10 護衛任務初日
本日2話目です
フランク殿下の護衛任務は、次の日から始まった。
団長からの事前説明では、殿下は基本的に王城の中の彼の宮で過ごされているので、殿下が宮におられる間は扉の外に立ち警戒する仕事が主ということだ。外出される際には側に付いて護衛をするらしい。
殿下は私のことがとにかく気に入らない様子だ。私の顔を見るなり、顔を歪ませる。
「来たか、この大女」
「はっ。本日より任務に当たらせていただきます」
殿下は王家の方に多い白銀の髪だ。エリアスほどとは言わないが、整った容姿をされている。エリアスと並ぶと、さぞ美しい二人だろう。
「お前は、こいつと交代だ。ここに立って、俺を守れ」
殿下が示したのは、殿下の横に立つ近衛騎士だった。私が近衛の代わりなど、無茶苦茶な話だ。近衛騎士は王族の側で彼らを守る騎士のエリート集団だ。ただの騎士である私が彼の仕事の領域を犯すこととなるし、そもそも事前説明と全く違う。
しかし、近衛が何も言わない上に、殿下直々の下命ならば、私が否を唱えることなどできない。
「拝命致しました」
「……ふん。今日は午前中執務室で仕事をして、午後は俺が担当している工事の進捗を見に行く。分かったな」
「はっ」
「じゃあ代われ」
近衛騎士は気の毒そうな目線を私に送ると、外に出て行った。私に同情しているらしい。恐らく彼が扉の外を守るのだろう。近衛の本来の業務ではないので、彼も気の毒だ。
私は先ほどの近衛騎士のいた場所に立った。殿下はそれを確認すると、仕事を始めた。
この調子であれば殿下から延々と嫌味でも言われるかと思ったが、そのようなことはなく、補佐の文官と意見を交わしながら稟議を承認したり、不備があれば突き返したりなど、私に構うことなく仕事に集中されている。この短時間で、殿下はかなり頭が回り、能力が高い方であることが理解できた。
そして文官に対して殿下は常識的な対応をされている。
(なぜ、私にはここまで分かりやすく強く当たられるのだろう。殿下はそれほどまでにエリアスを思っていらっしゃるのだろうか)
そもそも、不興を買った理由はエリアスの件ではないかもしれない。ただ私のことが気に入らないだけという可能性もある。殿下は私が嫌いだという態度を取っているだけで、エリアスの名前など出していないのだ。
つまり、余計なことを考えてもしょうがない。私は心を無にして、ただ警戒を続けることにする。
「おい。大女」
「はっ」
「お前、なぜ涼しい顔をしている」
殿下は唐突に私に言った。私が感情を表さないことが不満らしい。
「何についておっしゃられているかは判断しかねますが、仕事中、常に冷静であるということは騎士にとって当然のことかと」
「そうか?これまで多くの騎士を見てきたが、お前ほど顔に感情を出さない奴は初めてだ。しかもお前は女だろ」
彼はつまらなさそうに手元のペンをいじりだした。もしかすると殿下は、私がうろたえたり失態を犯すところが見たかったのかもしれない。
「そうでございますか。お褒めの言葉と受け取っておきます」
私がそう言うと、それ以降殿下は何も口に出さず仕事を再開した。
午後からは、予定通り王城を出ることとなった。
殿下は引き続き私を隣に配置しようとしたが、さすがに近衛が意見して、私は殿下の背後を警備することとなった。
目的地へは馬車ではなく馬で向かうらしい。殿下の担当されている工事とは、王都近辺の川の治水工事のようだ。水位が上がりやすい場所に堤防を造っているらしい。
「おい、大女。お前はなぜこの工事が必要か分かるか」
まさに馬に乗ろうとしたとき、殿下は私に問いかけた。私は数秒考えを巡らせる。
「水害を防止するためでしょうか」
王国の歴史上、例の川は何度も氾濫が起き、甚大な被害がでていたはずだ。家庭教師の話では、周辺の地形の問題と言っていた。
「……そうだ。あの川は水運上の重要な意味を持ち、周辺住民の生活に恵みをもたらすと同時に、多量の雨が降れば死の川ともなってきた。未来のため、必ずやり遂げねばならん」
殿下はどこか決意を表明するかのように言うと、ひらりと馬に乗った。
馬を飛ばし、しばらくすると、多くの工事夫たちが見えてきた。堤防を作り、その後は堰も作るというのだから相当大きな規模の工事だ。
殿下が馬をとめると、責任者らしき男がやってきた。
「フランク殿下。ようこそお越しくださいました」
「物資は足りているか」
殿下と男は進捗や問題点についてにこやかに話をしている。私は打合せ通り殿下の背後に立ち警備を続ける。
(人が多いな)
工事の人足、指揮をする役人、食事を提供する商人、救護所の医者など、多種多様な人がいる。彼らとの距離も近い。警備をするには危うい状況だ。少し離れた場所に移っていただけないか、近衛に相談しようとしたとき、視界の端に光るものを見た。それはこちらをめがけて移動している。
(まずい!)
刃物だ。私は体を光るものの方へ向けると、大声で叫んだ。
「殿下!伏せてください!」
近衛は真っ先に殿下の上に覆いかぶさり、私は刃物を蹴り上げた。そのまま刃物を持っていた男の手を掴み、上へひねって無力化する。他の護衛もやってきて、すぐさま男を縛り上げた。
辺りは騒然としている。殿下には安全な場所へ移動していただくべきだろう。集まってきた役人にこの場を任せることにして、我々は工事責任者のテントへ場所を変えることとなった。
「何者だ。なぜ殿下を狙った」
護衛が尋問する。男は顔を真っ青にして震えている。
「王族に刃を向けたのだ。ただで済むと思うなよ」
尋問役の護衛は剣の柄や足で男を殴るが、男は何も口を割らない。
「お前、工事の人足だろう?工事に不満があったか?」
殿下が穏やかに問うと、男は堰を切ったように涙を流し始めた。
「……工事のせいでっ、うちの村は終わりだ。工事に人は取られ、しかも増税される。畑の面倒を見れず、食べ物がない。死人まで出てる。このままじゃ今年の冬はどうなる。いつ起こるかもわかんねぇ洪水のために、今人が死ぬなんておかしいだろうが」
「おまえっ……!」
近衛は男の言葉に激高し剣を抜こうとしたが、殿下はそれを手で制した。
「殺したらいい。覚悟してきた。偉い奴が死ねば、工事が終わると思ったんだ」
「あぁ、近いうちにお前は処刑される。あのような衆目の中での凶行だ。さすがに助けられん。……お前には納得できないかもしれんが、それでも俺は言う。この工事によりこの国の子どもたちは救われるのだ」
殿下は立ち上がり、男の前へ立った。
「これからお前の背後関係を調査し、お前の村についても調査を行う。もしその過程で不当な搾取が散見されれば、代官は処罰されるだろう」
男は顔を覆うと、うめくように声を上げた。
殿下はテントに居た役人へ後始末を任せると告げると、行くとも言わずテントから出て行った。私と近衛は慌てて殿下を追う。
「殿下!」
殿下は私を見ると、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「シュナイダー。お前の初日からこのようなことになるとは俺も予想外だった。……お前がいち早くあの男に気が付いたから、これ以上大事にならずに済んだ」
彼が名を呼んでくれたのは初めてかもしれない。私の働きを評価してくれたようだ。
「有難いお言葉。しかしながら、私は自分の仕事をしただけのこと。私でなくとも、護衛であれば気が付くはずです」
私は謙遜した訳でもなく、そう思っていた。あの男は訓練された刺客ではなくただの農民であったし、騎士であれば誰でも制圧できただろう。
「そういう事にしておこう」
殿下はこちらを見ずに馬に飛び乗った。王城へ帰るようだ。
近衛が私の肩を叩いて、笑顔を向けてくれた。彼も私を評価してくれたらしい。私は彼に軽く頭を下げると、馬に飛び乗り、殿下に続いたのだった。
王城へ到着すると、殿下はすぐに自身の執務室へ戻り、今日のことについて男や男の村について調査を行うよう側近に指示を出した。そのまま何事もなかったように文官を呼び、午前の続きを始めている。
(本当に良く働く方だ)
団長であれば文句や愚痴を挟みながら、もっと頻繁に休憩を取っているだろう。父上も男爵領の統治については執事や家臣に任せていて、もはや騎士に専念していると言ってもいい。私はそれが普通だと思っていた。
この方は王族でありしかも王弟という立場でありながら、自分で現場に行き、稟議を読み、あらゆる指標についての資料を理解し、文官と意見を交わしながら判断をされている。この上で王族としての公式行事もこなされているのだ。
(エリアスはどうなのだろう)
彼は有能だと兄上が言っていた。きっと、彼も殿下のように勤勉に働いているのだろう。
「おい、大女」
「はっ」
「もう時間だ。帰れ」
時刻を確認すると、確かに定時になっていた。しかし、護衛対象がまだ仕事をしているのに、帰るのは躊躇われた。
「しかし……」
殿下はフン、と片方の口端を上げた。
「外にいる護衛は夕刻から入っているし、マルコも夜までいる。お前はもういらん」
マルコとは近衛のことだ。近衛は当初から長時間勤務の予定だったらしい。
「……さようでございますか。それであれば、マチルダ・シュナイダー、本日は下がらせていただきます」
私が敬礼したその時、外から近衛が扉をノックした後、遠慮がちに入室した。
「殿下、ボーリンガー伯爵がお見えです」
○作者より○
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