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俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

作者: たっこ
掲載日:2022/08/30

(ゆう)

 

 聞こえるはずの無い懐かしい声がした。

 振り返らなくても、その声の正体が誰なのか分かった。

 忘れたくても忘れられなかった、愛しい人の声。

 たった一言、名前を呼ばれただけなのに、全身に鳥肌が立った。

 でも俺は、振り向けない。

 

「優。迎えに来たぞ」

 

 気づかないふりをして立ち去るつもりが、その言葉に思わず振り返った。

 

「……は? 馬鹿じゃねえの。何言ってんだ、琢磨(たくま)


 高校の卒業式に別れて以来、六年ぶりの再会。

 記憶よりも男らしくなったスーツ姿の琢磨がそこにいた。


 今日も朝から代わり映えのしない一日だった。

 事務員として勤めている弁護士事務所。

 いつものように残業をして、いつものように最後に事務所を出る俺が、鍵を閉める。

 ビルを出て、軽く飲みにでも行こうかと歩き出したところで、いるはずのない琢磨が現れた。

 

 灰色の日常が、突如鮮やかに色づいた。

 

 だけど俺は、それを喜ぶわけにはいかないんだ。絶対に。


 

 琢磨とは中学からの親友だった。

 俺がゲイだと唯一話したのが琢磨で、分かった上でずっと親友でいてくれた。

 

 琢磨への恋心に気がついたのは高校に入った頃。ずっと密かに想っていた。

 高三の夏に、突然告白されたときには舞い上がった。

 親のいない時間があれば、俺たちは馬鹿みたいに抱き合った。

 

 だけど俺はゲイで、琢磨はノンケで。

 たぶん琢磨は俺に出会ってなければ普通の恋愛をしていただろうと思うと、気持ちにブレーキがかかった。

 琢磨の間違った人生を、正さなければと思った。

 

 大学は受かった中から琢磨に知らせていない所に決めた。離れられるならどこでもよかった。

 カミングアウトで親には勘当され、図らずも琢磨との接点が完全に無くなった。

 

 二度と会えないはずだった。

 その琢磨が、今、目の前にいる。

 

「元気だったか? 優」


 優しい瞳で俺を見つめて、やっと会えた、と破顔した。


「……なんでここが分かった?」

「おお、マジ金かかったぞ。優の親には出禁食らってたし、何年探しても見つからないしさ。探偵に頼んだらすぐだった」

「探偵……」


 まさかドラマじゃあるまいし、と思ってしまった。本当に見つけられるんだな、探偵って。


「優。お前、卒業式で俺になんて言ったか覚えてるか?」


 そんなの、忘れられるわけがない。

 卒業式の何日も前から考えて、練習する度に泣いたセリフを。


『じゃあな琢磨。楽しかったよ、お前との恋愛ごっこ』

『もう目覚ませよな。どうせただの気の迷いなんだからさ。俺も、男同士のやり方が試せてよかったわ』

『ああ、もしもさ。大人になってもまだ俺のことが好きだったら、結婚してやってもいいよ』


 法律上、できもしない結婚を持ち出して、お前とはもう終わりだと、暗に伝えた。

 今でも時々思い出しては、泣いていたセリフ。


「お前が大人になってもって言うから、二十歳になったら迎えに来たかったのに」

「……は?」

「あの日の約束、叶えてよ」


 約束って……なに言ってんだ。

 

「結婚しよう、優。大人になってもまだ……もっと好きだよ」


 心が震えるほど嬉しかった。

 涙がこみ上げてきて、慌てて顔をそらす。


「……馬鹿じゃねぇの。男同士は結婚できねぇよ」

 

 琢磨に背を向けて、再び目的地に向かって歩き出した。

 

「おい、待てよ優」


 琢磨が追いかけてきたけど放っておいた。

 早く終わらせようと思った。

 終わらせるには、今から行くところは丁度いい。

 

 


「優、ここってまさか……」

「ゲイバーだよ。見たら分かんだろ」


 店内を見渡して、見つけた。ちょうどいい奴を。


(ごう)

「おお、優じゃん、久しぶりっ」


 琢磨に見せつけるように、剛の肩に腕をまわした。


「これ、俺のセフレ」

「……セフレ?」

 

 琢磨の顔が険しくなる。


「ああ、そっちの人ともヤッたよ。一回? ニ回かな?」


 隣の席の、見覚えのある奴と目が合ったので近寄った。


「なぁ、名前なんだっけ?」

「おいおい、ニ回も寝ておいて名前覚えてねぇの? ひでぇな」

「そっちは覚えてんの?」

「優だろ?」

「なんで疑問系だよ。どうせ剛が呼んだの聞いてたんだろ」

「はは、バレた?」


 琢磨を見てニヤリと笑いかけた。


「分かった? 昔の俺はもういねぇの」

「……だからなんだよ。関係ねぇ。俺は――――」

「あのさ。俺はお前なんか待ってなかったんだって。分かんない?」


 剛の側にもう一度戻ると、俺は後ろから抱きついて、耳元で甘えるように言った。

 

「剛、久しぶりに相手してよ」

「おお、いいぜ。すぐ行く?」

「うん、行こ」


 剛は立ち上がると、俺の腰抱くようにして出口に向かう。


「おいっ、優っ」


 琢磨が怖い顔で俺の肩をつかんできたが、剛がその手をひねりあげた。


「……っ」

「邪魔しないでくれる? あ、それとも一緒に来る? 三人も楽しいよ?」

「……っふざけんなっ!」

「あっそ。じゃあそこで、おとなしく指でもくわえて見てれば?」


 剛はひねり上げた手を離し、鼻で笑って琢磨に背を向けた。

 背中に琢磨の視線が痛いほど刺さってきたが、俺は気づかないふりをした。

 


 

 店を出ても、琢磨は追いかけてこなかった。

 しばらく歩いた先で剛がふり返り、腰から手を離して口を開いた。

 

「なあ、いいの? あれ」

「……うん。悪かったな、付き合わせて」

「いやいや、めっちゃ楽しかったからいいけどさ。で? 優ちゃんが相手してくれんでしょ?」

「……手出したら殺すよ? 世間的に」

「わ、わーかってるって! 怖いよ弁護士さんっ」

「ただの事務員な。……悪いけど今日はもうあの店には戻んないで。他の店行ってよ」


 財布から一万円札を取り出して、剛のポケットにねじ込んだ。

 

「いや、いらねぇよっ」

「いいからもらとけって。迷惑かけて悪かったな。じゃあ帰るわ」

「……優、大丈夫か? 今日は一人にならないほうがいいんじゃ……」

「は? なんで。なに勘違いしてんのか知らないけど、あいつは別になんでもないから」


 じゃあな、と手をあげて、俺は駅に向かって歩いた。

 追いかけてもこない琢磨。

 少しがっかりしてる自分に嫌気がさした。



 あれから一週間。琢磨は姿を見せなかった。

 幻滅したか。そりゃするか。そう仕向けたんだからこれでいいんだよな。

 ズキズキと胸が痛い。気のせいだと自分に言い聞かせて、無心に仕事をこなした。

 

 バーのママから電話が入ったのは、珍しく早くに仕事が終わって、帰ってゆっくり休もうと会社を出た時だった。


「あー…………ごめんって。…………いや説明とか必要? 勝手に想像しててよ。どうでもいいし」


 この間のあれは何なんだと、気になるから説明に来いと、電話の向こうでまくし立てている。


『あんたが迷惑かけたお客さんにくらい、ちゃんと説明しなさいっ。とにかく、今すぐ来なさいよっ』


 そう言い捨てて切られてしまった。

 説明を求められても、とは思ったが、ママの最後の言葉には、何も言い返せない。

 確かに迷惑かけたもんな、と仕方なく俺はバーに向かった。



 バーに入ると、早い時間のわりに、そこそこ混んでいた。


「この間の人は?」

「ああ、用事ができたって帰っちゃった」


 空振りか……とげんなりした。

 

「とりあえず、何か食べる?」

「枝豆」

「相変わらずねぇ。もっとちゃんと食べなさいな」

「だし巻き卵」

「まったくもう。あんたのせいですっかり居酒屋バーになっちゃったわよ」


 プリプリ文句を言いながら、ビールと合わせて枝豆を出して、だし巻き卵を焼き始めた。


「それで? この間の男が、あんたの忘れられない男なの?」

「なにそれ。そんな話したっけ」

「こら、すっとぼけないの。今さら隠す間柄でもないでしょう」


 ママには大学の頃から可愛がってもらっている。

 俺のことは、なんでも見透かしたように言い当てるから、隠し事もできない間柄だった。


「…………そうだよ。でも見ての通り、追い返したから。もうこれで……完全に終わり」

「なんで追い返しちゃうのよっ。せっかく迎えに来てくれたのにっ」

「どうしてって……」

「だって彼に操を立てるくらい好きなんでしょう?」


 突然ママがとんでもないことを言うから、ビールが変なところに入って咳き込んだ。

 

「……っは、はぁ? 何言ってんの、立てないしっ」

「嘘おっしゃい。あんたあの彼以外に男を知らないでしょ。ずっと一人の男だけ想ってるくせに」

「…………そ……んなんじゃないよ。ただ、他に好きな人ができないだけで」


 本当にそれだけ。嘘じゃない。

 俺だって、他に好きな人を作りたかった。

 でもどんなに琢磨を忘れようとしても無理で……。それどころか、好きな気持ちがどんどん増していく。

 琢磨に会ってしまったら、もっと好きがあふれて止まらなくなった。

 どうすりゃいいんだよ……。


「なんであんな小芝居したのよ、馬鹿ね。話もしたことないお客にまでからんで。ノッてくれなかったらどうするつもりだったの?」

「別に。その時は、一回寝ただけの奴なんて覚えてねぇよな、って言い張ればいいし」

「もう。本当にハラハラしたんだから。……それで? どうしてあんなことしたの?」

「…………あいつはノンケだから。こっち側に引っ張りこんだら駄目な奴なんだよ」


 俺なんかが、琢磨の人生を潰していいわけがない。

 琢磨はちゃんと普通に結婚して、家族を作ることができる。俺なんかに寄り道してたら駄目なんだ。


「そんなの関係ないじゃないの。どこにいるかも分からない相手を、六年も好きでい続けるなんてそうそうないわよ。絶対に手放しちゃ駄目よっ」


 ママが興奮したように熱弁しても、俺の気持ちは動かない。

 いくら琢磨が俺を好きでいてくれても。それがどんなに嬉しくても。いくら俺が、胸が苦しくなるほど琢磨を好きでも。

 俺は、琢磨の手を取ることはできない。

 

「……ママさ。親と連絡取ってる?」

「…………え?」

「取れてないでしょ。俺と同じで、親に勘当されたもんね。……だったら分かるよね?」

「……優ちゃん。追い返したのは、彼の家族を壊したくないから?」

「……そうだよ。俺だってすげぇつらかったのに。ノンケのあいつに……そんな思いさせられないだろ」

 

「なるほどな」


 不意に後ろから聞こえてきた声に、身体中が反応した。

 ふり返る間もなく、もう真横に琢磨が立っていて、手をぎゅっと握られる。


「な、なんでここに……。まさかっ、ママが仕組んだの?!」

「だぁって。すっごい必死で、優ちゃんに何があったんだーって、会えなかった間の優ちゃんのこと教えてくれって頼むからぁ。でも勝手に話すわけにもいかないでしょ?」

「いつから聞いてたのっ」


 と琢磨を睨むと、

 

「最初からだ」


 と言い放った。

 

「…………っこんなの、勝手に話すよりひどいだろっ」

「だってぇ。私が誰の味方か分かるでしょ?」

「……っこの、面食い節操なしっ」

「やだひっどいっ」


 ひどいと言いながら、少しも怒っていない。今にも鼻歌が出そうなほど、楽しそうな顔。

 

「あの、ありがとうございました。こいつもう連れていきます」


 琢磨はカウンターにお金を置いて、俺の手を引いた。

 

「おい、琢磨!」

「頑張ってねぇ。また来てねぇ」

「どうも。また来ます」


 答えながら、どんどん歩いて店のドアを出た。

 琢磨はずっと手を繋いだまま、無言で先を歩く。

 

「……おい、手離せよ……」


 琢磨にだけ聞こえるように、小声で言った。

 

「なんで」

「な、なんでって。外だろ。見られてるだろっ」

「俺は好きな奴とは、手を繋いで歩きたい」

「……っはぁ? どんな目で見られてるか分かってんのかよっ」

「お前が、どうしても嫌なら離すけど。俺は他人の目とかどうでもいい」

「俺は嫌だっ。……おい琢磨っ」


 俺が嫌だと言ったら離すと言ったのに、琢磨は手を離さない。

 

 近くの大きな公園の、人気のない所までやってきて、琢磨はやっと足を止めた。


「もういいか?」

「は? なにが」

「お前を抱きしめたい」

「……っば、馬鹿じゃねぇのっ。やだよ」

「お前も俺が好きなんだよな? じゃあ両思いだろ?」


 満面の笑みでそんなことを言う琢磨に、苛立ちがつのる。


「お前話聞いてたんだろ? 俺はお前の気持ちには答えられない」

「俺の家族を壊せないからか?」

「……そうだよ」

「じゃあなにも問題ない。もうすでに許可はもらってきた」

「…………は?」

「お前、昔から俺の親のこと気にしてたろ。ネックはそこなのかなって思ってさ。事前に許可もらってきた」

「許可……ったって。どうせ無理やりじゃねぇの? そんなの許可って言わな……」


 話してる最中でクスクス笑い出す琢磨に、ムッとして睨みつける。


「何がおかしいんだよっ」

「お前、昔となんも変わんねーのな」

「はぁ?」

「まるっきり、予想通りの反応でウケたわ」

「…………っ」


 何も言い返せないでいると、琢磨がポケットから封筒を取り出して、渡してきた。


「なに……?」

「父さんと母さんから」

「えっ? 俺に?」

「お前が、信じないと思ったからな」


 と、琢磨は優しい目で微笑んだ。


 封筒を受け取って、側のベンチに座って封を開けた。

 すぐに読めるくらいの短い手紙。でもあたたかい言葉が二人分、そこには並んでいた。

 

『優くん、本当に私の息子になってくれるの? 琢磨でいいの? また肉じゃが食べにおいで♡』


『優、将棋の相手がいないんだよ。早く来てくれ、俺の息子! でも本当に琢磨なんかでいいのか?』


 鼻の奥がツンとして、涙があふれてくる。

 嘘だろ。なんで……。

 実の親にでさえ、受け入れてもらえなかったのに……。

 なんで他人の俺なんかを、受け入れてくれるんだ……。

 

「優。もうそろそろいいか?」

「……な、に?」

「抱きしめたいんだけど。ずっと待て状態なんだけど、俺」

「…………なあ琢磨。お前……本当に俺が好きなの?」

「は? 昔からずっとそう言ってるだろ」


 答えながら、俺の頬を両手で包んで、親指で涙をぬぐってくれる。

 優しくてあったかい、琢磨の手。

 

「俺男だよ……? お前女が好きだったろ……」

「うーん、それな。ただ付き合ってただけで、好きじゃなかったんだよな」

「……嘘だろ?」

「ほんと」

 

 琢磨の顔が近づいてきて、そっとふれるように、まぶたにキスを落とす。


「俺は、今までもこれからも、優しか好きじゃない。優だけほしい」


 次から次へと流れる涙を、琢磨は指で何度もぬぐいながら、次は額にキスをした。


「なあ優。さっきのあれって本当?」

「……あれ、って?」

「俺に操を立ててくれてるってやつ」

「……っは? だから違うってっ。ただ他に好きな人が現れなかっただけでっ!」

「じゃあ、本当に……俺だけなんだ。優を抱いたの」

「……そ……そう……だよ」


 次は、頬にキス。


「嬉しすぎて、泣きそうなんだけど」


 次は、鼻の頭にキス。


「…………琢磨……」

「ん?」

「……俺……」

「うん」

「……俺、本当に言ってもいいの……?」

「なに?」

「六年間ずっと……心の中でしか言えなかった言葉……」

「うん、教えて」


 涙が邪魔で、琢磨の顔が見えない。

 でも、琢磨の手のぬくもりが頬に伝わる。

 手を伸ばすと、琢磨にふれられる。

 もう二度と会えないと、ふれられないと、思ってた。

 その琢磨が、俺を迎えに来てくれた。

 まだ信じられなくて。でもすごく幸せで、心が震える。


「……俺……琢磨が……好きだよ。ずっと……ずっと琢磨だけ好きだった……」

 

「…………やっと聞けた」


 琢磨の顔は涙で見えなかったけど、まるで破顔した顔が見えるような声色で。

 嬉しくて胸が熱くなった。

 

 琢磨の唇が俺の唇に優しくふれた。

 ついばむように、何度も何度も、優しいキスが降る。

 嬉しすぎて、頭の芯がしびれた。

 

 唇が離れていって、ぎゅっと強く抱きしめられた。

 六年振りの、あったかい琢磨の腕の中。

 幸せで胸がいっぱいになった。


「琢磨……好き……」


 琢磨の肩に、頬をすり寄せる。

 

「…………やばい……手の震えが止まんねぇ」


 背中にまわった琢磨の手から震えが伝わる。


「……お前、どんだけ俺のこと好きなの……」

「は? 何年後しの想いだと思ってんだ」

「六年だろ」

「ばぁか。十年だよ」

「……は?」


 十年って……計算合わねぇだろ。

 俺だって、九年なのに……。

 …………え?

 


「優。実はもう一通手紙あるんだ」

「……え?」


 琢磨は俺から身体を離すと、またポケットから封筒を取り出した。


「まさか……」

「うん。優のご両親から」

「は……なんで……今さら」 

「大学卒業したあと、お前の消息が本当につかめなくなって、お父さん青くなって優のこと探したんだって」

「…………はぁ?」

 

 さすがにそれは嘘だろう、あり得ないと思った。

 だって俺は、勘当されて家を出たんだから。

 そんな馬鹿な話があるわけない。

 琢磨は俺の顔を見て、苦笑した。


「本当だよ、優。しばらく探して、あるとき住民票で分かることを知ったんだって。定期的に住所の確認して、ちゃんと生きてるって安心してたって」


 ……なんだ、それ。……だったら連絡くらい、くれたっていいだろ。

 大学のときは、連絡先が分かってたって何も寄こさなかったくせに。


「……つうかお前、出禁食らってるって言わなかったか……?」

「ああ。優をたぶらかした男には何も教えんっ! ってね。でも優をもらいに行きますって言いに行ったら、探偵まで使って探し出したって知って、本気だってやっと認めてくれた」

「………………なんか、夢物語にしか聞こえないんだけど……」

「読んでみろよ」


 そう言われて、恐る恐る封を開けた。

 便せんは二枚。一枚目は母さんの手紙。


 たまにこっそり会いに来てたこと。

 逃げられるのが怖くて、声がかけられなかったことを謝っていた。

 でもそれよりも信じられないことが書いてある。

 

『お父さんね。優が同性愛者だって話してくれたとき、それを誰かに話したか? って聞いて、友達に話したって答えた優に怒ったでしょう。あれは世間体を気にしたからじゃなくて、自分に一番に相談してもらえなかったことが悲しくて、すねてただけなのよ』


 ……は? 嘘だろう?

 そんなことで俺は、六年も孤独に耐えたのか……?


「なんで……言わねぇんだよ……。連絡くらい寄こしたっていいじゃねぇか……」

「優は、なんで連絡しなかったんだ?」

「は? だって向こうが連絡して来ねぇのにこっちからなんかできねぇだろ……」

「そういう頑固なとこ、お父さんにそっくりだよな」

「……は?」

「お父さんも、同じだったんだよ」

「……なんだ、それ……」


 ガキの喧嘩かよ……馬鹿じゃねぇの。

 六年も……。

 

 二枚目の手紙はきっと父さんから。

 何が書いてあるのか早く確かめたくて、便せんをめくった俺は、面を食らった。


 たった一行のその手紙に、俺は吹き出した。

 六年ぶりの息子への手紙に、何書いてんだよ。

 

「何がおかしいんだ?」

「父さんの手紙」

「見てもいいか?」

「見ろよ」

「…………ふくまる屋の羊羹を買ってきてくれ……?」

「子供んときよくお使いで買ってきてたんだよ、そこの羊羹。まさか六年ぶりの言葉がそれって」


 笑いが止まらなくて腹が痛くなった。

 なにかよくわからない感情で胸がいっぱいだ。

 

「……ふっ……ぅ……」


 気がついたら涙がボロボロ流れて止まらなくなった。

 俺はもう孤独じゃないんだ。

 父さんも母さんも、こんな俺でも息子だと思ってくれるんだ。

 それから琢磨も、琢磨のご両親も……。

 

 琢磨が幸せを運んできてくれた。


 琢磨の首に腕をまわして、ぎゅっと抱きついた。

  

「お前……まるで天使みたいだな」

「え?」

「幸せを運ぶ天使。……全然、天使っぽくねぇけど」

「ははっ、なんだよそれ」


 琢磨は笑いながら、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。

 

「週末、ご両親に会いに行こう」

「……うん」

「結婚の挨拶だからな」

「……は? だから男同士は――」

「パートナーシップと養子縁組とどっちがいい?」

「……本気?」

「当たり前だろ。お前と家族になりたい」


 今まで感じたこともない幸福感で胸がいっぱいで、叫びたくなった。


「……うん。俺も、琢磨と家族になりたい」

 

 二人で微笑み合ったあと、深く深く唇を合わせた。


 琢磨のいなくなった世界は色がなくて、灰色で沈んだ毎日だった。

 

 でも琢磨が、俺の世界に戻ってきた。

 

 幸せをたくさん運んできた琢磨。

 あたたかい愛で包んでくれる琢磨。

 

 もう二度と、俺を離さないで。

 ずっとずっと、そばにいて。


 大好きだよ、俺だけの天使。



 

end

 

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