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5 二人だけのお茶会

エリアスと私が婚約したという話は、驚きをもって広まっているようだ。白百合同好会の令嬢たちは真っ青になる者もいれば興奮する者もいたという。意外なことに会員数は減るどころか増えたらしい。


「あ、あの、マチルダ様」


勤務中王城を歩いていると、令嬢から声をかけられた。白百合同好会の令嬢だ。


「どうしました?」


立ち止まり彼女に聞くと、令嬢の顔は真っ赤になってしまった。


「わ、わたくしっ、どうしてもお聞きしたくて。お幸せですか?」


エリアスのことだろう。近頃こういうことが増えた。彼女たちは私を慕うばかりに心配してくれているのだ。


「幸せだよ。とても」


私が微笑むと、彼女は涙ぐんだ。


「とてもお綺麗。安心しました。出過ぎたことをして申し訳ございませんでした」


令嬢は踵を返して去っていった。

令嬢たちはこの程度のものだ。厄介なのは——

私は奴のことを思い出してしまい、ため息をついたのだった。



「マチルダ!」


鍛錬場で素振りをしていると、ヨハネスがやってきた。私は内心で悪態をつく。近頃、エリアスとの話を聞いたからか、やたらと絡んでくる。正直、厄介だ。


「なんだ。ここは第三の鍛錬場だ。君は第二だろう」

「お前と話しにきたんだ!」

「私には話すことはない」


私はタオルで汗を拭くと、鍛錬場から引き上げることにした。ここは人目が多い。余計な噂になるのも御免だ。


「待て!お前、本当に後悔しないのか?あの、ボーリンガー伯爵だぞ?」


私を追いかけながらヨハネスは叫ぶ。どこかエリアスを侮るような言い方なのが私の勘に障った。


「君には関係ないだろう。しかし、エリアスのことを侮辱するなら黙っていないぞ」


私がヨハネスを睨みつけると、彼はショックを受けたような顔をした。


(本当に意味の分からない奴だ)


私は今度こそ彼を無視して足早にその場を立ち去った。




「あなたも大変なのね」


私はエリアスの淹れたお茶を飲みながら、彼に愚痴めいた報告をしていた。今日は楽しみにしていたエリアスとの約束の日だ。

私はエリアスと二人きりのお茶会のために式典用の騎士服を着ている。シュナイダー家を出るとき、父上に訝し気な目をされたが、咎められることはなかったのでそのまま家を出てきた。今日のエリアスは白のパンツに紺のシャツを着ている。金髪を後ろに撫でつけていて、彼の整った顔が良くわかる。

ドレスを着ていなかったので少し残念な気持ちになっていると、これから着替えるのだという。


「エリアスは大丈夫だったか?」

「私は問題ないわ。基本的に屋敷で仕事をしているし、王宮へ行く用事なんて少ないもの。あなたと行く夜会まで社交はないしね」

「でも、あなたは令嬢から人気があるのでは……」

「まぁそうだけど、相手があなたなら、文句は出ないわよ」


彼はニヤリと笑う。どうも納得いかない。


「だって、あなたの白百合同好会って一大派閥になってるらしいわよ。実はこっそり加入してる高位貴族の夫人もいるし。そんな同好会が推してるあなたよ。むしろ私があなたのファンから攻撃されるんじゃない?」

「エリアスが?どんな冗談だ。私があなたに釣り合わないという話なら分かるが……」


エリアスは私の口の動きを彼の人差し指で封じた。


「あなたの騎士服姿の姿絵、飛ぶように売れるそうよ。分かるわ、あなたの立ち姿素敵だもの。そしてその眼。綺麗よ。宝石みたいな青。そしてそれを際立たせる黒髪」


私の唇をふさいでいた彼の優美な指は、ゆっくりと私の髪をかきあげた。私はエリアスの長いまつ毛に縁どられた澄んだ紫こそ、美しいと思った。


「十分私の横に立っても遜色ないってことよ、マチルダ。さ、私も着替えましょ。待っててくれる?」

「あ、あぁ……」


エリアスが立ち上がり衣裳部屋に消えた後も、唇に残る彼の指の感触がいつまでも私の心を乱していたのだった。




エリアスが衣装を変えている間に、私は庭のガゼボへ案内された。庭園には考え尽くされた配置で植えられた色とりどりの花が咲いている。エリアスが自慢の庭と言うのも納得の美しさだ。

私は椅子に座ると、自分の婚約者について思いを巡らせる。休日の彼もこうしてここに座り、花を眺めているのだろう。


(楽しいと言っていたが、寂しくはなかったのだろうか)


花を見ているはずなのに、花の美しさは頭に入らない。今度は先ほど彼が自分を綺麗と言ったことを思い出し、赤面する。


(目の色が、綺麗だと彼は言ったんだ。落ち着け、落ち着け)


エリアスはどんなドレスを着るのだろう。ここに、どんな風に現れるのだろう。


「マチルダ」


待ち望んだ声に私が振り向くと、そこには妖艶な美女がいた。


「エリアス……?」

「そうよ。当然じゃない。他に誰がいるのよ」


確かに声はエリアスだ。彼はおかしそうに目を細めた。彼の麗しい顔は化粧がほどこされ、より女性らしく変身している。

彼が身に付けていたのは赤いドレスだ。フリルの部分は黒のレースがあしらわれ、効果的に宝石も縫い付けられていた。肩の部分には薄いショールのようなもの羽織っている。首元はチョーカーを付けて喉仏を隠していた。胸が膨らんでいるようにも見えて不思議だ。


「そんなにじっくり見詰められると流石の私でも恥ずかしいわ。綺麗?」

「綺麗だ。こんなに綺麗な人は見たこともない」


私がそう言うと、エリアスの形の良い唇が弧を描いた。


「当然よ」


しばし見つめ合った後、私は彼の前に歩み寄ると、片膝をついた。


「美しい人。どうか私にあなたをエスコートさせて下さい」


私が手を差し出すと、彼は驚いたように目を見開いた。


「いいわ」


彼の手が私の手に重ねられる。共にガゼボまでの短い距離を歩くと、彼を座らせた。


「随分手馴れているのね」

「そんなことはない。たまに乞われてエスコートをすることがあっただけだ」

「ふふ。こんなことして貰ったのは初めて。何だかいけないことをしているみたい」

「なぜ?ここはあなたの屋敷。私はあなたの婚約者。何の問題もない」


私が紅茶を淹れ、彼にサーブする。ここにはメイドも入らないようにエリアスが命じている。彼が良いと言うまでは誰も入ってこない。

エリアスは私の淹れた紅茶に口を付けると、その表情をゆるませた。


「素敵だわ。今まで一人でこうしていたけど、それで満足していたのよ。でもこんな時間を知ってしまったら、味気なく感じるでしょうね」

「私で良ければ、いつでもご一緒しますよ。婚約者殿」


私が騎士らしくそう言うと、エリアスは花がほころぶように笑った。


「早く一緒に暮らしたくなってしまうわ」

「あぁ。楽しそうだ」

「次はマチルダもドレスを着るのよ。私が化粧をしてあげる」

「ドレスか……私よりも、きっとエリアスの方が綺麗だろうな」


私は本心からそう言ったが、エリアスは少し表情を変えた。


「馬鹿な事を言うのね。私だって自分で分かっているの。こうやって着飾っても、どうしても男と分かってしまうでしょう?背が伸びて、骨格もまるっきり男よ。肌だって、どれだけケアしても女性とは質が違うわ」

「私は本当に思っている。エリアスが美しいと」

「私が美しいのは当然のことよ。その上で、私がマチルダを女性として磨き上げれば、それ以上に輝けると言いたいの」


エリアスがあまりにも真剣にそう言うので、私は驚いた。彼は自分が一番だと言っていたはずだ。その彼が、私が一番輝けると言っているのだ。


「光栄だよ、エリアス。あなたにそう言ってもらえるなんて」


「次会えるのはきっと夜会になってしまうわ。夜会では私がマチルダを一番の美姫に仕上げてあげる。夜会が終わったら、また二人だけのお茶会をしましょう」


エリアスの誘いに、私は頷いた。

その後も、しばらく二人で花を愛でながらたくさん話をした。

私たちは共通の話題は多くない。しかし不思議と話は弾む。前回は私の話ばかりだったので、今日は彼の話を聞こうと私は主張した。


「エリアスのご家族は健勝か?」

「元気よ。父は元々爵位を早く私に譲りたかったみたい。領地で好きなことをしているわ。母は母で楽しくやっているし、姉も既に嫁いでもう三人の子持ちよ」


エリアスの家族関係は悪くないようだ。私は気になっていたことを聞く。


「ご家族はもう私のことをご存じだろうか?その、私が騎士で、男爵令嬢であることを」


エリアスは伯爵だ。通常ならば、もっと高位の貴族の令嬢と婚姻する立場にある。しかも私は騎士だ。エリアスは騎士を続ければいいと言っているが、ご家族が同意しているかは分からない。


「もちろん、報告しているわ。喜んでいたわよ。安心して」


エリアスはそう言って私の頭を撫でた。女性の姿なのに、なぜか急に彼に男性らしさを感じる。私は胸が苦しくなる感覚を覚えた。


「姉はまだまだ子供を産むようだし、姉の子の中から養子を貰う予定になっているわ。姉は私がこうなっちゃったのに責任を感じてるみたい。私はもう好きでこうしてるんだけどね」

「子ども……」


そうだ。エリアスは最初からそう言っていた。婚姻していた方が養子もとりやすいと。彼は自身の子を設けるつもりなどないのだ。

彼はきっと、女性を愛せないのだから。


(私は一体何を……何を考えているんだ)


「また姉の子にも会って頂戴。マチルダの家族にもなるのよ」

「そうだな。是非、皆さまにお会いしたい」


そう言葉を紡ぎながらも私は、今自分の笑顔が引き攣っていないか、上手く笑えているかを心配していた。



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