浴衣聖女は王太子を下駄ではっ倒す
うう……去年出す話だったのに。遅れに遅れた。
___ ここは何処? ___
眩しい光が収まり。
視界が開けるとそこは見知らぬ場所だった。
あかりは足元を見た。
下駄をはいた足元には、見たこともない文字と複雑な円が描かれており。
いわゆる魔法陣と言うものなのだろう。
恐る恐る視線を上げてゆけば、映画や舞台で見るような出で立ちの人々がいた。
ファンタジーに出てくるような中世からヴィクトリア王朝ぐらいの服装だ。
友人のお京さんがよくやる乙女ゲームに出てきそうな豪華な部屋だ。
神殿と言う場所か?
兵士? 魔法使い? 神官? 王様?
そして……美貌の王子様?
えっ?
これ……
最近流行りの異世界召喚?
あかりは困惑する。
私、死んではいない。
記憶はちゃんとある。
祭の待ち合わせ場所から召喚されたのだ。
手を振る彼に手を振り返して……
そしたら足元が光って……
気が付いたらここにいた。
転生ではなく転移だわ。
美形王子様が微笑んで手を差し伸べる。
輝くばかりの金の髪に湖の様な青い瞳。
おとぎ話の王子様。
彼はあかりの前に優雅に跪く。
「よく我らの招きに応えて下さいました。聖女様お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あかり……西原あかり……」
見知らぬ衣を纏った儚げな美少女はそう答えた。
彼女はピンクの小花模様の浴衣を着て、少し位置をずらしたポニーテールで花のかんざしを挿している。
帯は流し矢の字で召喚者から見て異国情緒で魅惑的だった。
「あかり様とおっしゃるのですか。ようこそ我がイルミナント国においで下さいました。私の名はルギウス・フォーレン・イルミナント。このイルミナント国の第一王子です」
どうやら言葉は通じる様だ。
でも……
言葉が通じるからと言って心が通じるとは限らない。
よっこらせっとあかりは下駄を脱ぐと下駄で王子を張り倒した。
「おんどりゃー‼ 何してけつかるんや‼」
床に転がった王子と周りにいる人々はポカンと聖女を見る。
「ええっ‼ この落とし前どうつけてくれるんや‼」
儚げな美少女から罵詈雑言が飛び出した。
あかりは怒っていた。
それはもう、魔王のように怒髪天を衝くとは今のあかりの事だろう。
「ようやくや。ようやく直樹君をデートに誘うことが出来たんや」
あかりは王子の胸ぐらをつかむとブンブンと揺する。
「この一年間直樹君を落とす為女を磨いた‼️」
「あかりとにかく落ち着いてくれ」
王子はあかりの手を押さえた。
「気やすく触るな‼ ボケが‼」
王子は見事な一本背負いで投げ飛ばされた。
「この無礼者‼️」
兵士があかりに槍や剣を向ける。
「お黙り‼️ 人攫い‼️」
ドーン‼️
ビリビリと雷に触れたような衝撃を、あかりの周りにいる者達は受けた。
物凄い威圧に兵士達と周りの者達は膝をつく。
「人攫いなんて酷いな。ただ召喚(召喚、は別の場所に招く事。召還、は元の場所に呼び戻す事です)しただけなのに」
王子は腰を擦りながら起き上がった。
割りと丈夫な様だ。
「勝手に本人の承諾も得ず連れて来たら人攫いになるのよ。そんなことも分からないの‼️」
至極尤もな話である。
あかりは大きく息を吐いた。
取り敢えず、今は落ち着こう。
「聖女召喚したって事は何か困っている事があるの?」
「おお。あかり殿、話を聞いてくれるか」
王様らしき男が、オズオズとあかりに声をかける。
まだ這いつくばったままだ。
カッコ悪~と呟いたあかりの言葉は王には届かなかったようだ。
「聞くだけね。話はそれからよ。ただし、嘘をつかれるのは嫌いだわ。嘘だと分かった瞬間私は出ていく」
あかりはキッパリと答えた。
見た目は儚げな美少女だか、あかりは気が強い。
影番と噂されている事を本人は知らないが。
「近年、魔物の被害が増えた。魔王復活の兆しである」
この世界では数百年ごとに魔王が復活する。
魔王の復活前に聖女を召還して魔王を浄化するのだと言う。
「つまり、聖女の仕事は各国にある神殿を浄化すれば魔物も魔王も押さえられるのね」
「そうじゃ。魔王は再び眠りにつき。スタンビートも収まる」
王子と兵士と魔導師達も頷いている。
嘘ではないようだ。
「で、世界各国の神殿を浄化して、私に何のメリットがあるの?」
あかりは報酬を尋ねた。
「王子と結婚してこの国の王妃になれる」
「却下」
あかりは即答する。
「なっ‼️」
周りの者がざわめく。
「この国の王妃じゃぞ。贅沢三昧じゃぞ」
王様はあかりを説得しようとした。
「何を聞いていたの? 私には好きな人がいるのよ」
「しかし、話を聞いていたら恋人でも婚約者でも無いのじゃろう?」
王様は痛い所を突いた。
あかりの顔が怒りに歪む。
「何を言うの‼️ これから恋人になる所だったのよ‼️ それに私はバタ臭い顔は嫌いなの。直樹君のつるんとした醤油顔が好き♥️」
美形王子はガックリと膝をつく。
顔の良い彼は今まで女性にチヤホヤされてきた。
王子で、やがて王様になる彼はそれが当たり前だった。
だから召還された聖女も顔だけで落とせると考えていた。
異世界聖女チョロイぜ‼️
しかし、聖女はバタ臭い顔は嫌いだと言う。
バタ臭いとは多分彫りの深い顔のことだろう。
しかも聖女は想い人がいるらしい。
直樹君と言うライバル。
しかも聖女の方が、彼にぞっこんだ。
山田直樹。
あかりのクラスメートにして初恋の人
この一年あかりは良い女に成るために、自分を磨いた。
礼儀作法や茶道や華道に料理に勉強。
それはもう、磨きに磨きまくった。
涙ぐましい努力もあり、彼の両親や妹からは好感度をもぎ取る事が出来た。
外堀は埋めた。
後は彼を落とすのみとなった。
そして祭りにさりげなく誘うことに成功した。
そんな時、召喚されたのだ。
「しかし、あかり召喚された聖女は帰る事が出来ない」
その為に聖女達は諦めて王子達と結婚した。
「帰る魔法がなけれは作れば良いのよ」
パンが無ければお菓子を食べればいい。
帰る魔法が無ければ作ればいい。
あかりは前向きだ。
乙女パワーを侮ってはならない。
直樹は頭が良く難関な進学校に通っている。
あかりは猛勉強して、直樹と同じ高校に受かった。
「ああ……くそ‼️ チャチャと魔王を倒しに行くわよ‼️」
あかりは腕を挙げた。
それからのあかりの行動は早かった。
神官から聖魔法を学び、魔導師からは魔法陣を学び、騎士団長からは魔物について学んだ。
あかりの地力と集中力は凄まじく、まさに【乙女パワー】だ。
あかりの巡礼に6人の王子が付き従った。
あかりを召喚した国の王子、ルギウス王子と。
砂漠の国アルバラージャのサイナス、アルバラージャ。
褐色の肌を持ち翡翠の瞳を持つ第二王子だ。
緑の国。ジャングルの中に大都を持つサバーバン国のアルラック、サバーバン。第一王子だ。グリーンアッシュの髪と琥珀の瞳のヤンチャな王子だ。
海の国。ブルーザイアと呼ばれる国は島国で進んだ航海技術を持つ。
青い髪と焦げ茶色の瞳の彼は落ち着いている。
火の国ブースリアの国の王子は赤い髪と赤い瞳の王子。
その髪と瞳の色と同じ情熱的な王子だ。
山の国イルマスの王子は高い山の中にある。鉱物資源が豊富で豊かな国だ。
エルフの血を引いているのでその耳は長い。
皆あかりを落とすのが目的だったが……
皆さん惨敗した。
怒涛の聖女巡礼が終わり。
魔王は封印され、魔物も各々の森に帰った。
世界は聖女に救われた。
あかりは見事に任務を遂行した。
「帰る」
と言うあかりを誰も止める事が出来なかった。
帰還の魔方陣が完成し。
「本当に帰るのですか?」
「当然よ。神官様、魔導師様、騎士団長様今までありがとうございます」
あかりはみんなに頭を下げる。
ルギウス王子と五人の王子があかりを見つめる。
結局彼らは誰もあかりを落とせなかった。
あかりは魔方陣の上にひらりと舞い降りる。
帰還の魔法陣は完成した。
あかりが身に着けているのは、ここに転移した時の浴衣姿だ。
この10年あかりは猛勉強した。
聖女の魔力のせいで、あかりの外見に変化はない。
あかりはもう一度皆に頭を下げた。
そして両手を広げ魔力を魔方陣に流す。
魔方陣に光が満ち溢れ、光と共にあかりは転移した。
あかりはゆっくりと目を開ける。
祭り囃子が聞こえる。
屋台の美味しそうな匂い。
人々の笑い声。
そして直樹君が手を振っている。
良かった帰って来れたんだ。
あかりは彼に微笑み返した。
「本当に良いんですか?」
「無論だ」
五人は頷く。
「あちらの世界に行ったら、魔力が無いから完全に帰れませんよ。魔法も使えない確率が高いでしょう」
王子達は笑う。
「それでも行く」
「王子達の中から恋人を選ばないかも知れませんよ。むしろその確率が高いでしょう。彼女には想い人がいますよ」
年老いた老魔導師長は悲しげに王子達を見つめる。
「一時の気の迷いで取り返しの付かない事になります」
老魔導師長の肩を叩いたのは騎士団長だった。
「若いって良いですな。私も後20年若ければ、王子達と一緒に行っていましたよ」
「そろそろ準備は良いですか?」
神官長が魔法陣に大量の魔石をセットした。
この大量の魔石は王子達が魔物を倒し集めたのだ。
6人の王子達は魔法陣の中に入る。
みんないたずらっ子の様な笑みを浮かべる。
魔導師と神官達が魔力を注ぐ。
光が溢れ、王子達を包む。
やがて人は消え、王子達も消えた。
「さて……あかり殿は誰を選ぶんでしょうな?」
「彼らの行く末に幸あらん事を……」
騎士団長は右手を上げて祈る。
あかりと直樹君が五人の王子達に振り回される事になるのは、また別の話である。
~ Fin ~
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20201020 『小説家になろう』 どんC
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登場人物紹介
★ 西川あかり
召喚された聖女。裏番と陰口を叩かれるほど気が強い。
思い込んだら試練の道も何のその(笑)恋する直樹君の為に女を磨きまくった。
帰還の魔方陣もほぼ自力で組み上げた。
★ 山田直樹
あかりの想い人。
★ルギウス・フォーレン・イルミナント
あかりを召喚したイルミナント国の王子。
美形顔と王族なので皆にチヤホヤされてきた。
あかりに下駄で殴られ投げ飛ばされる。
あかりに惚れる。マゾかも知れない。
あかりを落とす事が出来ず、人間顔と金と地位だけじゃ駄目だと気が付く。
★各国の五人の王子
あかりに惚れている。物好き集団。
作者に一山いくらの扱い(笑)
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