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085.大かがり火の夜に~その1 点火

 冬至の日はよく晴れており、朝からどこか浮足立ったような空気が学校全体に流れていた。

 例年通り大人たちだけであったならばそうはならなかっただろう。だが講習を受けたダンスを披露する緊張、魔術師団の活躍を目の前で見られることへの期待、噂に聞く死の行進(ワイルドハント)への恐れとそのなかに潜む隠しきれない好奇心が、子どもたちの心をいっぱいにしていた。



 黄昏に空が染まるころには、空き地にはすでにかなりの人が出ていた。

 事前に取り決めていた班に分かれ、小さなかがり火の周りにそれぞれが陣取る。数人ごとの班は示し合わせた者同士で組んだので大抵は同じクラスだが、どのかがり火の周りに座るかはくじ引きだったので、見慣れない者同士、また学年も違う者同士が隣り合った。各かがり火にはダンスの実行委員が配置され、バルバラら各寮の炊事番も臨時勤務をして食事の準備に当たった。


 今日は当然、勉強会はお休みだ。

 リヒトはジェット、フッタールとともに決められたかがり火の周りに座った。ルカは基本的に職員として巡視の役目がある。



 点火は太陽が薄く霞む稜線にかかり空が翳りきるまでの僅かな時間に行われる。



「点火見たら速攻で走って飯取ってこようぜ」

「うん」

 寒さを紛らわせるように体を揺らしながら言うフッタールに、二人も白い息で答えた。

 野外なので串焼きや薄焼きパンに味の濃い具を巻いたものなど、普段食堂で食べるような食事とはひと味ちがう、今日だけの特別メニューになっている。点火式が終わるまで取りに行ってはいけないと言い渡されているので、食べ盛りの子どもたちはみな、漂ってくる匂いに鼻をひくつかせながら開始の号をいまかいまかと待っていた。


 中心の大かがり火の木組みの前にエーデルリンクが出てきた。いつも通りガジュラとエイプリルも一緒だ。


 シュウウッ…………!


 エイプリルが薄黄色の色音石(のろし)を空に上げた。今回は控えめの音であったが、皆を注目させ静粛をもたらすには十分だった。各かがり火のそばで、エーデルリンクたちの像が空中に浮かび上がった。声もなんの魔術具か、どこにいてもよく聞こえた。


 ――これより点火の儀を始めます。ミグル先生と有志の生徒たちは前へ。

 エイプリルの声が響く。


 点火は慣習として女性の役割だった。魔術学校の女性教師が毎年持ち回りで点火を担当していたが、今年は魔法使い・魔術使いの生徒から希望者を募り、ミグルと一緒に点火することになった。生徒は男女を問わず希望者はみな参加できたが、点火番は交代で点火後の火の番もせねばならず、リヒトは魔術師団の見学にも行きたかったので今年は見送ることにした。


 点火番の生徒の列にはスカーレットもいた。

 スカーレットはリヒトに「やってこい。それで、あとで間近で見たことを細大漏らさず報告しろ」と言われ腹を立てたが、オクノにも「良い経験になるから」と言われたのでしかたなく希望したのだった。



 空は紺の混じった水色が薄灰を通じ、西の端に残る落陽に収束した。ちょうどよい頃合いだ。




 ――さて、今年も闇の住人が勢力を伸ばし、我らの地をおびやかす夜がやってきた。


 エーデルリンクが話しはじめる。


 ――魔術学校はエルダーの森をはじめとする、この地の強い魔力の影響により、死の行軍(ワイルドハント)が我々にもよくわかる形で顕現する。そして門の外、皆がこれまで暮らしていた土地よりもはるかに深く死に近い闇がこの夜を包み、彼らの取り分を奪っていくだろう。



 みなはエーデルリンクにつられるようにして空を見上げた。美しく透き通った空に、ささやかな星が煌めきはじめている。



 ――しかし、その夜にこそ、希望は灯る。それははじめはとても小さな火。しかし太古より連綿と受け継ぎ守られてきた、生きる者の力の火。今夜ここで闇に立ち向かい、我らは次の一年を手に入れる。誕生と成長、営みと衰え、そして死と再生のすべてのために。



 エーデルリンクが言葉を切ると、男性教師が天鵞絨てんがじゅうの布がかけられた金色の角盆を両手で運んできた。布を剥ぎ取ると黒水晶の大きなクラスターが姿をあらわす。中心部に、ほのかに赤い光が灯っており、それは炭に残るおきのようにも見えた。


 ミグルがエーデルリンクのすぐそばまで進み出て、その水晶に息を吹きかけた。すると中心部で光っていたものがするりと水晶の外に出、それは松明たいまつ程度の大きさの炎となってミグルの天に向けた手のひらの上にやや浮いて乗った。


 つぎに点火番の生徒たちが順番にミグルの前に進み出て、両の手を水を掬うような形にする。そしてミグルが自分の炎にふっと息を吹きかけると、マッチに灯るほどの小さな火が生徒の手に分けられた。


 火が全員にいきわたると、点火番たちは小さな木組みの周りに数人ずつ分散した。一番東の学校よりの小かがり火が最初の点火になる。そこの担当となった子どもたちが木組みの周りで声を揃え、


「火の精霊ヴェスタよ。炎の祝福を我らに」


 と大かがり火の夜のお決まりの文句(・・・・・・・)を言って、手元の小さな火に息を吹きかけた(門の向こうと違うところといえば、門の外では「火の精霊」ではなく「火の女神」ということくらいだ)。すると火は木組みに勢いよく飛びこみ、中に仕込まれていたおがくずに燃え移った。それはまもなく木に燃え広がっていき、やがて安定した炎となって周囲の子どもたちを照らしだした。


 順番に点火は進み、リヒトたちのいた西端の小かがり火にはスカーレットがやってきた。これまでと同様お決まりの文句を言い木組みから炎があがると、スカーレットの髪が本物の炎のように光り輝いた。

「スカーレット、様になってんじゃん」

 フッタールがリヒトに耳打ちをする。

「ちゃんと観察してんだろうな、あいつ」

 近くにいたほとんどの生徒が無意識に彼女に見惚れるなかで、リヒトは木組みに仕込まれた魔法陣に火が走っていく様子を間近で見られる羨望から天邪鬼あまのじゃくな言葉をこぼした。

「これだよ」

 フッタールが肩をすくめ、ジェットは苦笑いした。安定した炎の熱に周りの者たちは自然、暖を取ろうといざって輪を縮めた。




 すべての小さなかがり火が炎をあげると、最後はいよいよ中心の大かがり火の番である。点火時、大かがり火の周りに生徒たちが近づくのは禁止されていた。ミグルが一人で大かがり火の前に戻る。エーデルリンクたちはいつのまにか少し距離を取っていた。


「火の精霊ヴェスタよ。我らにこの夜を乗り越える力を与え給え。灰をかぶせ守りしおきに再び炎を起こし、襲い来る闇を打ち払い給え。炎の祝福を我らに!」


 ミグルが手に乗った炎に息を吹きかけて大かがり火に移す。すると木の表面に細かい炎が走り、魔法陣を浮かび上がらせた。魔法陣から跳ねてなかに飛び込んだ火は、木組みのなかを火の粉を撒き散らせながら激しく暴れまわりはじめた。そのさまは喩えるならば火でできた蝶か妖精が踊り狂っているようであった。薪に当たってはひとつだったものが二つ、四つ、八つと増え、すぐに木組みのなかは火花と暴れまわる火の蝶でいっぱいになった。すさまじい量の火の粉が隙間から、時折霧雨のように噴き出してくる。ミグルは自身に降り注ぐのを気にもしないで炎が上がるのを見守った。

 大きな炎の柱が轟音とともに天に立ち上がった。かなり離れている小かがり火の周りにいた生徒たちにも、その熱が伝わってきた。


「やっばいな、あれ」

「ミグル先生、なにか熱から体を守るための魔術具、持ってるはずだよね」

「じゃないと無理だろ」


 炎は一度立ち上がったあと大蛇がうねるように暴れ、やがてそれは不思議と見る者にとある形を彷彿させた。炎である。炎であるのだが、細い二つの枝のような部分を生やし、頂点に一度ふくらみを持って長いものを――髪を、たなびかせているように見えたのだ。


「……ヴェスタ?」


 どこからともなく声があがった。そう、かがり火の木組みの部分をドレスのスカートのようにして、炎でできた女性が現れたのである。

 ミグルが声を張り上げる。


「ヴェスタが今年も降臨された! ときをあげよ! 勝利を我らに!」


「応!」と遠くに散らばっている魔術師団たちの声が響くと同時に、各小かがり火の炎が一斉に大きくなった。


「うわっ!」

「熱っち! 熱っち!」


 生徒たちは目の前の炎の勢力におどろき、思わず声をあげる。油断して言われていたのより近づきすぎていた生徒には、少し火の粉がかかってしまった。


「あっぶねえなあ」

 怯えを含んだ虚勢の声が弱弱しく湧き起こった。


 ――以上で点火の儀を終了します。このあと、ダンスまでは自由時間です。各自食事を取るなり、見学をするなり好きにしてください。敷地内からは出ないように。


 生徒たちがおどろいているあいだにミグルは引っ込んでおり、エイプリルが淡々と終了を告げた。

 初めて生徒たちを立ち会わせ式として実施した大かがり火の点火は、実績のある入学式などとは違い、いささかつっけんどんな印象を残して終了することとなった。

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