008.帰還と報告
少し帰るのが早すぎたと思い、村付近の森で投擲の練習をしたり野草を摘んだりして過ごした。朝の森の冷たい空気が鼻を通り体を清めるような心地がする。獲物を獲りたい衝動に駆られたが、荷物になり野草と違ってごまかせないので諦めた。
昼前に村の門を入ってそのまま実家に向かう。実家には家族全員のほかにヴォルフと村長がいた。朝からみんなで帰りを待っていたという。時間を潰していたのを申し訳なく思ったが、向こうで検査を終えて徒歩で帰ったらこのくらいになるはずなのでしかたがない。
「で、どうだったね」
村長が代表して切り出した。
「はい。〈移動〉という〈恩恵〉を賜りました」
「〈移動〉?」
何人かの声が合わさった。みな一様に意外そうな顔をしている。
「〈一撃必中〉とかじゃないのか?」
「いえ、〈移動〉です」
父がなんでそんな予想を立てたのか知らないが、こちらとしては正直に答えているのだからどうしようもない。
ルカは〈移動〉と出たから足が速いか確認するために兵士と競争した話もした。
「負けましたね」
「……うん、まあ、相手は兵士だしな」
「そうよね、現役の若い兵士なんだから反則よ」
両親がなぜか慌ててフォローを始める。べつに気にしていないのに。
「〈移動〉とはずいぶん幅の広い言葉だ。短距離走だけでは真価はわからん。現にルカは山歩きでいえば、ひとかどの技術を習得している」
ヴォルフが息巻いて父に鋭い目線を送る。その鼻息はいつかのイノシシを思い出すのでやめてほしい。
父はヴォルフに若干怯えながらもその意見には同意した。そのまま「山歩きに役立つ〈恩恵〉」という理解になり、「実用的な〈恩恵〉でよかったなぁ!」とみんな喜んでくれた。いや、兄だけは一言も話してないので喜んでいるのか知らないが。
その後みんなで昼食をとり、ルカはヴォルフと山小屋へ帰った。
「オスカーを怒るなよ」
帰り道、ヴォルフは急にこんなことを言った。オスカーとは父の名である。
「怒ってないですけど、なんでですか?」
「お前の弓の腕がいいから、弓に特化した〈恩恵〉なんじゃないかと思い込んでいたんだ。俺もだけどな」
ヴォルフはそう言って呵呵と笑った。ルカの前で隆々とした背筋が揺れる。ヴォルフは頑健な体躯を持つ大男だ。齢五十を超えているはずだが、筋肉もみっしりついている。ルカの父も村では背が高い方だが、それでもヴォルフの肩くらいしかない。そんなヴォルフに睨みを利かされた父の青くなった顔を思い出し、ルカも思わずにやりとした。
「もしかして獲物の目に当ててるやつですか」
「そうだよ」
「あれは非力なりに獲物に大打撃を与えるために練習したんです」
あれは神に与えてもらったものではない。自分で一から磨いた技術だ。ヴォルフから盗んだ技術が根底にあるのは否めないが、〈恩恵〉のおかげにされてしまうのは納得がいかない。
「ははは、あれだけ正確だからな。誤解されるのもしかたがない。お前を試した兵士は短距離走などではなく、弓を引かせればよかったんだ。そうすれば、自分たちが金の卵を逃すところだったと冷や汗をかいたに違いない」
「では彼らはもう金を逃しましたね」
「ああ、憐れなことだ」
冗談で乗ってみたのだが、ヴォルフは驚くほど上機嫌だった。
そしてまた山に戻り狩りをして、二年の月日が過ぎた。