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088.大かがり火の夜に~その4 死の行軍

「そうだわ。ルカさまとリヒトに相談したいことがあったの。さっきリヒトと踊ったときに時間ちょうだいって言おうと思ってたのに、なんか怒らせるから話せずに終わっちゃった」

「いま聞こうか」

「うーん……いいわ。だってルカさま、こんなにお話しちゃったあとでなんだけど、お仕事中でしょう?」

「ああ、まあそうなんだが」


 言われてみれば、すっかり話しこんでしまっていた。持ち場内ではあるものの、見回りという点では全然任務に従事していない。ルカは内心、マイスとジャゴンのことをとやかく言えないなと思った。


「今度リヒトと一緒に聞いてくれればいいわ」

「わかった」


 スカーレットに別れを告げ、また見回りに戻った。後日、ルカはこのときすぐにスカーレットとの予定を立てなかったことを後悔することになった。



 ところどころで対魔獣のために飛び交っている魔術師団の絨毯が一枚、ルカのもとに降りてきた。〈遠見レンズ〉のゴーグルをしておりルカが訝しむと、上にずらして人懐こい顔をランタンで照らした。


「あ、マイス」

「やあ。招集がかかったよ」


 マイスに促され、ルカは絨毯に乗せてもらう。いまはまだ見えていない魔術師団本部へ一直線だ。


「それ、サンダー団長だけじゃないんですね」ルカは自分にゴーグルをはめている場合の位置を指差しながら聞いた。

「ああ、望遠の魔術具の形のこと? うん。基本はこのタイプかな。階級によって共有できる視界は制限があるけど、形はレンズがまればとくに決まりはないんだ。いちいち取り出して仕舞ってをやりたくないから、ゴーグル型にする奴が多いね。ホッグが持ってた望遠鏡型のがめずらしいんだ。あいつそういう工夫はすぐするから」

「なるほど」


「そうだ、ルカ。お前これ持っておけよ。リヒトがおあつらえ作るにしたって時間かかるだろ」

 そう言ってマイスは自分と同じゴーグルをルカに渡した。はじめからリヒトのいないところで渡すつもりで用意していたのだ。

「今夜は学校の敷地内から出ることなんてないから、別にいらないっちゃいらないんだけどさ」

 マイスがしゃべるのを聞きながらルカは早速装着してみたが、一気に視界が狭まったのを本能的にいとい、思わず額の上にずらした。

「あー……嫌かぁ」

「すみません。ちょっと横が見えなくなるのは……」

「そうだよなぁ。望遠鏡型でときどき目に当てるくらいがちょうどいいみたいだな。まあいいや。本来正団員にしか強制しないもんだし、嫌がるのに持たせてもしかたないしな。リヒトには冬休み中には作るように言っておいてくれよ」

「わかりました」

 マイスは仰々しく諦め顔を作り、ルカからゴーグルを受け取った。



 人を惑わせる魔術の膜を越え屋上に降り立つ。フッタールとジェットとともに防衛の魔術具のそばに立っていたリヒトが、ルカに気がついて駆け寄ってきた。


「兄さん!」

「リヒト。ここに連れてきてもらっていたのだな」

「うん」


 ここであればどこよりも安全にこの夜を見学できる。ルカはジェットとフッタールにも声をかけ、リヒトたちを引率してくれたジャゴンに礼を言った。


 リヒトら三人はジャゴンの運転する絨毯に乗せてもらい、襲撃してきた魔獣を返り討ちにする様を間近で見てきたばかりだ。それを餌をねだるツバメの子のように首を並べ、興奮した様子で口々にルカに話してくる。余程面白かったのだろうと、ルカは微笑ましくも興味深く聞いた。


「ちょうどいまから防衛の魔術具の説明をするところだったんだ」

 ジャゴンがマイスに、気の置けない友にするように軽く拳を当てながら言った。


 防衛の魔術具の説明を受ける三人を、後ろで一緒に聞きながら見守る。やはり三人は魔術使いだ。ルカが流してしまうようなことにもどんどんと質問が湧いてくるようで、マイスとジャゴンも楽しそうに答えてやっていた。



 ふと、一陣の、身をすくませるような風が吹いた。


「先駆けが来たぞー!」


 大音声だいおんじょうが屋上に響いたかと思うと、連鎖するように魔術学校中で早鐘が鳴った。


 ガンガンガンガンガン!


「先駆けだ!」

「よおし! 今年も蹴散らしてやろう!」


 わけがわからないでいるルカとクプレッスス三人組は、落ち着きなく周りを見回した。

 防衛の魔術具の周りに幾人かが集まってくる。

 ルカは空に、なにか白いもやのようなものが揺らめいたのに気がついた。それははじめ見間違いかと思うようなかすかなものだったが、やがて数を増し、集まってきた。炎の尾を引く松明たいまつの明かりの動きにも見えれば、シーツを頭から被った大勢の子供が、透き通って夜空を飛んでいるようにも見えてくる。


「ワイルドハントの先駆けが来たな。さっそく塔守の威嚇(レイブンショット)を撃つぞ。はじめが肝心だからな。あいつらに『この付近はお前らの狩り場じゃない』ってことを知らしめてやらなきゃならない」


 そう言うとジャゴンは巨大な炉でもある防衛の魔術具の小窓を開け、三人組に見えるように九啼鳥の羽根を一枚追加した。

 いつの間にか少し年嵩の団員が近くに立っていた。マイスとジャゴンの上官で、彼らの仕事を見に来たのだ。それに気づいたジャゴンの顔がやや緊張を帯びた。


「周りの奴らは魔力の補充要員だ。いまから出す一撃は、大量の魔力を使ってこの羽根を丸々一枚燃やし尽くして出す閃光波だ。ワイルドハントはこの威力を出して初めて防衛の魔術具を嫌がる。ついでに魔獣もなぎ払えるし一石二鳥なんだ」


 ジャゴンが簡潔に説明すると、マイスが鐘を一際大きく、一度鳴らした。


 カーン!


 その鐘の音が響くと、来たるなにかを待つようにみなが静まり返った。

 ジャゴンが上官を振り返り、上官が頷いたのを確認して号令をかけた。


「放て!」


 どう、と轟音を上げ、防衛の魔術具はその上部から光を打ち出した。光は防衛の魔術具を中心にして水面の波紋のように拡散し、やがて消えていく。先のジャゴンの説明どおり、上空に集まりはじめていた光の靄は逃げるように散らばっていった。



「今夜はこんな感じでレイブンショットを何度か撃つことになる。補充した魔力を使ってゆっくり燃焼する普段と違って、こうやって鍛えたおっさんたちが八人掛かりでがっつり魔力を注入しないとできないんだ。でもこれはワイルドハントに対する攻撃じゃない。倒せるもんじゃないからな。目眩ましというか、めんどくせえからやめとくかって思わせるためのものだ」


「いま散らばった、空の光のゆらめきが……ワイルドハント? 魔獣とは違うんですよね?」


「そうだ。あれを見ると、この世界には人間でも獣でもない、意思を持った大いなるなにか(・・・)が存在しているとしか思えないだろう?」

 ジャゴンの代わりに上官が答えると、ルカたちは言葉もなく頷いた。


「先駆けが来たからもうこれからは次々と襲来する。レイブンショット(いまの)でここはしばらくのあいだけていくから、少し遠くを見ているといい」


 上官の指さす先、遠くの空に、あの先駆けが一点に寄り集まっていた。ここと違いレイブンショットで蹴散らされないのでどんどんと数が増えていく。やがてそれは重なり合って濃度を増し、ある一定のところまで光が強くなると、まるでカップのふちをミルクが伝うように、とろりと垂れた。


「足が下りる」上官が呟いた。周囲の者はひたすらその様子に見入っていた。


 先駆けが集まった光の塊はゆっくりと粘度を持って垂れていき、その長さをするすると伸ばした。やがて黒い影としか見えない遠くの木々の梢に辿り着き、その先端は隠れてしまった。



「あの足は地上に到達するとしばらく周囲を粘菌のように這い回る。そしてそれが触れたところの生き物は死滅する。獣も、植物も、あまりの冷たさに生命いのちの活動を停止するのだ」

「あの足の真下にいると獣でも急激な気温低下で動けなくなるんだ。それで逃げそこねているうちに凍りつく。大かがり火の夜が明けると毎年調査をしてるんだけど、奴らが這った跡はすべての時間が止まったみたいになってて、春が来るまで溶けないんだよ」

 上官の言葉が途切れたのを見計らい、ジャゴンがつけ加えた。だから魔術学校の上で濃度を増す前に散らさなければならないのだ。



 気づけば光の靄は、空に幾つも寄り集まる点を作り、そこから光の筋が濃淡をもって垂らされていた。四方八方、ぐるりと見回すと、さながら魔術学校が無数の自立する光の長槍に攻め込まれる直前、といった様相であった。


 最初に下りた光の足は、生命の簒奪さんだつに満足したのだろうか、空にするすると戻っていき、寄り集まっていた点が霧散したのが観察できた。



魔術学校(ここ)にも元気な生き物はたくさんいるからな。奴らに目をつけられるのも毎年のことだが、大かがり火と防衛の魔術具、そして我らの守りの魔法陣の力で、毎年一人たりとも奪わせていない」


 上官の誇らしげな説明のさなか、一際強い風が吹いた。誰ともなく、本能的になにかを察知して同じ方角に顔を向けた。

 中央学舎の上空に、先駆けとは明らかに規模の異なる、初めから濃い光の靄が浮かんでいた。馬に乗り、甲冑を着た大男に見える。


「お、将軍(・・)が来たな」

大かがり火(ヴェスタ)を見てろよ」

 マイスとジャゴンは心なしか楽しげだ。


 それまでエルダーの森の方角を見ていたヴェスタがくるりと身を翻し、馬上の男を見据えた。その長い髪が文字通り、怒りに燃えるがごとく逆立った。そして胸のあたりから一層強い火柱が上がったかと思うや、瞬く間に炎の竜巻となって将軍に襲いかかった。凄まじい轟音が響き、ヴェスタの動きと相まって彼女の威嚇のように聞こえる。

 将軍は慌てたように馬を方向転換させ、魔術学校の上から去った。

 ルカと三人組は度肝を抜かれていた。

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