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1 三度目の破局

よろしくお願いいたします。

私は目の前の男が何を言おうとしているか、概ね予想がついていた。何故なら、私にとってこのような状況はもう三度目のことだからだ。

婚約者候補であるヨハネスの家で、私と彼が席についてから、もう半刻も沈黙は続いている。彼はこちらに目線も向けず、ただ睨むように空を見つめている。

今日は元々彼からの呼び出しだったはずなのに、一向に話を切り出さない。私は息を一つついた。


「それで、要件は何だ。早く言えばどうだ」


私が水を向けると、彼は顔を歪ませた。


「お前のその女性らしからぬ物言いも、俺はやはり受け入れがたい。マチルダ。俺は、お前と婚姻することはできない。お前を愛せそうにないのだ」


芝居がかった口調でヨハネスは言った。ヨハネスの言葉は、予想はしていたものの、私を落胆させた。


「そうか。ヨハネスがそう言うなら、受け入れよう」


彼は騎士団の同僚で、互いに知っている間柄だった。私が女性らしくないことを最初から理解している相手だったはずなのに、それを理由に婚約が流れることは納得し難いところではあったが、ここまで言われて引き留める義理もない。


「俺は婚約を辞めると言っているんだぞ!なぜそんなにあっさり受け入れるんだ!」

「嫌がっている相手を引き留めてどうなると言うんだ。婚姻したところで上手くいくはずもない」


私の態度が気に入らないらしいヨハネスは、怒り出した。


「お前ときたら、婚約の話が出ているにも関わらず俺への態度を変えやしない!俺がお前を好きだと言っても、涼しい顔のままだった」


確かに彼は冗談めかして私を好きだと言っていた。しかし、彼はそう言いながらも、他の女性と二人きりで密会し、いかにその時間が素晴らしかったのかを私に言って聞かせるのが好きだった。

ヨハネスの好きという言葉は、私にとって羽よりも軽いものだった。


「一体私に何を求めているんだ、ヨハネス。君はつい十秒前に私を愛せそうにないと言い放ったところだぞ。そもそも、これは家同士が決めた話。愛だの恋だのは、我々の中に存在しなかったものだ」


「俺が、お前のことを何とも思っていないと、本気で?何も思っていない女に、好きなんて言う訳ないだろう」


私はヨハネスが結局何を言いたいのか分からず困惑した。つまり彼はどうしたいというのか。


「とにかく私とは婚姻できないのだろう。家の方は私が報告しておくから、君の家の方は君が報告しておいてくれ。私はもう帰る」


私がそう言って話を終わらせると、ヨハネスは傷ついたような顔をした。


「マチルダ!お前と結婚する男などいやしない。女騎士である上に三度も婚約に至らなかった女など、お前の方に問題があると判断されるのだからな!」

「君に言われるまでもない。これで父上も納得されるだろう。婚姻は諦め、騎士としての職責を果たすのみだ」


私は席を立つと、さっさと扉へ向かった。

後ろでは、なぜかヨハネスの方が悔しそうに肩を怒らせているのだった。




私は武門として知られるシュナイダー男爵家の長女で、父も兄も騎士だ。

母は私が幼い頃に儚くなり、男所帯となった我が家では私が女性らしさを学ぶ環境は整えられなかった。女性使用人はいるが、我が家で求められるのはいかつい男性に怯えない逞しい人間。

とはいえ一応義務として貴族令嬢の教育も受けたが、どうしても令嬢言葉を身に付けることはできなかった。


私は自分の環境を嫌ともおかしいとも思うことなく、当たり前に自分も騎士となる道を選んだ。

騎士団に入ると、更に私から女性らしさは失われてしまったが、仕事に打ち込む日々は存外に心地いいものだった。元々体を動かすことは好きであるし、王家と国民を守る騎士という誇り高い職業は、私に矜持も与えてくれた。


周囲の同世代の令嬢が婚姻していく年代になっても、自分には婚姻など無縁の話だと捉えていた。



一年前、父上に告げられたのは、私の婚姻について。まさに青天の霹靂だった。


「マチルダ、お前ももう十九。そろそろ婚姻を考えねばならん」

「私は騎士として未熟ですし、まだもうしばらく婚姻はお待ち下さい」


私は迷うことなく答えた。これまでそんな話など露ほどもなかったのに、父上の言葉は私にとって随分唐突なものだった。


「いつまで独り身でいるつもりだ。お前と同世代の女性はすでに子を設けている年頃だぞ。嫁げなくなるかもしれん」

「それでも一向に構いませんが」

「マチルダ!」


父上は額に青筋を浮かべた。私は負けじと父上と対峙する。


「なぜ急にそのような話になるのです。私に婚姻せよなどとは今まで言っておられなかったではないですか」

「……それは、私のせいもある。もっと早くから私がお前のことに気を回し、話を見つけてくるべきだったのだ。騎士として奮闘するお前を応援したい気持ちもあったが」


父上は一つため息をついた。


「マチルダ。このままではクラウスの婚姻に差し障りが出る。お前が家にいると、クラウスはヘルガ嬢との婚姻を進められない」


「兄上が……?」


父上の指摘は私の考えの及ばないところだった。私が家にいるだけで、兄上の婚姻の邪魔になるとは考えもしなかった。


「嫁を迎え入れる際に、幼い妹や母親以外の女性が家に残っていることは一般的ではないらしい」

「そう、なのですか」


確かにそう言われてみれば、姉などの女性が残った家に嫁入りしたという話は周囲でもあまり聞かない。既に婚約が決まっている女兄妹が家にいるという例はあったが、それ以外は病気などのやむを得ない事情がある女性だけだ。


(そのような不文律があったとは)


私が家を出るには、現実的には婚姻となる。騎士団には女子寮がないし、シュナイダー家のタウンハウスは一つだけだ。領地に移り住むという手もあるが、結局騎士は辞めなければならない。

王都で一人暮らしも出来なくもないが、さすがに男爵令嬢の立場で一人で家を出るのは、父上が許さないだろう。


「私も武の道を極めようとするばかりでそのような常識がないのが悪かった。縁談は私が探してくるから、お前も頭から否定するばかりでなく、婚姻のことを前向きに考えてくれ。そしてマチルダ。お前は男爵令嬢。貴族としての立場も忘れるな」


当主である父の意向に従うべきなのは理解していた。貴族としてこれまで養育されてきた以上、貴族としての責務は当然果たさねばならない。

貴族女性の婚姻が、家の都合で決まるのはごく普通のことなのだから。


考えてみれば、独身で女騎士を続けているのは平民出身の女性ばかり。貴族女性はどこかで引退し、貴族としての責務を果たしている。


本来ならば私が兄上の妻の立場を想像し、家を出るために行動するべきだったのかもしれない。


(私は気が回らない女だ)


「……承知しました。父上」

「マチルダ、良く言ってくれた」


父上はホッとしたように表情を緩めた。

婚姻したいわけではないが、シュナイダー家のために、私はその道を行かなければならないらしい。

いつか自分にもそんな日が来るかもしれないと思っていたが、それが今なのだろう。

あわよくば、婚姻後も騎士を続けられれば重畳、ということだ。



それから、私と婚約者候補たちとの不毛な日々が始まった。



最初の婚約者候補は、男爵家の嫡男だった。


家格もつり合いが取れ、彼自身も特に問題がある男ではなかった。しかし、私たちは徹底的に相性が悪かった。

元々彼は私が女ながらに騎士をして、しかも自分よりも強いことが不満だった。

彼は普通の令息。男女差はあれど、騎士として日頃から訓練をしている私に勝てないことは何ら恥じることではない。しかし私が何を言おうと、彼にはその事実が許容できないようだった。


次第に彼は私を罵倒するようになったが、私は取り乱すことなく逐一反論した。その態度にますます彼の心は離れていき、遂に話は白紙となった。



二人目は、子爵家の三男だった。


彼は文官として王城へ出仕しており、私も騎士。お互い国に仕える公僕であるし丁度いいだろうと進んだ縁だった。

彼は私にも丁寧に女性として扱ってくれた。また彼は婚姻後も私が騎士として働くことに抵抗がないようだった。

しかし彼は愛に生きる人だった。多くの女性と浮名を流す彼に、私は節度を持つように何度か頼んだが、のらりくらりとかわすばかり。

彼との縁は、彼と他の令嬢が睦み合っている現場を私が見てしまったことで白紙となった。



そして三人目。ヨハネスだ。


奴は騎士であるし、元々心やすい仲だった。今度こそ上手くいくだろうと私は思った。

しかしヨハネスは婚約の話が出た途端、態度を急変させた。

心にもないくせに好きだの会いたいだのと言い始め、婚姻前に私と深い仲になろうと画策する。それでいて、他の女性にも言い寄り、私にそれと知らせる。

私は終始ヨハネスがどうしたいのか、私にどんな反応を求めているのか理解できなかった。

挙句の果てに先日の「愛せそうにない」だ。


今思い返すと、奴が一番訳の分からない男だった。



ここまでで一年。私は理解した。どうやら、私は婚姻に向かない人間らしい。


婚姻を目指した日々は、いかに自分が女性として欠陥があるかを思い知らされた日々であり、また、何とも思わない相手を好ましいと思えるように努力することは、訓練よりも大変なことだと学んだ日々だった。


そして私は男性を好きになったことがない。これだけ男に囲まれて生きてきたのに、本や令嬢から聞くような感情を味わったことがないのだ。恐らく私は、誰かに恋情を抱くことが出来ないのだろう。


もはや、これ以上婚姻のために努力できる気がしなかった。


私は、何とかして父上を説得し、生涯を騎士として生きていくと決意を固めていた。



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