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大人に近づくということ

マリカが河原に降りていくと、空気が一段と冷えていた。

いつもと変わらずサラサラと流れる川は、ところどころで水を盛り上げ跳ね上げながら、緑の川底を透かし見せている。

河原では、ススキや名前も知れない背の高い草が枯れた姿をさらし、辺りを埋めるごろごろした石ですら、光景を冷え冷えとしたものにするのに一役買っていた。

末は悠々と流れる河となるこの川も、この辺りまで遡ればまだまだ若い姿をしている。


こんな季節にここに来て何をするつもりか、とマリカが尋ねられれば、マリカは答えを持っていなかった。

この川はマリカが産まれたときから身近にあった川だし、これから先もこの川の側から引っ越しする予定はない。


だだ、もう少し暖かくなれば、マリカは遠くの中学校に通いはじめる。

今までのように、明るいうちに下校し、友人を誘ってここを遊び場として遊ぶということもなくなるだろう。

1つ年上だが、近所で一番の仲良しだったサクちゃんは、中学に上がった後、途端にお姉さんになって、もう、マリカとは遊んでくれなくなった。

マリカは早く大人になりたいと日頃思っていたし、サクちゃんのようになりたいとも思っていた。

だから、自分も中学生になって、この河原で友だちと一緒に遊べなくなっても、それは1つお姉さんになることだと思っていた。

それに、ここから引っ越しするわけでもなく、来たければいつでも来られるのだし。


だが。


マリカはそんな風に思った途端に、河原に降りてみたくなったのだ。

目新しいことなど何一つない、いつもの道を通って河原に降りてきたが、マリカにはこれと言ってしたいことなどなかった。

冬の河原で魚釣りをする大人がたまにいたりするものの、今日はその姿もない。

風に揺れる枯れたススキと、果てなく流れていく川と、マリカだけが動くものの全てだった。


「私、何しに来たんだろ。」


何かをするために来たわけではないので、その問いへの答えをマリカが持ち合わせているわけもない。


「たぶん、河原で遊ぶのはこれが最後だよね。」


マリカにとってはこれも遊びのうちなのか、目的も無しに降りてきたことを「遊び」としか表現できなかったのか、そのいずれであったのかは、マリカ自身にもわからないだろう。


「何しよう。」


マリカはちょっと考え、自分が口にした「最後」という言葉がほのかな熱を持っていたことに気がついた。


「こういう時って、何か叫んだりするんだよね。」


祖父が最近好んで観ている古い青春映画にそんな場面があった気がした。

その登場人物は理由はわからないが、何故か「バカヤロー」と叫んでいた。

「もう少しマリカが大人になるとわかるのかな。」と思った記憶が残っている。


マリカは「もうすぐお姉さんになるんだから、私も今『バカヤロー』と叫んだら一足早く大人になるかも。」と思った。

誰が、あるいは何が「バカヤロー」なのか、マリカには心当たりはないが、きっと中学生になればわかるはずだ。

今は形だけでもいいだろう。


マリカは流れの方を向き、足を踏ん張って、できるだけ大きな声を出せるように息を深く吸い込んだ。

それから、映画でもやっていたように、両手を口の横に添える。


「ば・・・・」


最初のひと文字を口にしたとき、マリカに急に「これじゃない、私の言葉はこれじゃない。」との思いが湧き上がった。

途中でやめるなんて格好が悪い。

だが、それでも止めてしまうほど、マリカの感じた違和感は強烈なものだった。


マリカは戸惑い、考え込んだ。


「こういうのって、やっぱり、自分の叫びたい言葉を言わなくちゃいけない気がする。」


マリカは自分に言い聞かせるように呟いた。

それから、自分の言葉を探して、いくつもの言葉を口にしてみた。


それから数分。

サラサラという流れの音に耳を傾けたマリカは、ある言葉が自分の今の気持ちそのままであることに気付いた。


そして、再び、大きく息を吸い込み、今度は躊躇うことなく、叫んだ。


「ありがとう!」


と。



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