第57話 サクソフォン:煌めきの明星 その3
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。ってなァ!散って貰うぞ。」
ヴィオリカは叫ぶと同時に両腕を鎖へと変え、絡み合うようにロスリエルへ放つ。
それは真正面からの一撃ではない。上空から降り注ぐケラウノスの雷鳴すら利用して、あえて電撃を受けるかのように鎖を導線に仕立て上げていた。
ロスリエルの電撃は鎖を伝い、ヴィオリカの肉体へと向かう。しかしその先にはもう一つの鎖がロスリエルの背後に突き刺さっている。
「……二重導線か!」
雷が走る。
一瞬、ロスリエルの身体が大きくスパークする。
だがロスリエルは呻くどころか薄ら笑いを浮かべ、両腕を広げて電流を全身にまとわせた。
「面白い実験だな、ヴィオリカ。我の力は電気ではない。魂魄そのものの奔流だ。君の理屈は確かに見事だ。だが“実体”の無い魂を劣化させるのは容易ではない。」
(効いてない……?いや、待てよ。)
ヴィオリカは目を細め、鎖を引き戻す。ロスリエルの光の膜、その表面がわずかに“濁った”のを見逃さなかった。
「……ダメージは確かに入ってるな。ただし致命傷には程遠い。摩耗狙いは間違っちゃいねえ。」
ヴィオリカの頭の中では冷徹な計算が巡っていた。
魂魄闘技は本来、魂のリソースを消費する。消耗すればいずれ必ず枯渇する。問題は、その速度だ。
ロスリエルの“全能”が長期戦に強いのか、それとも瞬発力に偏っているのか。そこを見極めなければならない。
「口だけじゃねえ証明をしてみせろよ、王様候補。」
挑発にロスリエルは応じる。
雷の矢が無数に生成され、空間を埋め尽くす。
その光景はもはや戦闘ではなく天罰。闘技場全域が白き閃光に覆われ、観客席さえ熱で歪む。
「全能とは、圧倒的再現性。見せてやろう。」
ヴィオリカは即座に分解鎖形を発動、鎖となって散開し、雷の矢をかいくぐる。
しかしロスリエルもまた彼の“法則”を解析していた。
鎖の再構築は必ず“中心”を決める。その一瞬の揺らぎを見逃さない。
「そこだ!」
ロスリエルの指先から細いプラズマの糸が放たれ、鎖が再集合する地点を寸分違わず撃ち抜く。
ヴィオリカの肩口が焼け裂け、鮮血が散った。
「ぐっ……!」
(読まれてる……!分解鎖形の仕組みを見破られてる!)
ロスリエルは瞳を光らせて告げる。
「君は確かに狡猾だ。だが我もまた、観察する目を持っているのだ。王の覇道に必要なのは“全てを見通す眼”だ。」
(チクショウ……!頭脳戦で優位に立ったつもりが、読み合いの土俵に引きずり込まれてやがる。)
だがヴィオリカは笑った。
血を流し、体力を削りながらも、なお不敵に。
「へっ、やっと楽しくなってきたじゃねえか。読み合い上等だ……!お前が全能なら、俺は狡猾の極みを見せてやる!」
次の瞬間、戦場は“静寂”に包まれる。
互いが動かない。動けば負ける、そう直感しているからだ。
ヴィオリカの脳内で高速に組み立てられる戦術。
――鎖の瞬間移動を用いたフェイント。
――複数の鎖を囮にし、ロスリエルの電撃を逆流させる。
――さらに摩耗を誘発させる罠。
一方ロスリエルは、魂魄の膜を強化しながらも“電極としての構造”を再編していた。
ヴィオリカの狙いは摩耗。ならばそれを逆手に取り、“無限供給”を演出する。
あえて消耗を誤認させ、相手を焦らせる――それが王の知略。
「……読めた気でいるのだな?だが我の一手はその上を行く。」
「言ってろ。俺の狙いはただ一つ、ショートさせることだ。」
言葉と同時に、両者が同時に動いた。
◆
鎖が四方八方へ走り、ロスリエルを取り囲む。
だがそのほとんどは“ダミー”だ。実際に力を込めたのはたった一本。
その一本がロスリエルの背後から、絶縁膜の“切れ目”を正確に突いた。
「刺さった……!」
瞬間、ロスリエルの身体がスパークを起こす。
だがロスリエルは動じず、むしろ笑った。
「愚かだな。刺さった“ように見える”だけだ。」
ヴィオリカの瞳が驚愕に揺れる。
鎖が確かにロスリエルを貫いているはずなのに、実体を得られない。
まるで蜃気楼を突き刺したかのように、虚無感だけが残る。
「我の身体はプラズマ。絶縁膜はその構造を自在に変える。君の攻撃は、届いた瞬間に“無効化”されていたのだ。」
(……クソ!完全に先手を読まれてやがる!)
だがその瞬間、ロスリエルの身体が一瞬だけ“硬直”した。
ヴィオリカの目が光る。
「……やっぱりな。」
鎖は確かに無効化された。だが“無効化するための演算”に、わずかに魂魄を摩耗させていた。
つまり攻撃そのものは届かずとも、ロスリエルは確実にリソースを削られている。
「無駄じゃねえ。全部が積み重なっていく……!」
ロスリエルの笑みがわずかに揺らぐ。
「……君、どこまで計算したのだ……?」
「ハッ!全部だよ!お前が電極なら、俺は摩耗を加速させる錆びついた鎖!勝負は長期戦だ、王様候補!」
◆
雷鳴と鎖がぶつかり合う。
戦場はもはや光と影が交錯する混沌の空間。
互いに決定打を欠きつつも、一手ごとにリソースを削り合う頭脳戦が続いていく。
ロスリエルは無傷を演じながらも、その実魂魄を摩耗しつつある。
ヴィオリカは満身創痍になりながらも、不屈の執念で一手を積み重ねる。
どちらが先に“限界”を迎えるか――
勝負は、まだ終わらない。




