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090.大かがり火の夜に~その6 大人たちの第二部

 ルカが空き地に戻ると一気に人気ひとけがなくなったように思えたが、遠くで野太い笑い声がして、大人たちの時間が始まったのがわかった。


 うろうろしているとナッツが声をかけてきた。東端の小かがり火の近くで串焼きなどが供されており、そこで食事をとった。

 リヒトたちのいた場所と違い、敷物や長椅子などが間隔をあけて設置されている。


「ここはさっきまで貴族の生徒たちがいたんです」


 ナッツがルカの視線の先を追って教えてくれる。そういえば職員向けの説明会の日に、一部の貴族の子どもたちは参加すると聞いていた。もっとも、ルカの見回りルートには入っていなかったので今日見かけることはなかった。


「貴族の子どもたちはほとんどが王都の家や領地に帰ったんですよね。一部強く参加を希望した子が残っただけで」

「そうなんですよ。だからその子たちだけのために観覧席を作ることになったんです。地べたに座らせると親たちになにを言われるかわかったもんじゃありませんから。せっかく作ったので、我々が流用することにしました」


 余計な仕事だったのだろう。ナッツはわかりやすくぼやいた。だが、貴族の子どもたちも慣れない庶民的なダンスをしたのだと目を細めて話したのを見るに、生徒として可愛くは思っているようだった。



「そうだ、今夜コクトー先生は来ているんですか?」

 ルカは魔術学校事務局の役付きであるナッツであれば知っているのではないかと思いいたり聞いてみる。


「え? ああ、いらしてますよ。たぶんいまは……何度か塔守の威嚇(レイブンショット)が撃たれているので、防衛の魔術具に魔力注入に行ってるんじゃないでしょうか。彼の魔力量は遊ばせておくには惜しいですからね」


 どうやらすれ違いになってしまったらしい。


「なにか用事がありました?」

「いえ。あれから、体調はどうかと思いまして」

「ううん、どうでしょうね。まだ復帰は難しいかもしれません。今日いらしたのも、よく眠れないようで、オクノ先生特製の眠り薬をもらうのが目的だったんですよ。もともとは別の日に予定をしていたんですが、サンダー団長に知られて……というか、私が密告リークしたんですけど、『せっかくだから大かがり火の夜にしろ、魔力を寄越していけ』と言われたそうで、今日にずらしたんです」

「そうだったんですね」


 コクトーはわざわざ予定を合わせて魔力を上納に来ていたのだ。


「ですからすでに眠り薬を受け取っていれば魔力を献上してそのまま帰ってしまうでしょうが、まだならオクノ先生のところに寄るはずですね」

「なるほど」



 ルカは食事を終えると、ナッツと別れオクノを探すことにした。空き地のいたるところに小さな集まりが点在しており、小かがり火の近くにたむろする者もいれば、その小かがり火から火をもらってきてさらに小さな焚き火をしている者もいた。大人たちは慣れた様子で、子どもたちよりよほど自由に過ごしており、酒を持って陽気に笑う男性教師たちの姿も見られた。



 大かがり火を通り過ぎ、人が出ているところではエルダーの森に一番近い場所で、焚き火をしているオクノを見つけた。平岩に腰かけて、ガジュラと談笑している。

 ガジュラがまずルカに気づき、手を上げて誘った。二人の傍らにも酒瓶があり、小さな盃を手にしている。オクノも顔を上げて近くに来たルカを見た。


「こんばんは」

「弟はおとなしく寝たかい」オクノが挨拶代わりにしゃがれ声で尋ねた。

「なんとか部屋には帰しました」

 その部屋がリヒトの部屋なのかフッタールの部屋なのかは、ルカは聞いていなかったので知らない。

「ふふふ」

「どうだ。魔術学校の大かがり火は」ガジュラもくつろいだ様子だ。彼が絨毯に乗せていたたきぎを一本足すと、火がぱちりと小さく爆ぜた。


「驚きました。とくに……大かがり火のヴェスタに」

「そうだろう」ガジュラは満足げに目を細める。

「それにこんなに賑やかにやるのも」

「へえ? 門の向こうは賑やかじゃないのかい?」オクノは門の外をあまり知らないようだった。

「私の村だと、確かに酒を飲んで騒ぐ者もいたのですが、たいてい家や集会所の中でのことです。かがり火も、ここの小かがり火よりずっと小さなものがひとつだけで、それは広場で厳かな雰囲気のなかで焚かれていました。こんなに大規模で、みなで祭りのように騒ぐのは初めてです」ルカは村の様子を頭に思い描きながら話した。


「女の子と踊ったかい?」

「え? いえ、とくに。見回りをしていたので」スカーレットと話しこんでしばし職務放棄していたのは言わないことにする。

「なんだい。気の利かない奴らだね」

 オクノがガジュラをひと睨みすると、ガジュラはたいして気にしていないようで酒盃しゅはいをあおり喉の奥で笑った。

「人間が陽気に騒ぐのはいいことなんだ。生きている者の力を示すことで闇の力を押し返す助けになる」

「そうなんですね」

「今年はいいね。音楽を奏でて、子どもたちが元気に踊って」

「ああ」ガジュラもうなずく。


「とりあえず、一杯どうだい」

 オクノが酒瓶の隣に置いていた、ウルハイ族の鏡の飾りのついた巾着から盃をひとつ取り出した。


「いえ、私は酒は」

「苦手か」


 ガジュラの問いに、ルカは一瞬言葉に詰まった。


「飲んだことがないんです。成人したのがちょうど村を出て王都に来る旅の最中で」

「そうだったのか」


 国でも村でもとくに飲酒に規制はないが、慣例として成人するまでは飲まない。成人したらその祝いに町や村で大勢で食事をし、ついでに振る舞われるので、そこで初めて口にする者が多い。


 ルカは成人を村を発ったあとで迎え、その後も未成年のリヒトがいるのに酔ってみたいと思ったことがなかった。ハンターズギルドの受付嬢から食事に誘われたときに乗っていれば、あるいはそのような機会もあったかもしれない。



「ちょっと飲んでみなよ」

「嫌なら断われ」


 少しいたずらっぽく目を輝かせてオクノが酒瓶を傾けると、ガジュラは顔をしかめてルカに忠告した。


「だって一滴も飲めないのか、ちょっとくらいいけるのか、知っといたほうがいいじゃないか」

「一滴も飲めなかったらどうするんだ」

「べつにこの子が今夜酔いつぶれたからって誰が怒るって言うんだい。連れてきなよ絞め上げてやるから」

 なるほど、魔術学校の女性は強い。


「まあ、本当に嫌ならいいんだよ。とくにあんたは狩人だ。平衡感覚が狂うのが極端に嫌だってこともあるだろうし」


 ルカは少し悩んで「一杯だけいただきます」と言った。たしかに自分の体質がどうなのか、知っておいたほうが良いような気がしたのだ。


「そうかい!」

「ひと舐めしてみて無理だったら、残りはオクノが全部飲む」


 ガジュラの言い切りに、オクノは当然だとばかりうなずく。たいへん頼もしい。ルカは盃を受け取って透明な橙色の液体を受けた。焚き火に照らされて表面が黄金に揺らめく。



「甘いから飲みやすいよ」

「そうなんですね」

「カランを漬けた酒なんだ。強いからちょっと水を入れてやる」

 オクノはガジュラに無粋な者を見る目を向けたが、ガジュラは知らん顔でルカの手元の盃に〈水石(ウォーターストーン)〉を使って水を足した。


 匂いを嗅ぐと甘いカランの香りが先に来て、あとから騙し討ちのように酒精の刺激が鼻をついた。


「あ、待ちな。私らは酒を飲むときにいつもこう言うんだ」オクノはそう言って自分の酒盃にも手早くカラン酒を注ぎ、くい、と上げた。「ディ・アニマ・クアンケス・エラントレ」

「……なんですって?」


 オクノはルカが聞き返したのをいったん無視してぐっと盃をあおり、その一口で飲みほしてしまった。そしてにんまりとして鼻から息を抜いた。「ウルハイ族の乾杯の言葉さ。こちらの言葉に直すと、『精霊は強い酒がお好き』ってとこかね」



「ディ・アニマ……」

「クアンケス」

「クアンケス……」

「エル・アントレ」

「エル・アントレ」



 ルカは盃のふちに口をつけ、わずかに傾けてほんの数滴分のカラン酒を舌に乗せた。薄めてもらったのに、カラン酒の乗った輪郭を縁取って痺れる刺激が走る。元がかなり強いのだ。舌の上の液体をじんわり口の中に拡げていくと、たしかに甘くカランの風味が鼻に抜けた。


 美味しいと思った――途端、目の前にばちばちと小さな火花がいくつも爆ぜた。



「え? あれ?」



 ルカが咄嗟に片目を押さえるが、小さな火花ははじけ続けている。



「どうした?」

「ルカ?」



 二人の反応から、この火花は自分にしか見えていないのだとわかった。

〈変装石〉に魔力を吸い取られたとき初めて感じた、胸の中央が動く感覚が思い出される。そこから細い管を通じてなにかが流れ出た。リヒトはそれが魔力だと言っていた。その胸の中央、大元が暴れているような感じがした。爆発しそうだ。思わず胸を押さえると、火花のなかに、急にマーカーが現れた。意識的に出したものではない。マーカーは小刻みに点滅しては不作為にかすれた。安定していない。このようなことは初めてだった。



(なんだこれ)



 ルカがマーカーを見定めようとすると、火花はその数を減らした。そしてかすれたマーカーの右上になにか表示されていることに気がついた。



(文……字?)



「もうやめておけ」

 ガジュラがルカから盃を取り上げて言い、ルカは我に返った。マーカーも文字列も消え、火花も完全になくなってしまっていた。

「はじめてでこんな強い酒はよくない。驚いているではないか」ガジュラに非難を向けられたオクノは「様子見の、ほんのひと舐めだったじゃないか」と肩をすくめている。


 ルカは酒を飲むのが初めてなので否定はできないが、村で見かけたことがある酔っぱらいは千鳥足になったり目がとろんとなったりして、自制が効かなくなるものだった。自分に起きたことは、なにか違うことな気がする。どちらかというとルカの感覚はむしろ鋭敏になり、研ぎ澄まされたようだったのだ。



「残念だねぇ。飲み仲間が増えるかもと思ったのに」

「一人で飲んでいろ」

「なにさ。人がせっかくコクトーが持ってきた上等の酒を分けてやったっていうのに」

「え、コクトー先生、もうオクノ先生のところに来てたんですか」


 ルカは聞こうと思っていた名前が急に飛び出してきたので話を向けた。


「ああ、日暮れ前に医務室に来たから、眠り薬を渡してやったよ。それで近況を聞いたりしててね。一緒に〈遠見レンズ〉で大かがり火の点火を見たあと、そろそろ行くと言って、酒を置いて出てったよ」

「魔術師団本部に行ったんだ。魔獣討伐を少し手伝ってからにすると言っていた」


 酒を渡されたオクノはコクトーの話をもう聞いていなかったようだ。いま初めて知ったような顔でガジュラを見た。

「休職中なんだから楽すればいいのに、要領が悪いねえ」


 しかもそのあと魔力を吸い取られるのである。


「会いたかったのかい?」

「私の絨毯で送ってやろうか」


「いや、もう完全にすれ違いになってしまったようなので、今日は諦めます。プルメリアがコクトー先生の様子を気にしていたので、会えたら聞いておいてやると言ったのです」

「そうか。まあ元気とは言えないが、もともとそんなに溌溂はつらつとした男でもない。プルメリアは明日も飛羊アウルルクのところに連れていくことになっているから、私から伝えておこう」

「ありがとうございます」

 ガジュラのコクトーへの評価は聞き流し、ルカは礼を言った。

※2024.05.08 脱字修正をしました。

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