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087.大かがり火の夜に~その3 違和感がないのが違和感、あるいはスカーレットの宿題の答え合わせ

 ルカは点火の様子を大かがり火のさらに奥で見ていた。時間ごとに見回りをする場所が決まっている。とはいえ初めてということで、生徒たちの安全を見守りつつも、サンダーに呼ばれるまでは持ち場の範囲内なら自由に散策してよいことになっていた。


 リヒトたちのいる小かがり火に近づいてみたが、リヒトはダンスを三曲終え、さっそく担当の魔術師団員であるジャゴンのところに行ったようだった。四曲目以降を楽しんでいる者たちの輪のなかには見当たらない。別の場所に行こうと歩きだしたところで、かがり火の近くで座っているスカーレットを見つけた。火の番をしなければならないので、退屈そうな顔で手元の小さな帳面に目を落としている。


「やあ、スカーレット」

「ルカさま!」

 スカーレットは知った声が降ってきてぱっと顔を上げた。

「勉強の復習かい?」

「ええ、少しだけ」スカーレットは話したそうにすぐに帳面を閉じて横に置いた。

「食事はとれたのか? なにか取ってきてやろうか」

「大丈夫よ。交代で取りに行けたから」

「そうか」

「ルカさまは見回り中?」

「ああ。おかげでスカーレットの晴れ姿を見そびれてしまった」

 ルカにそう言われ、スカーレットはうふふとはにかんだ。


 スカーレットと話す機会は久しぶりである。収穫祭のときに少しあったが、あのときはほとんど挨拶のみだった。


「リヒトはあれから君の治癒魔法の見学に行かせてもらってるそうだな」

「ちょくちょくね。怪我した子が出て……擦り傷とかたいてい軽いのだけどね、オクノ先生のところに来るじゃない? それで言われたとおり伝書鳥メールバード飛ばしたんだけど、怪我した子は可哀想だし、あいつがすぐ来られないなら始めちゃおうと思って。そしたら『僕が行くまで待ってろ』とか言うのよ?」

 ルカは苦笑いを返した。たしかに怪我をした子からすればたまったものではないだろう。

「それでその子に『嫌よねぇ?』って聞いたら、なんて言ったと思う? 『でもリヒトには勉強会で世話になってるしなぁ』ですって! なんっか要領いいのよね、あいつ!」

 スカーレットは、生徒によってはいまや小さな傷ができるとリヒトに先に声をかけ「治療行くけど一緒に来るか?」などと誘い連れ立って来るのだと話した。大かがり火の準備期間は怪我をする子がいつもより多く出て、そんなことが頻繁にあったという。ルカはリヒトからそこまでは聞いていなかったので、勉強会が意外なところで功を奏しているのだなと感心した。

「でもスカーレットが付き合ってくれているから、リヒトも勉強になっているよ」

「……ふん、まあいいわ。乗せられてあげる」

 スカーレットは困ったように眉を寄せ口を尖らせながらも頬は嬉しげに桃色に染めるという、ルカが我知らず気に入っている顔をした。




 その治癒魔法見学の約束をリヒトが取りつけたときの会話の流れをルカは思い出した。


「そういえば、治癒魔法の見学と交換に、スカーレットはジュールラックがしていることのヒントをもらうんだったよな」

「ああ、そうね」

 スカーレットはいまのいままで忘れていたように眉を上げた。

「一応もらったんだけど、……結局なんだかよくわからなかったのよね」



 にわかに上空でぱっと光が明滅した。魔術団が魔獣と闘っているのだ。今度は別の方角の地上でも光ったのが見える。

「不謹慎だけど、ちょっと綺麗よね」

「そうだな」

 周囲で級友と話し込んでいる者たちも、さまざまな光が見えるたびにそれを目で追った。魔獣との闘いは離れてみるとさながら光の演舞のようであった。



 話を戻し、ルカはどういったヒントをもらったのか聞いた。スカーレットは膝を抱えこみ、ううんと唸った。

「王都から魔術学校に来るとき、逆でもいいけど……鐘が鳴っているときに門を通ってみろって」

「やってみたかい?」ルカはおもむろに横に腰を下ろした。

「ええ。ちょうど日没の、五の鐘のときにね。とくにおかしなことはなかったけど」

 スカーレットは不満顔だ。

「王都で鐘が鳴っているとき、魔術学校側でも鳴っていただろう?」

「ええ、そうよ。当たり前じゃない。変なことなんてなかったわ」

「スカーレット、星はきれいだろう?」

「え、ええ……」



 ルカはスカーレットとともに頭上に広がる冬の夜空を眺めた。かがり火や討伐の光が煙らせている部分など空のなかではわずかなもので、星々は恐ろしいほどにたくさん散りばめられている。



「私の実家は農家だ。星の運行は作付けの目安にするから、よく星を見た。狩人になってからも、暦の代わりに星空があった」

 スカーレットはうなずいた。

「わたしもそうよ。うちと取り引きのある行商のなかでも、とくに長い行程を旅している人がいるの。そういう人は星の位置を見て『明日ここを発てばちょうどあの土地で、この季節にだけ採れる薬草の加工が終わるころに到着できると判断しながら旅をするんだ』って言ってたわ」

「うん、そうだろう。星の位置は自分がどこにいるかを示す重要なしるしだ」

 スカーレットはまたうなずいた。

「王都の星と、ここ魔術学校の星は同じに見えるんだ」

「そりゃあ、普通そうでしょ?」

「そうかな? 門を通れば、明らかに景色の違うところに出ているのに?」

「……え?」

「離れた場所であれば、日の出や日没の時刻は違うものだ。だから鐘の鳴るタイミングもずれる。星の見え方も違う。まったく違う場所に飛ばされているのなら、変わるはずなんだ。でも王都と魔術学校の時刻は同じで、星の見え方も同じだ」

 ここは王都から少し離れただけの場所などではない。あまりに広大なエルダーの森とその生態系や、スカーレットのまだ見ぬ、南に広がる荒れ地を考えてもそれは明らかなのだ。



「じゃあ、王都と魔術学校が同じ星空で時差もないなんて変じゃない」

「そう、変なんだよ」

「え?」スカーレットは虚を突かれたような顔をした。

「スカーレット。もし私たちが生まれ育った世界と、同じ空を持つ別の世界が重なっているとしたらどう思う」

「重なっているって、どういうこと?」

「わからない。だが私たちが王都にいて、ジュールラックの門をくぐるだろう? その門をくぐった直後に私たちがいつも降り立つ魔術学校手前の草地と、もしジュールラックの門を通らずに一歩踏み進めたとしてその場所は、同じ位置であるはずなんだ。なのに見える世界が違う。同じ場所にいながら二つの……世界が重なっているような状態になってしまっている。あるいは星空が完全に複製された別の場所に転移している――なんて仮定もリヒトとは話したのだが」

「そんな……そんなこと」



 ルカは混乱しているスカーレットを見てもっともだと思い、わざとゆっくりした口調で昨日のことを話すことにした。



「昨日ちょっとした実験をリヒトとしてね。ある……魔術をかけたものにあの輪っかをくぐらせたんだが、輪っかをくぐった瞬間にその魔術は解けてしまったんだ」

 ルカはマーカーのことをそう表現した。小屋ではマーカーが外れたのは感覚でわかっただけだったが、あのあと帰りに再度ジュールラックの門に寄り、目の前で視認した。だからマーカーが外れる瞬間は輪っかをくぐったのと同時というのは確定したのだ。


「……? あの輪っかをくぐると、どんな魔術も解けてしまうの?」

「伝書鳥が飛んでいける以上それはないだろう」

「あ、それもそうね」

 スカーレットは少し考えればわかることだったのでばつの悪そうな顔をした。


「いや、説明が悪かった。……距離を測っていたんだよ。その魔術が、魔術具本体からどのくらい距離が離れても効果が続くのかを調べていたんだ」

「その魔術をかけた魔術具は固定しておいて、魔術がかかったものを徐々に離していって観察していたってことね」

 頭の回転の速いスカーレットはすぐに内容を把握した。

「そう。それでそれまで連続的に魔術が効果を発揮していたのに、門の輪っかをくぐった途端、効果が切れてしまったんだ」

「なるほどね。伝書鳥みたいに魔術具本体が輪っかをくぐっても魔術の効果はつづく。でも魔術をかけられただけの、魔術具ではないものは効果が切れる。あの門を境目にして空間的な分断が存在する……そう言いたいわけね」

「証拠、というほどのことではないのだが」

「立てた仮定に矛盾はしない……」

「そうだ」



「門のこちらの世界と向こうの世界は繋がっていない。でも重なっている……」スカーレットは導き出した仮説を小さく呟いた。

「そう考えるのが自然だ」

「そしてそのふたつの世界をジュールラックはつなぐことができる……」

「そうだ」

 実際に観察できたことを説明するとそういうことになる。そして魔術学校の門番には、その"ふたつの世界をつなげる"という能力がないとなれないはずだ。


「……リヒトがジュールラックに一目置いてる理由がようやくわかったわ。ちょっとすぐには信じられないっていうか……言ってることはわかるんだけど、いえ、わかってないのかもしれないけど……頭がぼーっとしちゃって」

 スカーレットは、ふうぅ、と長い息を吐き、顔を両手で覆ってうつむいてしまった。



 スカーレットの反応はいたって正常なものだとルカは思う。ルカもリヒトも、目に見えている事実のおかしさに気づいてからその発想が頭に馴染んで受け入れられるまで、何度も意見のすり合わせが必要だった。でも「こうでないとおかしい」というのは、変えられなかったのだ。



「気にしなくていいんじゃないか。実際同じ世界でも違う世界でも、だからなんだという話だし」

 ルカが気軽にそう言うと、スカーレットはしばし時間をおいて顔をあげた。


「まあ、そうよね。でもこれだけ生態系が違ってることや、こっちには神話に残るような魔獣が実際に生息してるのも、そういうことなら納得がいくわ。……こっちはいったい、どんな世界なのかしら」

「わからない」そういう帰結しか得られなかった。

「ジュールラックは教えて……くれなそうね」

「リヒトはもう何度か聞いているが、いつも肉だけ食べて真鍮に戻るらしい」

「食い逃げじゃない!」

 犯罪である。

2023.12.31 脱字修正

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