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「──にゃお」


 月明りがカーテンの隙間からもれる夜の一室で、甘えるような鳴き声を発した一匹の黒猫が、軽やかな跳躍でベッドへと上がった。

 艶々とした美しい毛をもつ黒猫は、小さな四つ足で柔らかい毛布を踏みしめ、前足をぐっと伸ばして欠伸をひとつ。


 ベッドで穏やかな寝息を立てるこの部屋の主である少女の枕元には、眠る前に読んでいたと思われる本が置かれていた。

 本の表紙には『Carmilla』と書かれている。

 黒猫はビー玉のようにまん丸なサファイアブルーの瞳で本をじっと見つめ、「にゃお」と再び鳴いた。


 毛布から出ている少女の細腕に頭を押し付けながら体を擦り寄せ、同じ仕草を何度か繰り返す。ぐっすりと仰向けで眠る少女は起きることなく、指先をぴくりと動かしただけだった。


 黒猫は少女の肩の横にちょこんと座り、細く長いしっぽをゆっくりと左右に振った。

 ネグリジェから露出した少女の白い鎖骨と首元に視線を落とし、ぺろりと自分の鼻先を舐める。


 そうして寝ている少女の喉元に顔を近付けると、白く鋭い牙を露出した。



「──……痛っ!」


 針に刺されるような鋭い痛みに突然襲われ、少女は勢いよく体を起こした。


「なにっ……?」


 痛みを感じた首元を擦り、月明りが僅かに差し込む薄暗い部屋の中を見渡す。

 なんの気配も感じなければ、特に変わった様子もなかった。


 確かに何かに刺されたような生々しい感触が肌に残っているのだが、気のせいだったのだろうか。

 少女は痛みを感じた首を気にしながらも深く安堵の息を吐き出し、もう一度柔らかな枕に頭を沈めた。そしてふと、枕元に置いてあったはずの本がなくなっていることに気が付いた。


「やだ、落としちゃったのかな。『カーミラ』なんて、寝る前に読むんじゃなかった」


 眠る前に読んでいたホラー小説の内容を思い出し、少女は身震いしてベッドの下へと顔を向ける。

 床に本は落ちていなかったが、薄暗い部屋ではよく分からない。

 朝になってから探そうと諦めて少女が顔を上げると、部屋の片隅につい先程までなかったふたつの赤い光が、こちらを()()()()()()のが目に入った。


「──ひっ……」


 声にならない声を上げ、少女は体を強張らせる。


 恐怖に目を見開いて見つめた先には、銀色の長い髪の女が、闇に溶け込むようにして静かに佇んでいた。暗い部屋の隅でもはっきりと分かるふたつの赤い光は、女の瞳だ。


 少女は叫び声を上げることも、身じろぎすることもできず、小刻みに体を震わせながら女の赤い瞳だけを見つめ続けた。


 どのくらいそうしていただろうか。


 永遠のように長く感じたその時間は、女が薄く笑った気配で終わりを告げた。


 女は少女の視線の先で、すうっと闇に溶けて跡形もなく消えてしまった。




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