馨に襲いかかろうとした。すかさず丹星が人形を刀で斬り伏せる。


「丹星様、ありがとうございます!」


「礼なら後でお願いします。今は奴を討滅せねば」


丹星の言葉に封雯馨も頷いた。蛍不常は再び人形を呼び出すと今度は秀鈴に向かって突撃してくる。彼女はすかさず竹籠から赤い折り鶴を取り出すと呪文を唱えた。


「爆炎鶴!!」


爆発音と共に人形たちが吹き飛ばされるが、その(すき)に蛍不常は秀鈴の(ふところ)に入り込み彼女の首を締め上げる。


「うぐっ……ああぁ……」


「秀鈴!」


丹星は秀鈴を助けようと刀から光の刃を放ったが、蛍不常はそれを(かわ)すと秀鈴を投げ飛ばした。


「ぐあっ!!」


投げ飛ばされた秀鈴は丹星に激突し気絶してしまった。


「クフフフフフフ、この程度なのかい?もっと楽しませておくれよ」


蛍不常はそう言うと再び人形たちを呼び出す。すると冠永が前に立ちはだかり、錫杖(しゃくじょう)から眩い閃光を放った。その光に人形たちは全て消え去ると蛍不常も一瞬怯んだ様子を見せる。


「邪魔が入ったか……でもね!」


蛍不常は再び指を鳴らした。すると地面から無数の手が伸びて来て冠永の足を(つか)みにかかる。しかし今度は帝一神君が全身から輝きを放ち、その手を一瞬で消し飛ばした。


小細工(こざいく)ばかり使わないでかかってこい!この臆病者めが!!」


帝一神君の挑発(ちょうはつ)に蛍不常は不敵な笑みを浮かべる。


「そんな安い挑発に僕が乗るとでも思うのかい?ちょうど良い頃合いだから君たちに素敵なお客様をご紹介しよう」


蛍不常が言い終わると同時に不気味な殺気が周囲を(おお)う感覚に襲われた。


「この邪気は……まさか!」


帝一神君が叫ぶと同時に洞窟の奥から小さな影がゆっくりと姿を現す。その姿はまるで()(おとろ)えた老人が動いているかのようだった。その影の正体を見て、冠永たちは驚愕する。


邪流尊師(じゃりゅうそんし)……!」


冠永たちの驚く声を聞いてその老人、邪道(じゃどう)総帥(そうすい)である邪流尊師の幻陽(げんよう)はニヤリとほくそ笑む。


「邪流尊師!!なぜ貴様がここに……?」


冠永の問いに対して、幻陽は答える。


「決まっておろう。妖魔軍に加勢すればお前たちの邪魔ができるじゃろうが。それに、こ奴らには大勢の人間の死体を提供してもらったからのう……こうして黒屍兵(こくしへい)を大量に作ることができたわけじゃ」


幻陽の言葉に冠永たちは絶句した。続いて幻陽が手を上げると物陰から黒衣に身を包んだ武装した集団がのそのそと()い出てきた。これこそが幻陽が操っていた黒屍兵の正体であり、

死んだ人間を材料にして作り出した物言わぬ軍団であった。


「さあ、行け!神どもを八つ裂きにするのだ!」


幻陽が叫ぶと同時に黒屍兵達は一斉に襲い掛かってきた。冠永は錫杖を構えて迎撃態勢を取る。だがその時、突然地面から黒い腕が何本も伸びてきて冠永の体に絡みついた。


師父(しふ)!?」


「冠永!?」


封雯馨と帝一神君が同時に叫んだ。そして二人はすぐに助けようと駆け寄ると同時に封雯馨が菩薩光掌を放った。


彷徨(さまよ)える魂たちよ、どうか安らかに……」


彼女の掌から眩い光が放たれ、黒屍兵の集団を包み込む。すると黒屍兵達は次々と崩れ去っていった。


「お、おのれ……!わしの黒屍兵たちをよくも!!」


怒りに震える幻陽だったが、封雯馨は彼を睨みつけるように見据えて言った。


「罪の無い人々の命を奪うばかりか、その人たちの遺体を好き勝手に操るなんて……絶対に許しません!」


封雯馨の言葉に幻陽はギリギリと歯軋(はぎし)りをしながら彼女を(にら)み返した。


「何が悪いと言うのだ!何の価値も無い凡俗共(ぼんぞくども)を強力な兵士として生まれ変わらせてやったというのに、何が気に入らぬのだ!」


幻陽の言葉に封雯馨は怒りを抑えきれず叫んだ。


「ふざけないで!彼らだって生きていたんですよ!?彼らの尊厳(そんげん)を……命を(もてあそ)ぶような人をどんなことがあっても許すものですか!!」


封雯馨の迫力に気圧(けお)されながらも幻陽は再び黒屍兵を呼び出そうとするが全ての黒屍兵たちを封雯馨によって浄化されてしまったため、もはや彼に()(すべ)は残っていなかった。


「おのれぇ……このままでは済まさんぞ……蛍不常よ!わしに力を貸せ!!」


幻陽は叫ぶが、蛍不常は頷くばかりで全く動こうとはしない。それを見た幻陽はさらに激昂し叫んだ。


「なぜだ!なぜ動かんのだ!!わしの言う事を聞け!」


そんな彼に対して蛍不常が冷たい声で言った。


「幻陽くん、黒屍兵の材料ならまだ残っているじゃないか」


そんな彼の言葉に幻陽は首を傾げる。


「な、何を言って……」


「きみ自身が黒屍兵になればいいんだよ!」


次の瞬間、蛍不常の右腕が幻陽の胸を貫いて心臓を握り潰す。


「がはっ……な、なにを……」


「さあ、これで君は生まれ変われるよ!おめでとう!!」


蛍不常の邪悪な笑い声が響くと同時に幻陽は絶命し、彼の肉体から黒い(きり)のようなものが噴き出した。そしてそれが晴れるとそこには黒屍兵とよく似た姿の怪物が立っていた。


「クハハハハ!!素晴らしい力だ!」


高笑う蛍不常を見て冠永たちは戦慄する。


「まさか……あの邪流尊師を黒屍兵にするなんて。なんという事を……」


冠永がそう言うと、蛍不常は嘲笑った。


「これでまだまだ楽しく遊べそうだよ!さあ、始めようじゃないか!」


蛍不常はそう言うと両手を広げて笑い声を上げる。その邪悪な笑い声に冠永たちは戦慄した。だがその時だった。


「貴様のお遊びに付き合うつもりなど無い!」


帝一神君の左手から光の弾丸が放出され、黒屍兵となった幻陽を貫き消滅させた。


「帝一陛下、お見事です」


封雯馨が賞賛の言葉を口にすると、帝一神君は頷きながら蛍不常を睨みつけた。


「これで残るは貴様だけだ!覚悟しろ!!」


帝一神君の言葉に蛍不常はニヤリと笑みを浮かべる。


「クフフ……確かに僕一人じゃ勝ち目はないかもしれないね。だから僕も助っ人を呼ぶことにするよ、傀常(かいじょう)!」


蛍不常が叫ぶと同時に洞窟の天井からバラバラと無数の人形が落ちて来て、天井からは少女の姿をした小さな人形が不気味な笑い声を出しながら宙に浮かんでいる。蛍不常の相棒の傀常(かいじょう)であった。


「ケケケッ、不常~人形兵(にんぎょうへい)ならたっくさん作っておいてやったぜぇ」


傀常の言葉に蛍不常は満足そうに頷く。そして彼が指を鳴らすと同時に人形兵は次々に起き上がり手には剣や刀、(やり)(おの)といった武器を手にしていた。


「そんな……まだあんなに……」


封雯馨が狼狽(うろた)えていると、蛍不常は不気味な笑みを浮かべながら言った。


「さあ、始めようじゃないか!君達はこの人形兵達に勝てるかな?」


蛍不常の言葉と同時に人形兵は一斉に襲い掛かってきた。


(おかしい……蛍不常は得意技の魔血神針(まけつしんしん)を使わずに人形兵を用いた物量戦を挑んでくるなんて……何か裏があるはず。それともこの洞窟の中では魔血神針を使えない理由があるのか?)


冠永はそう考えながらも次々と襲いかかってくる人形兵たちの攻撃を避け続けていた。


(今は考えている暇はない!まずはこの状況を打破しないと……!)


冠永は錫杖を地面に突き立て、霊力を錫杖に注ぎ込み、叫ぶ。


封雷神空破(ふうらいしんくうは)!」


錫杖から無数の雷光(らいこう)が発生し、次々と人形兵たちをなぎ払っていく。雷光が命中した人形兵は一瞬で焼き尽くされ灰燼(かいじん)と化した。

封雷神空破は冠永の神術(しんじゅつ)の中でも封雷の術を広範囲の敵を攻撃できるように改良した神術であり、一撃で多数の敵を攻撃する事が可能となっている。

そして放たれた雷光の1つは宙に浮かぶ傀常に向けて飛んできていた。


「ひっ……!?」


雷光が彼女に命中する直前、蛍不常は身を乗り出して傀常の前に出ると自らを(たて)とした。


「ぐぅ……!」


「助かったぜ不常~。さ~て、俺は下がって見物してっから頑張れよ~」


雷光を受けた蛍不常は苦悶(くもん)の表情を浮かべながらもニヤリと笑う。

その様子を見ていた帝一神君は何か違和感を覚えたのか冠永に耳打ちした。


「冠永、何か妙だ。蛍不常という妖怪(ようかい)は先程自分の味方である邪流尊師を何食わぬ顔で殺害しておきながらあの少女の人形を身を(てい)して庇うとは……何か理由があるのだろうか?」


冠永は思案したが答えは出なかった。だが蛍不常が傀常を庇った事には何らかの意味があると彼は確信するのだった。


(あの人形……もしかしたら)


「兄上、私に考えがあります。合図を送りましたらすぐに攻撃をお願いします」


「わかった、任せたぞ」


冠永は前に出るとすかさず錫杖を地面に突き立て封雷の術を放つと見せかけて袖の中から何かを取り出すとそれを蛍不常に投げつけた。


「がっ……!?」


それは一本の針だった。しかし、それは鋭く蛍不常の仮面に突き刺さると同時に亀裂(きれつ)が走る。


「こ、これは魔血神針……!?いったいどこでこれを!?」


突然自分が使っていた武器を冠永が投げつけたことに驚愕する蛍不常。すると冠永は言う。


「その魔血神針はお前が命を奪った黒毛労(こくもうろう)の遺体から摘出した物だ。自分の武器で攻撃される気分はどうだ?」


「驚いたよ。まさか黒毛労くんの死体から魔血神針を抜いて持ち歩いていたなんてね……神様のくせに抜け目のない方だ」


「お前達妖魔軍の蛮行を止めるのも私の役目だ、そのためなら私は心を鬼にしてでも戦うまで。覚悟してもらおう!」


冠永は錫杖を構えて蛍不常に向ける。それに対して傀常は激昂しながら叫ぶ。


「てめえ!(きたね)えぞ!俺が人形兵共を作るのに魔血神針の材料を切らしちまったっていうのに魔血神針を使うなんてよぉ!卑怯だぞ!!」


「ふん、何を言い出すかと思えば……最初に汚い手を使ってきたのはそっちだろう?」


冠永の言葉に傀常は更に怒り狂う。


「ちくしょう!こうなったら人形兵共を……」


傀常が冷静さを失ってそう口走ったその隙を帝一神君は見逃さなかった。彼はすかさず光弾(こうだん)を放つとそれは蛍不常を素通りして傀常の身体を貫いた。


「があっ!?ぐあぁぁぁ~~~!!」


帝一神君の攻撃により身体を貫かれて地面に落ちながらのたうち回る傀常。すると蛍不常はプツリと糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。同時に傀常の姿は小さな人形から14歳くらいの美しい少女へと姿が変わる。


「やはりか……蛍不常は妖怪ではなくただの人形。奴を隠れ(みの)にして人形のふりをしながら周囲の目を(あざむ)き続けていたのが傀常、貴様だな?」


確信したように呟く冠永に対して傀常は美しい顔を歪ませながら牙を剥き出しにして血走った眼で(にら)みつける。


「グギギギ……そこまで見抜いてやがったなんてよぉ……だが俺だって煬邪様(ようじゃ)の腹心の部下だ、こうなりゃてめえらを道連れにしてやる!不常ォォォォォォォォォォ!!」


傀常が喉が張り裂けんばかりに叫ぶと崩れ落ちた蛍不常が突然立ち上がり、両腕を広げて封雯馨へ突撃した。


「きゃっ……!?」


「不常は俺の最高傑作の人形兵だ。俺は間もなく死ぬだろうが、そんなもん関係ねえ……不常は人形兵として命令を実行し続けるんだよ!そいつらを道連れに自爆しろぉ!!」


傀常の言葉と共に蛍不常は封雯馨へ飛びかかる。だがその攻撃が彼女に届く事はなかった。


「封さんには指一本触れさせんぞ!」


その瞬間、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の青年が封雯馨の前に飛び出すと同時に蛍不常へ剣を振り下ろして両断し、その凄まじい衝撃波は傀常をも巻き込み粉砕した。


「グ……グギャアァァァァァァァァァァ!!」


海山仙翁(かいざんせんおう)(もと)で修行に励んでいた冠永の弟子の黄俊(こうしゅん)が白鳳正君から冠永たちが霊封山へ向かったことを伝えられ駆けつけたのだった。


「ふぅ……なんとか間に合ったようだな……封さん、お怪我はありませんか?」


振り返りながら封雯馨へ微笑みかける黄俊。封雯馨は思わず口を開いた。


「あ……あの……!」


(ああ……封さん……!ずっと貴女に会いたい気持ちを押さえながら修行に励んでいた俺にとって、貴女の笑顔を見れただけでも幸せです……)


「はい、なんでしょう?俺にできることなら何でもしますよ!」


黄俊が笑顔で言うと、封雯馨は顔を真っ赤にしながら言うのだった。


「あの……貴方様はどちら様でしょうか?」


唐突(とうとつ)な封雯馨の一言に黄俊は勢い良くすっ転んでしまうのであった……。


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