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【13】 自分らしく生きるために

エリアス視点。数話続きます。他視点には数字に【】を付けることにします。

私が彼女を知ったのは、夜会に出席したとき。白の騎士服を着た黒髪の麗人。立ち姿が凛と美しく、私にしては珍しく他人に目を奪われた。

騎士服を着ているが、どうやら警備ではないようだ。式典用の騎士服だし、手にドリンクを持ち令嬢と談笑している。


「失礼。彼女は誰?」


隣にいた侯爵子息に声をかけた。彼は私から話しかけられると思わなかったのか、ぎょっとした顔で答えた。


「あ……あぁ、彼女はシュナイダー男爵令嬢です。こうした公式の場でもドレスではなく騎士服で参加する変わった令嬢だ。女性から人気があるようですね」

「シュナイダー?まさかクラウスの妹?」

「えぇ。シュナイダー家のご令嬢ですから、そうでしょうね」


私が何で驚いているのか分からないのか、彼は不思議そうに相槌をうつと、去っていった。



クラウス・シュナイダーはおかしな男だった。

私は昔から、貴族らしい迂遠な言い方を好まなかった。伝わらないかもしれない表現で、教養を織り交ぜて言葉を紡ぐ。確かに貴族として必要な能力なのかもしれない。しかし当時の私は若さからくる反発心で、あえて誰に対しても直接的な物言いをしていた。

結果、私は浮いていた。意外でもない帰結だ。普通の人は異分子に反感を持つ。しかしクラウスは違った。


「ははは、お前面白いな!いや、確かにその通りだよ」


寄宿学校で知り合ったクラウスは私を面白がり、私の反応を楽しんだ。何の衒いもなく私に話しかけ、当たり前に隣に座る。

次第に私はクラウスが落第しそうな教科があるとそれを教え、彼が雑に片付ける部屋をざっと片付けるなど、世話を焼くようになってしまった。そして、自分自身が一番だと私が思っていることをクラウスにはなぜか話してしまった。彼はそれを聞いても、豪快に笑うだけで、私を否定することはなかった。

良く言えば明朗快活。悪く言えば雑多な男と、あの高潔そうな女性騎士が兄妹とはとても信じ難かった。



クラウスの妹のことは鮮烈な印象として残ってはいたものの、何の関わりを持つこともなく、時間が過ぎた。

私の生活は伯爵領の統治と、自分の趣味で充実している。周囲が煩わしいことを除けば。


「エリアス。あんた、本当に婚姻しないの?」

「まだ諦めないの?ハイデマリー、元はと言えばあんたのせいよ」

「姉上かお姉さまと言いなさい!」


姉のハイデマリーが怒り出したので、彼女のまだ一歳の息子が泣き出した。ハイデマリーは慌てて彼を抱くと、乳母を呼んで彼を託した。


私の大きな秘密。女性の言葉を話し、女性の衣装を着るのが好き。大多数の人間に受け入れられそうにない秘密。それでも、私はやめるつもりは毛頭ない。

ハイデマリーと母がきっかけではあるが、私にとって女性の衣装を身に付けることはもはや自分の一部となっているし、この口調も矯正できるとは思えない。

とはいえ、この口調を隠すため、一層私の言葉には棘が含まれるようになってしまった。


「うちの子に継がせるのも悪くないわよ。でも、エリアスは健康でしょ。ボーリンガー家の後継なんだから、あんたの子が良いに決まってるじゃない。女性の恰好が好きなだけで別に男が好きってわけでもないんでしょ」

「うるさいわね。気を抜くと女言葉になる夫を許容できる女がいると思えないわ。それに私、ドレスを着るのがとても好きなの。それも辞めたくないし」


これはいつものやり取りだ。ハイデマリーは私が婚姻して後継を残してほしいと迫る。私はそんなの無理に決まってると返す。


「私みたいな美しい人間が、その辺の女と婚姻なんて、耐えられない。女にも男にも、自分より綺麗だと思ったことなんてないもの」


そう言いながら、なぜかクラウスの妹の立ち姿が脳裏に浮かぶ。彼女は、綺麗だと思った。自分より綺麗とは思わないけど。


「はぁー。なんでこんな風に仕上がっちゃったの?私のせい?でも、あんた確かに綺麗なのよねぇ。またお茶会しない?」

「婚姻しろとか言った口で言う?あんた何考えてんの?」


いつも通りの応酬を重ね、ハイデマリーは帰っていった。



私の恋愛対象は女性だと思う。そういう対象として思い浮かべるのはいつも女性だ。男と近くで触れ合うなど、絶対に御免だから。でも、実際の人物にそういった感情を抱いたことは一度もない。私は自分の顔が好きだし、自分の在り方が気に入っている。自分が他人に対して恋情を抱くことはとても想像できなかった。




王城からの手紙は、すぐに分かる。便箋に王族の印璽が押されているからだ。


「はぁ。なんで、いち伯爵にこうも頻繁に王族からの手紙がくるわけ?」

「旦那様。どうか中身だけはご確認ください」

「分かってるわ」


ポールは私が手紙を開けるところを確認してから退室した。よほど私は信用がない。


頻繁に来る手紙の中身はいつも通りでもあるが、これまでとは決定的な違いがあった。


「ヒルデガルド王女……?」


王城で食事会をするから来るようにとの誘いだ。これはいつも通り。今までとの違いは、その食事会の出席者に、ヒルデガルド王女がいるということだった。これまでの出席者は、国王と王妃、王弟であるフランク。王太子夫妻がたまに出席するぐらいだった。


「まさか……」


嫌な予感がした。ヒルデガルド王女は十三歳になったばかり。私とは十二も離れているが、婚姻相手としては有り得ないという年齢差でもない。


(ここまでするの。いえ、彼らの執着具合からすると十分に考えられることだったわ)


私は、この状況をどう切り抜けるかを真剣に考えざるを得なかった。



私は寄宿生時代、かなり早期に勉学の内容を一通りこなしてしまい、とても暇だった。暇だと思えば、女装をしたいと考えてしまう。帰省する機会を増やしてその欲求を満たしてはいたが、気を抜くと口調が怪しくなる。

暇だと思わないように、伯爵領の問題解決のための方策を実践レベルで考えるという遊びを始めた。それが存外に楽しかった私は、国家レベルに格上げして、遊びの難解度を上げてみた。時間も潰せるし、なかなか有意義な遊びだった。

しかしそれがフランク殿下の目に止まり、かなり面倒なことになってしまった。彼は私をあたかも国を案じる国士かのような目で見るようになり、王城で勤めるようにと勧誘するようになった。何度断っても、彼の私への執着は度を越してきた。

私は陛下と殿下の誘いを断る大義名分として、伯爵位を継承した。いずれは継承するものなのだから、早まったところで問題はない。


王城勤めで、まして王族の側近など、絶対にお断りだ。私の頭脳は、私が使いたいことに使う。それの何が悪いのだ。




王城の食事会は想定通りのものだった。

私の横にはヒルデガルド王女。彼らはやたらと私を持ち上げ、王女に私を褒めさせる。王女は自分の役目を理解し、にこやかに私に微笑みかけている。

ヒルデガルド王女は美形だ。子どもから大人に変わりかけている年代特有の危うい輝きも彼女を彩っている。


(まぁ私の方が美しいけど)


こんな子どもと婚姻したことで、がんじがらめで生きていくのは絶対に御免だ。ドレスを着ることも、化粧をすることもできなくなるし、家の中でさえ口調を変えなければならない。

食事会が終わり、帰る私をなぜかヒルデガルド王女が送ると言い出した。フランク殿下から言い含められているのだろう。私は彼女をエスコートすることもなく、連れ立って歩き出した。


「王女殿下。私のような年上の男と婚姻したくはないでしょう」

「何を言うの、ボーリンガー伯爵」


王女は若干引き攣った顔で私を見た。


「殿下が私を見る目に、私への好意を感じません。大方フランク殿下の差し金でしょう」

「……だったら何なの。お父様とおじさまが求めることに私が逆らえるとでも思って?」


まだ十三歳の少女がポーカーフェイスを続けることは難しい。やはりヒルデガルド王女は自分の意思で行動している訳ではなかったらしい。彼女はその辺に落ちている石でも見るような目で私を見た。王女は私への憤りを隠すのをやめたらしい。やはり彼女もこの企みを歓迎しているわけではないのだ。


「年上だから嫌な訳じゃないわよ。あなたのように、顔だけは良いけれど女性に辛辣な男なんて嫌に決まっているじゃない」

「ご安心ください。どうにか陛下と殿下を諦めさせますから」

「一体どうやって?あなた、お父様とおじさまにどれだけ求められているか分かっているの?」

「……王女殿下は十三歳。成人される十五歳までに私が婚姻すればいい」


私が出した結論がこれだった。わが国は成人する前に婚約することは一応禁じられているし、王女が成人するまでは時間がある。いかに外堀を埋めようとされても、その間に私が婚姻してしまうのだ。さすがに国王の娘を既婚者へ嫁がせられない。

王女は私の言葉に一瞬顔を明るくしたが、すぐに胡乱な目を向ける。


「あなたって女性が嫌いなのでは?」


おまえ本当にできるのかという疑いの目だ。私が女性嫌いであるという話はかなり広まってしまっている。事実ではないが、否定もしていない。何とも思わない女性から秋波を送られても煩わしいのは事実だ。


「嫌い……ではありません。まぁとにかく、形として私が婚姻していればいいのです。私に言い寄る女性は多いですから、何とかなるでしょう」


王女の私を見る目は軽蔑するような目線に変わった。


「最低。でもその案に乗るしかないわ。あぁ、まだ見ぬこの男の奥様、ごめんなさい」

「殿下が他の男と懇ろになってもいいのですよ」

「何てこというのかしらこの男。まだ私は十三歳よ。本当に自分のことしか考えてないのね」


煽るような口調で彼女は言う。この王女は中々良い性格ようだ。私はうんざりして思わずため息がでる。


「そうですよ。私は自己中心的な男ですし、あなた様を迎えるに相応しくありません。いいですか、さぞ私が嫌な男だったとご両親に訴えるのです」

「それは簡単なお仕事ね。自分の思うまま言えばいいのだもの。完璧にやり遂げて見せるわ」


吐き捨てるように言うヒルデガルド王女を見て、この王女とだけは婚姻したくない、という思いを更に強くした。


〇作者より〇


ここまで読んで下さりありがとうございます!


しばらく一日一話で投稿したいと思います。


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