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第十四回 行方知れずの人魚姫

自身が犯した罪の贖罪(しょくざい)のために苦しむ衆生界(しゅじょうかい)の人々を救う旅を続ける凌桃華(りょうとうか)と彼女と行動を共にする衆生界の守り神、善地三太子(ぜんじさんたいし)冠永(かんえい)。冠永の弟子の封雯馨(ふうぶんきょう)、そしてお目付け役である神界(しんかい)の裁判長、晴天法王(せいてんほうおう)と神界の書記官(しょきかん)である神記官(しんきかん)秀鈴(しゅうりん)は巻物に描いてある地図に新たに書き込まれた北西の海にある漁火村(りょうかそん)へ向かうことになった。空を飛ぶことができる絨毯(じゅうたん)神龍翔毯(しんりゅうしょうたん)の上で凌桃華は地上の景色を見据(みす)えていた。


(ババ様……アタシはこれからも冠永さんと共に旅を続けるわ。罪を犯したアタシを助けてくれた恩人の冠永さんに恩返しをして、ババ様の孫として恥じることのないように生きるわ。だから……どうか見守っていてね)


心の中で(つぶや)いた凌桃華は冠永と目が合うと微笑んだ。冠永も彼女の笑顔に応えるように優しく微笑みを返す。


「桃華、何かあったらいつでも私に言ってくれ。少しでも君の力になりたいから」


「うん……ありがとう、冠永さん。これからもよろしくね!」


そう言うと凌桃華は冠永の手を握り、彼と心を通い合わせることを(うれ)しく思うのだった。


「えー……三太子殿下(さんたいしでんか)、桃華さん……仲睦(なかむつ)まじいところ大変恐縮なのですが、今回の事件の調査依頼についてご説明してもよろしいでしょうか?」


そこへ冷ややかな声で秀鈴が割って入り、冠永と凌桃華はハッとして手を離した。


「え……ええと、お願いします」


「すまない秀鈴……そうだな。お願いしてもいいだろうか?」


気まずそうに二人は謝りつつ秀鈴に事情を説明してもらうよう頼むのであった。

秀鈴が一同に依頼の内容を説明するためにコホン、と咳払(せきばら)いをしてから口を開いた。


「今回の調査依頼はこの付近の海を管轄(かんかつ)している神である鑑亀霊君(かんきれいくん)から海の(しお)の流れが変化して魚がいなくなってしまったという訴えが届いていました。どうもその潮の流れが変わってしまったのはこの近海で何か起きていることが原因なのではないかと思われます」


秀鈴が鑑亀霊君からの依頼の内容を説明していると晴天法王が横槍(よこやり)を入れる。


「だとすればまずは鑑亀霊君から直接話を伺うのが良いだろう。今後の予定はその後で決めるとしよう」


「かしこまりました。それでは鑑亀霊君の(ほこら)がある漁火村へ向かいましょう」


晴天法王の指示により一行は漁火村へ向かうことになった。神龍翔毯に乗って一同が漁火村へ辿り着くと、村人たちが冠永達の前に集まってきた。


「神様!神様がようやくオラたちを助けに来てくれたあ!!」


「このまま魚を()ることができねえとオラたち日干しになっちまいますだあ!」


村人たちが不安そうな声を漏らしている中、冠永は落ち着いた口調で村人達に呼びかける。


「皆さん、どうか落ち着いてください。皆さんのために全力を尽くしますから」


「神様!どうかお願いします!!」


「お、オラたちを助けてくださりませええ!!」


冠永の言葉を聞いて村人たちの期待は高まり、頭を下げる者もいた。押し寄せる人の波に冠永が飲まれないように凌桃華と冠永の弟子の封雯馨は彼を守るように立ちはだかり、秀鈴が人々に向かって呼びかけた。


「皆さん、落ち着いてください!落ち着いて!!」


秀鈴の呼びかけで次第に人の波が収まっていき、村人達が落ち着きを取り戻すと冠永は人々に語り掛ける。


「今回の事件は我々が必ず解決しますのでどうかご安心ください」


人々が安堵(あんど)の息を吐きだす中、突如として海の中からウミガメに乗った若い男が現れた。


「善地三太子殿下、ようこそおいでくださいました。私がこの付近の海を管轄しております、鑑亀霊君と申します」


鑑亀霊君が挨拶すると、秀鈴が慌てて彼に対して言葉をかける。


「鑑亀霊君!急に現れるなんてビックリしたじゃないですか!まだ村の皆さんの不安は解消しきれてませんよ!」


「申し訳ありません、秀鈴殿。晴天法王様もお変わりないようで安心いたしました」


突然姿を現して場を混乱させてしまったことを()びると鑑亀霊君はにこやかに晴天法王と秀鈴に挨拶した。


「鑑亀霊君、急に海の潮の流れが変わって魚が捕れなくなったと聞いたが本当なのか?」


「はい。話せば長くなるのですが、どうやらこの異変は私の妻……人魚の女王が原因のようなのです」


晴天法王の質問に鑑亀霊君は表情を(くも)らせ、人魚の女王である静波(せいは)について語り始めた。


「静波は善地三太子殿下がこちらに来られる一週間前から異変を起こし始めたのです。なんでもこの村の漁師たちが我々の娘の静麗(せいれい)を捕らえて殺害し、その肉を食べて不老不死になろうとしたと」


「「な……何ですって!?」」


鑑亀霊君が語る衝撃の内容に冠永と凌桃華、そして封雯馨は思わず驚きの声を漏らす。漁火村の村人たちもどよめき始める。そんな一同を落ち着かせるように鑑亀霊君が言った。


勿論(もちろん)、それは誤解だと私は彼女に何度も説明しました。しかし、静波は村人たちに対して激しい憎悪を抱いています。もし彼女を説得できなければこの漁火村は滅びてしまうでしょう」


「そんな……!鑑亀霊君様!どうか人魚の女王様を静めてくださいませ!!」


「オラたちが人魚さんたちを殺して肉を()うなんてそんな恐ろしい、恩知らずなことはできねえだ!今までこの村は漁をする時に人魚さんたちに協力してもらってきたから、そんなことをする奴はこの村にいないですだ!!」


村人達が鑑亀霊君に(うった)えかけると、彼は少し困った様子を見せながらも皆を(さと)す。


「皆さんのお気持ちはよく分かります。ですが、静波は思い込みが激しく一度決めたことを曲げるようなことはしない性格なのです」


鑑亀霊君はそこまで言うと冠永達に向き直って頼み込んだ。


「善地三太子殿下、どうか私に力を貸してくださいませんか?彼女の誤解を解き、そして村人の皆さんは静麗の失踪(しっそう)とは無関係だと証明したいのです」


鑑亀霊君の頼みに冠永はしばらく考え込むと、やがて彼の眼を見て答えた。


「分かりました。私達も静波殿(せいはどの)に会って話をしてみましょう」


「ありがとうございます!」


鑑亀霊君からの依頼を受け入れた冠永の言葉に感謝の言葉を伝えると、彼は海へ向かって声を上げた。


「静波!聞こえているんだろう?出てきてくれ!君と話がしたいんだ!!」


鑑亀霊君が叫ぶとそれに応えるかのように海がうねり始め、波をうねらせながら静波が現れた。彼女は妖艶(ようえん)な雰囲気を(ただよわ)わせながら一同に告げる。


「あなた、私達の静麗の命を奪った犯人は見つかったの?見つかっていないなら無暗(むやみ)に呼ばないで頂戴(ちょうだい)


「静波、君の怒りは理解しているつもりだ。だが君は誤解している。彼らは犯人ではないし、静麗も無関係だ」


鑑亀霊君が告げると、静波は彼を(にら)みつけながら叫んだ。


(うそ)よ!証拠を見せなさい!!」


「証拠はないが、ここは私に(めん)じて怒りを(しず)めてくれないか?いつから君はそんなに怒りっぽくなってしまったんだ?出会ったばかりの君はあんなに可愛(かわい)らしかったのに……」


「それは昔の話でしょう!?私はもう大人になったのよ!神であるあなたと同じくらいにね!!」


静波は鑑亀霊君の言葉に反論し、そんな彼女を諭すように彼は言葉を続けた。


「そんな理屈が通じるような状況ではないんだ。私の言うことを信じてくれないか?」


鑑亀霊君が(あきら)めずに説得すると、彼女は(しび)れを切らして言った。


「なら私が納得するような証拠を持ってきて!今すぐに!!」


静波の言葉に鑑亀霊君は困り果てた様子を見せる。彼が静波を(なだ)めようとすると、彼女はその手を振り払って怒鳴った。


「うるさいわね!黙っててよ!!」


怒り心頭の静波は暴言を吐いた後、海へと帰っていった。鑑亀霊君の表情が曇る中、封雯馨が彼に声をかけた。


「取り付く島もないとはこのことですね、鑑亀霊君様……大丈夫ですか?」


「ええ……すみません、少し取り乱してしまいました」


封雯馨に心配されながらも鑑亀霊君は気丈に振舞い、村人達に呼びかけた。


「皆さん、此度(このたび)は妻が面倒をかけてしまい、大変申し訳ありません。どうか静波の怒りが収まるまで待っていてくれませんか?」


鑑亀霊君の訴えに村人達は困惑する中、冠永が海を見据えて口を開いた。


「静波殿が我々を敵視しているのは分かりました……ですが静麗さんが行方不明になったのは一体何故なんでしょう?」


「うむ、私もそれが気になっていたところだ。鑑亀霊君よ、何か心当たりはないか?そなたたち家族の間で()め事などはなかったか?」


晴天法王も冠永の言葉に賛同し、鑑亀霊君に質問を投げかけた。すると彼は少し悩んだ後、何か思い出したかのように声を上げた。


「そういえば……一週間前、静麗が村の子供たちと一緒に遊んでいたところを見かけたのですが……」


「その時に何か起きたのですか?」


秀鈴の問いかけに鑑亀霊君は頷いた後、静麗について語り始めた。


「いえ、特に何もありませんでした。静麗は子供たちと歌ったり、人魚の歌を教えたりしていたので静波も穏やかな目で見守っていたのです。あの子は人見知りをせず優しい娘ですから村人の皆さんとも親しくなり、子供たちと一緒になって村のお祭りにも参加して……そんな日々を過ごしていました」


「ほう……では特に事件性のあることはないようだな」


晴天法王と鑑亀霊君が話し込んでいると、村長が声をかけてきた。その手には手紙らしきものが握られている。


「鑑亀霊君様……実は今日の朝、このような手紙が我が家に投げ込まれまして……」


村長の言葉を聞いた晴天法王がその手紙を受け取るとそこにはこう書かれていた。



『逃げた人魚をどこへ隠した?居場所を吐かねば村を焼き払う。 増悪五獣(ぞうあくごじゅう)



「これは脅迫状(きょうはくじょう)ではないか!村長、この増悪五獣(ぞうあくごじゅう)とは何者なのだ?」


「はい……増悪五獣とはこの近辺を荒らし回っている五人組の悪党で、盗みや殺人は勿論、放火や押し入り強盗をする時は大人を含めた犬や猫、それに家畜たちまで皆殺しにして女子供は売春宿へ売り飛ばしてしまうのです」


村長から話を聞いた晴天法王は憤慨した様子で言った。


「なんと……そのような悪党がのさばっていたとは、この国の役人たちは何をしているのだ!?」


「勿論お役人様方は連中を捕らえようとしていらっしゃいますが、いかんせん奴らは人数が多い上に強いのです。中には増悪五獣と取引して盗品を賄賂(わいろ)として(もら)い受けたり、誘拐された子供たちを奴隷(どれい)として買い取る者たちも出てくる始末で……」


村長から増悪五獣の恐ろしさを語られた凌桃華はあまりの(ひど)さに言葉を失った。


「酷い……じゃあ役人たちは見て見ぬふりをしているということですか?」


「はい……お役人様たちも増悪五獣に(にら)まれてはやっていけないのです。それどころか増悪五獣と(つな)がっている役人もいるという噂も聞きますし……」


村長が困り果てた様子でそう告げると、晴天法王が皆に呼びかけた。


「まずはこの手紙を静波殿に見せてみよう」


彼の言葉を聞いた一同が同意するように頷くと、鑑亀霊君と共に静波のいる海へと引き返す。


「静波!この手紙を見てくれ、静麗は漁火村の人々が連れ去ったのではない。増悪五獣という悪党たちに襲われてどこかに身を隠しているのかもしれないんだ、どうか怒りを鎮めてくれ!」


鑑亀霊君は静波に手紙を見せながら訴えかけると、彼女はその手紙を受け取って読み始めた。そして読み終わると彼女は鼻で笑って言った。


「こんな手の込んだ作り話を私が信じると思う?増悪五獣?そんなものいるわけないじゃない」


「静波、信じてくれ!漁火村の人々の誤解を解くためにも是非とも静麗の捜索を手伝ってくれ!」


彼女の冷たい反応に鑑亀霊君が(なお)も訴えかけると、彼女は眼を細めながら言った。


「ねえ、あなた?あなたは私と結婚した時、私に誓ったわよね?」


「ああ……勿論さ」


「あなたは私に噓を()かないと誓ったし、他の女にも決して眼は向けないと言った……そしてあなたの愛は本物だった。だけど今のあなたは漁火村の村人ばかりを気にかけているわ」


「それは誤解だ!私の妻はこの世でただ一人、君だけだ!私が漁火村の人々を気にかけるのはこの周辺の海を管轄する神としての責任感からなんだ、決して君を裏切るようなことはしていない!!」


「私があなたに嘘を吐かないと言ったのに、あなたは私に噓を吐くのね……?」


悲しげな表情で言った後、静波は一同に向かって告げた。


「残念だけど私の愛する鑑亀霊君はもういないのね……あなたは私を捨てて別の女に鞍替(くらが)えしてしまったのよ。そうに違いないわ!そんな人とはもう一緒にいられない、今すぐこの海から出ていってちょうだい!!」


静波の言葉に冠永は反論した。


「静波殿!どうか待ってくれ、私たちの話を……」


しかし彼女の言葉は聞く耳を持たず、静波は一行に背を向けた。その後を追うように鑑亀霊君は叫んだ。


「待ってくれ!話を……話を聞いてくれ!!私は君を捨てるつもりなど毛頭(もうとう)ない!!」


だが彼の言葉は届かず、一行は潮の流れに戻され海から締め出されてしまったのだった……。



「全くもって酷すぎるわ!」


漁火村へと押し戻された凌桃華はたちまち不満を(あら)わにした。


「鑑亀霊君様があんなに静波さんに気持ちを訴えかけてくださっていたのに、それを全部無視して追い返すだなんて!許せない!!」


「ええ……私もそう思います」


凌桃華の言葉に封雯馨も怒りを露わにしていた。しかし、他の者たちの顔色は優れない。彼らの中で一足先に冷静になった晴天法王は皆に声をかけた。


「とにかくこの手紙を持って一度村に戻ろう。今のままでは話が全く進まんからな」


すると、物陰から冠永たちの様子を(うかが)う人影が見えた。冠永がその人影を凝視すると人影は慌てた様子で走って行った。


「あの人影は……?」


「今、向こうの物陰に誰かいたような……気のせいかしら?」


凌桃華が人影のいた場所を見つめて呟くと、秀鈴が茶色の折り鶴を竹籠(たけかご)から取り出して空中へ放り投げた。


「あの人影を追影翼(ついえいよく)尾行(びこう)します、ついてきてください」


秀鈴は折り鶴が飛び立った方向に向かって走り出すと、冠永たちも彼女の後を追った。


「あっ、皆さん待ってください!」


慌てて駆け出した封雯馨を初めとして一行は秀鈴の後を追うと、彼女は折り鶴と共に人影を見失いそうになる。


「人影を見失わないで!」


秀鈴が声をかけると、折り鶴は旋回(せんかい)してまた人影の見える位置へと飛んでいった。


やがて人影が見えた場所へ辿り着くと、そこには一人の若い漁師(りょうし)が息を切らせながら岩に腰掛けて休んでいた。


「はあ……はあ……やっと追いついた……あなた、さっきあそこの物陰にいましたよね?」


秀鈴が(たず)ねると、若い漁師は慌てた様子で立ち上がって走り出した。


「わ……わわっ!オラ知らねえ!静麗が何処にいるのかなんて知らねえだよ!!」


「待ちなさい!」


秀鈴は逃げようとする漁師の足に小石を投げつけて動きを止めさせた。すると、その後ろから鑑亀霊君が彼に声をかけた。


「君はもしかして武礁(ぶしょう)ではないか?」


「か、鑑亀霊君様!お許しくだせえ!静麗はこの近くの洞窟にオラが(かくま)っておりますだ!」


武礁(ぶしょう)と呼ばれた漁師の言葉に一行は顔を見合わせる。そして凌桃華は彼から静麗の居場所を聞くために訊ねた。


「その洞窟っていうのは何処にあるんですか?」


「この道をまっすぐ行ったところにあるだよ。オラが案内しますんで、皆さんついてきてくだせえ」


武礁の案内のもと、一行は洞窟があるという場所へ向かうのだった。

道すがら、武礁が静麗を洞窟に匿った経緯(けいい)を話してくれた。静麗が行方不明になったその日、彼女が村の近くの浅瀬(あさせ)で人魚の歌を(うた)っているとそこへ増悪五獣が現れた。彼らが永遠の命を得るために静麗の肉を食べようと襲い掛かったのだ。静麗は命からがら逃げだしたが、逃げる途中で肩に短刀を投げつけられて怪我をしてしまった。彼女の悲鳴を聞いた武礁は怪我をしている静麗を発見し、村はずれの洞窟に連れて行って手当てをしたのだという。


「ここですだ……この洞窟の奥に静麗がおりますだ」


武礁の案内でたどり着いた洞窟をしばらく進んでいくと、そこには小さな空間が広がっていた。天井から落ちた水滴が岩を叩く音が反響しているその空間には、ボロボロになった布団が敷かれている。そしてそこに一人の人魚の少女の姿があった。布団に寝かされている彼女の肩には血が(にじ)んだ包帯が巻かれている。


「静麗!」


鑑亀霊君が呼びかけると、彼女はハッとした様子で上半身を起き上がらせた。そして「お父様?」と弱々しく彼に声をかけた。


「お父様……夜に出かけてはいけないって約束を破ってしまってごめんなさい。それで悪い人達に襲われて怪我をしてしまったの。でも武礁さんが傷の手当てをしてくれて、ここに匿ってくれたの」


「ああ……静麗、無事でよかった。本当に心配したよ……」


娘の無事に安堵した鑑亀霊君が彼女を抱きしめていると、武礁が一行に声をかけた。


「皆さん、静麗は応急処置をしただけなんで安静にしねえといけねえです。どうかこのまま休ませてやってくだせえ」


武礁の言葉に一行はもちろんだと頷いた。そして冠永は静麗の傷を(いや)すために治癒術(ちゆじゅつ)を使って治療(ちりょう)(ほど)したのだった。

冠永の(てのひら)から暖かな光が放たれると静麗の肩の傷口を包み込む。すると、傷口はゆっくりと(ふさ)がっていった。


「あなたはお医者様……?」


「違うよ、私は衆生界の守り神。君の傷を癒しているんだよ」


「あ、ありがとうございます。守り神様……!」


驚きながら訊ねる静麗に冠永が優しく答えると、静麗は嬉しそうな表情を浮かべた。そんな彼女を横目に凌桃華が武礁に話しかける。


「あなたのご協力のおかげで静麗さんを保護することができました、ありがとうございます」


「い、いえ、オラは人として当たり前のことをしただけなんでお礼なんていらねえです。でも皆さん、静麗を助けてくれてありがとうごぜえますだ」


凌桃華に礼を言われた武礁は照れながら謙遜した様子を見せた。すると治療を終えた静麗が武礁の前までやって来て、彼を真っ直ぐに見つめながらお礼を言った。


「武礁さん、私を匿ってくださってありがとうございました。危ないところを助けていただき感謝してもしきれません。武礁さん、あの……もしよろしかったらなのですが、今度私の歌を聞いていただけませんか?お礼に私の歌を聞かせてさしあげたいんです」


「も、もちろんだ!前に漁をしていた時に君が子供たちに歌を聞かせていたのを見かけてから、もう一度聞いてみたかっただよ。オラが君の歌を(ひと)()めできるだなんて嬉しいべ!」


「そう言っていただけて私も嬉しいです」


静麗が武礁に優しく微笑みながら言うと、武礁は彼女に向かって嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。


「うむ、これにて一件落着だな!それでは皆の衆、漁火村へ戻るとしようか」


「「はい!」」


晴天法王の言葉に一行は笑顔で頷くと、漁火村へ戻るために洞窟から出ることにしたのだった。


洞窟を出て、漁火村へと戻ろうとする頃にはすっかり日も沈んでいた。静麗は陸地を歩きやすいように人魚の姿から人に姿を変えたので下半身は魚の尾から人の足になっている。一行は道中で増悪五獣に襲われないように警戒しながら村へと続く道を進んでいく。そしてようやく村の明かりが見えた頃、先頭を進んでいた秀鈴が突然足を止めた。


「秀鈴さん、どうしたんですか?」


凌桃華が尋ねると秀鈴は漁火村の方角を凝視しながら言った。


「変だわ……村の明りが、妙に明るすぎる気がする……」


「えっ?そう言われると確かにそうかもしれないわ」


秀鈴の呟きに封雯馨も同意すると、一行は胸騒(むなさわ)ぎを感じて漁火村へと駆けだした。そして漁火村へ辿(たど)り着くと、彼らは驚くような光景を目にした。


「む、村が!漁火村が炎に包まれている!?」

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