21 エピローグ
それから、私とエリアスは片時も離れずに領地を見て回った。
エリアスが嬉しそうに私に領地のことを教えてくれる。愛おしそうに私を見てくれる。そして私も、正直に彼に愛を伝えられる。なんて幸せなんだろう。
そんな私たちを見てハイデマリー様がぼやいた。
「もう見てられないわ。あんたたち」
「何の話よ」
エリアスが不満そうに返した。ハイデマリー様は私を見る。
「本当に、行き違いがなくなって良かったわね」
「有難うございます」
あの日、ハイデマリー様には心配をかけてしまった。彼女のおかげで、エリアスに気持ちを伝えようと思えたのだ。ハイデマリー様は恩人だ。
「ふふ。明日帰るんでしょ。私たちはもう帰るわ。また王都でもお茶しましょうね。子どもたちもすっかりマチルダに懐いているし、私はマチルダに合う別のドレスも見繕うわ」
子どもたちとはすっかり友達だ。彼らは私をマチルダと呼んで親しんでくれている。一緒に走り回ってくれる大人というだけで、彼らは好きになってくれるのだ。
「ちょっと!そういえばハイデマリー、あんたマチルダとお茶会したんでしょ」
エリアスは私がコルネリア様達とドレスを着てお茶会をしたと言うと憤慨した。自分はまだ一度しかしていないのにと。
「あんたがマチルダをほっとくからよ」
姉弟らしい応酬を重ね、ハイデマリー様は子どもたちと帰っていった。
次の日には私たちも王都へ向けて出立した。
屋敷を出るとき、コルネリア様はまた涙を流した。
「エリアス。マチルダさんを大切にね。母は、あなたが健やかで幸せであるようここで祈っているから」
「お母様……。今生の別れのようなことを言わないでください」
「まぁ、結婚式にまた会える。楽しみにしてるから」
ディートリヒ様がコルネリア様をなだめつつ、あっさりと告げる。
「有難うございます」
私もお二人に感謝を告げ、馬車に乗り込む。
馬車は、王都に向けて走り出した。
行きと同じように、三日をかけて王都へ帰る。
気持ちが通じ合った私たちにとっては長いと感じない距離だ。休憩に寄る街も楽しく、常に喜びで満ちている。
婚姻届は、既に用意をしてお互いサインをした。王都に帰ると、そのまま提出するのだ。この変哲もない紙が、私にとってこの上ない宝物のように感じる。
馬車が王都の門をくぐると、まっすぐ役所へ向かった。婚姻届を提出するためだ。
突然現れた私たちに、役所はちょっとした騒ぎとなった。貴族の届出は家臣が代理で提出することが殆どらしいので、彼らが驚くのも無理はないだろう。彼らは恐縮しながら私たちを別室に通して対応してくれた。
「閣下。これで、完了です。届け出は受理いたしました」
「あぁ、有難う。できるだけ早く、婚姻したかったんだ」
エリアスは心底嬉しそうな顔で彼らに礼を言った。
こうして正式に私たちは夫婦となった。
そのままボーリンガー邸へ向かった馬車の中で、私は彼に疑問をぶつけた。
「そういえば、私は一度シュナイダー家へ戻らなくても良いのだろうか」
「戻らなくていいわ。もう説明の手紙をあなたの実家に送っているの。男爵は承知しているから問題ない。でもあなたが里帰りしたいときは帰ったらいいけどね」
彼は仕事が早い。あまりの手際の良さに驚いてしまう。
「あなたの荷物もすでにうちにあるわ。だから何の心配もいらない。マチルダ。このまま、私の妻として一緒に住んでくれる?」
彼は私の手を取って尋ねた。どこか不安げだ。まだ彼は私の気持ちを信じ切れないのだろうか。すでに私は彼の妻となったというのに。
「もちろんだ。エリアス」
私が彼の胸に顔を寄せると、エリアスの美しい顔は、幸せそうに満面の笑みを作った。
「美しいです、マチルダ様」
「ありがとう、お義姉さん。ふふ、だから、義妹になったのだから、私への敬称はいらないのに」
「そうはいきません。マチルダ様は伯爵夫人なのですから」
先日兄上と婚姻し義姉となったヘルガが私の控室に挨拶に来てくれた。今日は私たちの結婚式だ。彼女は私を見て、もう泣き出さんばかりの様子だ。
「また伯爵がマチルダ様を紫と金色で彩るかと思っていましたが、純白のドレスなんて素敵です」
彼女はどこかエリアスに棘がある言い方をする。私が取られて寂しいからだと言うのだから、それも有り難いことなのだろう。
兄上の結婚式で、私はまさに紫と金色のドレスを着た。エリアスはあからさまに自分の色を私に纏わせたがる。私はそれを内心喜んでしまうのだ。
「エリアスが今日のために全て選んでくれたんだ。私も気に入っている」
花嫁のドレスは、この国でこれと決まった定番色はない。エリアスは特別な日のドレスに、純白を選んでくれた。
「マチルダ様がお幸せそうで、嬉しいです。きっとクラウス様も、義父上も泣いてしまわれますわ」
そう言う彼女が目に涙を浮かべている。彼女はまた私におめでとうと言って、会場へ戻っていった。
結婚式は、王都の聖堂を借りて盛大に執り行われた。
出席者は、家族・親類や友人、騎士団の同僚たち。そして、王弟殿下まで出席してくれている。大きな会場で、たくさんの人達が私たちを祝福してくれていた。
父上のエスコートで会場に入った私は、道の先にいる夫があまりにも美しくて見惚れてしまった。彼もまた、白の衣装を身に付けて、私を優しく見てくれている。
隣の父上は既に落涙し、ひどい顔になっている。
「父上。これまで育てていただき有難うございました。ご心配を多くかけたと思います」
ゆっくりと歩きながら、小さな声で父上に感謝を告げる。照れくさくて今しか言えない気がしたからだ。
「マチルダ……お前の母が死んでから、これまで不便ばかりかけた。不甲斐ない父ですまなかった。これからは、伯爵と共に、どうか幸せであってくれ」
私は父上に返事ができなかった。泣き出してしまいそうだったから。
私が父上からエリアスに引き渡されると、エリアスは父上に一礼した。
「シュナイダー男爵。大切なお嬢様を託していただき有難うございました」
「どうか、娘をよろしくお願いいたします……」
エリアスと私は、神の前で愛を誓った。
空は晴れていた。
イザークとナターリエが花びらを投げる。それに倣って他の出席者たちも花びらを投げてくれた。
青い空に色とりどりの花が咲いている。
ヘルガが言った通り兄上が泣いている。コルネリア様も泣いている。ハイデマリー様とディートリヒ様は嬉しそうに微笑んでいた。
騎士団の皆は陽気に笑っている。団長は早々に酔っ払い、エマは私を見て瞳を潤ませていた。
王弟殿下は不遜な態度で祝福を告げると、驚くほど大きな花束と、大きな宝石を贈ってくれた。
なんて嬉しくて幸せな日だろう。
大好きな人たちに囲まれて、愛する夫と人生を歩んでいくことを彼らに報告できる。
隣にいるエリアスが、幸せそうに会場を眺めていることが、何よりも嬉しい。
「エリアス……」
「どうしたの?マチルダ」
「あなたと出会えて、良かった」
「私も。私の愛しい奥さん」
私はそれからも騎士を続けたが、すぐに休むことになった。妊娠したからだ。
元気な男の子を筆頭に、女の子、男の子と三人の子を授かった。
私たちには秘密がある。
時間を見つけてはドレスを身にまとい、二人でこっそりとお茶会を楽しんでいる。
それは世界一美しい私の夫との、何にも代えがたい時間なのだ。
(了)
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
大変楽しく書かせていただきました。
活動報告に本作品について少し語ってますので、よろしければご覧ください!