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episode.1


 黒いレースの天蓋付きベッドに腰掛ける十代半ば程の少女は、手にしている赤いハードカバーの本に視線を落とし、ゆっくりとページを捲った。

 銀色の艶めく長い髪を耳に掛け、優雅に足を組み替える。黒のネグリジェから露出した滑らかな素肌と大人びた仕草は、幼さの残る美しい顔立ちからは想像もできない妖艶な色気を醸し出していた。


 ベッド脇に置かれたクラシックなナイトテーブルの上から赤ワインの注がれたグラスを手に取り、口紅を塗っているかのように紅く色付いた唇へと運ぶ。白く細い喉をこくりと動かし、伏せていた長い銀色の睫毛をそっと上げた。


「──呼んでもいないのに来るなんて、珍しいじゃない」


 サファイアブルーの煌めく瞳を向けた先には、漆黒のスーツに身を包んだ無表情の男が一人、ドアの前に佇んでいた。

 ほんの数秒前までは少女一人きりだった部屋に音もなく突然現れた金髪ブロンドヘアの男は、表情を崩すことなく口を開く。


「随分とご機嫌ですね、シーヴァ様」


「そう見えるのなら、そうなのかもね」


 再び本へと視線を戻した少女シーヴァは、潤った紅い唇で弧を描いた。


「ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ。知ってる? この本の著者。とっても興味深い内容だわ」


「『Carmilla』ですね。女吸血鬼の」


「そう、読んでるととってもぞくぞくするの」


 澄んだサファイアブルーの瞳を細めてシーヴァは言うと、恍惚とした表情で上唇をぺろりと舐めた。


 黒のネクタイを締め、一切の隙なくスーツを着こなしている二十代後半くらいの男は、そんなシーヴァの姿にほんの僅かに眉を動かし、浅く息を吐き出した。


「──それで、カーミラの真似事のようなことをした、ということでしょうか」


 感情を含まない無機質な声が響き、シーヴァは手にしていた本から男へと興味を移した。人形のように美しく整った顔に笑みを浮かべ、無垢な少女のように可愛らしく小首を傾げる。


「真似事って?」


「言葉のままです。貴女から、処女の娘の血の匂いがします」


「──羨ましい?」


 十代半ばとは思えない挑発するような艶気のある声は、表には出さない男の感情を刺激する。その場の空気が冷ややかなものになったことに気付いていながら、シーヴァは楽しそうにくすくすと笑いだした。


「怒らないの、フィン。殺していないし、血を吸うのは一人一回きりにしてるわ。まさかそんなことを咎める為に、その愛想のない顔を見せに来たってこと?」


「……なぜ、最近は少女ばかりを狙うのですか。貴女のその姿も、正直寒気がします」


「可愛いでしょう? お前の趣味に合わせてあげてるんじゃない」


 フィンと呼ばれた男の言葉に一瞬の苛立ちを見せたシーヴァは、グラスのワインを一気に飲み干した。


「乳臭い小娘の匂いをぷんぷんさせているのは、フィン……お前の方でしょう?」


 先程までの余裕たっぷりな態度からは一変、シーヴァは笑みを絶やさず威圧的な口調でフィンに視線を向ける。

 相変わらずの無表情でぴくりとも動かないフィンの姿に、腹立たしげに本を閉じた。


「気付いていないとでも思ってるの?」


「……いえ。ただ仕事相手の自宅に、年頃の少女がいるというだけですよ。自宅に行けば、匂いぐらい付きます」


 フィンが抑揚のない声でそう口にした瞬間、勢いよくワイングラスが彼の横を掠め飛び、──パリンっとグラスが割れる鋭い音が響き渡った。

 壁に当たって割れたグラスの破片が床に飛び散り、フィンの足元に転がる。


「自分の立場を分かっているの? お前の生命いのちは私のもので、私に逆らうことなんて許されないの」


「もちろん、分かっていますよ。シーヴァ様」


 グラスを投げ付けられたというのに、フィンは顔色ひとつ変えることなく忠誠の言葉を吐く。

 シーヴァは彼のその態度すらも憎らしいと言いたげな顔で、右手を強く握り締めた。

 猫のように出し入れ可能な爪をにゅうっと伸ばし、自身の手のひらに食い込ませる。


「もういいわ。ほら、お待ちかねのご飯の時間よ」


 妖艶に微笑んでネグリジェの裾を捲り上げると、露出した色白の滑らかな脚をフィンに向けて伸ばし、右手のひらから流れ落ちる鮮血を滴り落とす。


「──舐めなさい。一滴残らず……綺麗に」


 白い肌に映える真っ赤な血が、つう……っとつま先に向かってつたうと、指の間を抜けて、ぽたりとカーペットに染みを作った。

 


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