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083.リヒトと〈恩恵〉実験 その2(1/2)

「ありがとうございました」


 プルメリアはガジュラに女子寮の下まで送ってもらい、絨毯から軽やかに降り立った。

「ガジュラ先生はかがり火づくりの仕上げでしたよね」

「お前が言うと飛羊の耳飾りでもつくるように聞こえるな」

「うふふ。それじゃあ、また明日の朝に」

 手を上げかけたプルメリアに、ガジュラはおやという顔をして言った。

「明日は大かがり火当日だ。部屋でゆっくりしていればいい」

「ガジュラ先生。私は奉仕活動という罰を受けている真っ最中なんですよ?」

 プルメリアが腰に手を当て、なぜか威張って返す。

「うむ……まあたしかにそうなのだが」

「それに、明日の朝もあの子達の顔見たいんです。あの子達が自然の一部であることはわかっています。でも……ううん、だからこそ、明日もみんなの顔見たいんです」

「わかった」



 ガジュラは空き地へと飛んでいき、プルメリアは平民女子寮の自室へと続く階段を昇りはじめた。

 無意識に今日の会話を頭の中で反復し、両親に預けてきた、初めて契約した小さくておとなしい魔獣に思いを馳せた。

(あの子は……防衛の魔術具が働いている王都内に入れるために、首輪の魔術具をつけられていた)

 王都内への魔獣持ちこみはすべて手続きが必要で、そういうかせは管理を徹底するだけでなく、恐怖心を麻痺させる魔術具が取りつけられている。大昔の、そういう魔法の使い手から作られたものだ。あれがあるおかげで、普通なら怖がってしまう魔獣を王都内に連れこむことが可能になっている。とはいえ王都で魔獣を実際に見かけることはほとんどない。酔狂な貴族が安全で見目麗しいものを欲しがることがあるくらいだが、彼らも飼いたければ魔獣使いとセットで自領に持ちこむほうが自由が利くので、王都で買ったとしてもすぐに持ち出されるのだ。収穫祭のときでさえ表立っては見かけなかった。先ほどリヒトたちには市場で買ったと言ったが、正直なところあまり治安の良いとはいえない裏路地の露店で買った。荷車の陰に隠すようにして布のかかった小さな籠が置いてあり、魔獣使いの嗅覚か、震える小型魔獣を見つけ出し買いつけたのだ。魔獣を寄せつける薬のことではずいぶんと叱られたし、事実反省もした。だが裏路地巡りをやめるつもりはない。ああいった人目をはばかるようにして存在する怪しげな店というのは、不思議と人を惹きつける魅力を兼ね備えている。冬休み中にもなにか出物がないか見に行くのもいいかもしれない――とプルメリアは一人微笑んだ。


 記憶とともに、キュッ、キュッ、という可愛い鳴き声が耳に蘇る。


(あの子、はじめは怯えていたけれど、最後のほうはかなり心を開いてくれていた。どうしているだろう)

 プルメリアの生家があるのは王都ではないので両親に預けるときにあの首輪は外してあげた。感覚が狂うものをつけ続けるのは可哀想だ。

(……あれ?)

 自室に入り、自重で勝手に閉まった扉を背に立ち止まる。

(そういえば飛羊たちはああいう首輪、つけてない。……まあでも、防衛の魔術具のある魔術学校から放牧地までは距離があるし、王都から魔術学校にさえ来てしまえば外しても問題ないんだよね、きっと)

 いまあれだけ健やかに生きているということはそういうことだ。そう自分で自分を納得させたものの、なんだかもう少し考えることがあるような気がしている。しかし思考を深く巡らせようとしたそのとき、プルメリアの帰室に気がついたルームメイトが声をかけた。そして心に芽生えたわずかな引っ掛かりはいったん霧散してしまったのだった。





 プルメリアが小さな魔獣との出会いを振り返っていたころ、小屋では兄弟が向かいあって実験の準備を終わらせたところだった。

「さてと、じゃあさっそく始めよっか」


 リヒトはガジュラの絨毯が飛び立つとすぐに小屋へ入り、暖炉に設置してある魔術具で火を熾した。そして運び込んだ木箱を引きずってくると、蓋を開け、贅沢セットをテーブルに出した。当然、木箱の中身はこちらがサンダーにねだったものなので把握しているし、届いてすぐに確認もしている。それらを改めてルカに説明しながら綺麗に並べ、満足そうにひとつうなずいた。


 魔術具は仕組みさえわかれば魔術使いなら作れてしまうのではと門外漢には思われがちだが、いかにリヒトが優秀とはいえまだ学生として勉強中の身だ。なにもかも作れるというわけではない。また魔術具の中には〈空飛ぶ絨毯〉のように、特定の材料がないと作ることができない「特定魔術具」と呼ばれるものもあり、その特定の材料がどこかの店にいつも必ず在庫があるとは限らない。手に入れる手間と自分で作ってみたいという好奇心、空き時間確保などの要素を鑑みると、既製品を選択することのほうが基本的には多くなるのだった。


「先に伝書鳥メールバードだけ飛ばしちゃおう。どうせ時間かかるし」

「そうだな」




 伝書鳥は、今日は距離の限界値を調べるのに使う。

 リヒトの考えた距離の調べ方はこうだ。

 まず、クリップ型で表示用の小さな琥珀が嵌めこまれた、極めて軽い小型の距離計がある。これは二つで一組の魔術具であり、二つの間の直線距離を出してくれる優れものだ。ルカは感覚でマーカーの位置がわかるとはいえ、正確な数字にするとなると難しい。リヒトとしてはぜったいに欲しい魔術具だったが買えばかなり高価なものなので、借りられて助かった。


 ひとつはルカが持ち、もうひとつはルカのマーカーとともに伝書鳥に取りつけて飛ばせば、あとはルカもリヒトもマーカーが外れるまで暖かい部屋で待つだけだ。ルカがマーカーの外れたのを感知したら、手持ちのクリップでその瞬間表示されている距離を見ればよい。


「伝書鳥はジェットのつくったのを流用させてもらおう」

 それは直線的に飛んでつばめ返しに戻ってくる飛行パターンが組み込まれたものだ。リヒトがてきぱきと準備をするのを見ながら、ルカはふと疑問が湧いた。

「なにもこちらに戻ってくる伝書鳥じゃなくてもいいんじゃないか?」

 ルカの問いにリヒトは顔を上げ、続きを促すように首を傾げた。

「父さんたちやヴォルフに飛ばすんだって、かなりの距離を飛ぶはずだ。それなら戻るまでの時間を待たなくてもよいし」

 そう言うと、リヒトはにやりと笑った。「確かに門の外でやるならそれでよかったんだけど。……というか、せっかくだからそれも試しておくべきだね」

 リヒトの意味深長な言い方でルカも気がついた。「ああ、なるほど」




 小屋の窓を開けて伝書鳥を飛ばす。飛羊アウルルクのいる荒れ地に向けて小さくなっていく影を見、寒さから逃れるようにしっかりと窓を閉めた。


「どう?」

 ルカが失くさないようにとペアの距離計を袖口につけているのを見てリヒトは聞いた。

「うん、きちんと作動している」

 ルカは小さな琥珀の中で数字がぐるぐると変化し、距離が伸びているさまを見せた。

「大丈夫そうだね。じゃあ、せっかくだから父さんたちに伝書鳥書こうか」

 リヒトは木箱に一緒に入れてきた自分のペンとインクを取り出すと、近況を簡単に書き、ルカも冬を無事に越せるようにと祈りの言葉を添えた。余っていたふたつ目のマーカーをつけ、こちらも小さく窓を開けて放った。これは行き先が門の向こうなのでジュールラックのほうへと飛んでいく。




 暖炉のなかの炎の魔術具の火力を調整し、お茶を淹れたところで、ルカが「あ」と気がついた。

「ジュールラックの門の上の輪っかを越えたな」

「あ、外れた?」

「ああ」


 ふたつ目に放ったジュールラックのほうへ飛んでいった伝書鳥から、マーカーが強制的に外れてしまったのがわかった。以前の実験でやった、熱されてみるみる小さくなっていく水の玉から外れたときと同じ感覚――ルカの意志ではなく、マーカーがもうついていられず解放される感覚だ。


「やっぱりなぁ」

「リヒトの予想通りだったな」

「えへへ」


 リヒトはさっそくそのことを報告書に書きはじめた。その用紙もサンダーが送ってきた木箱に入っていたものだ。


「報告書用の紙まで用意してくるなんて、至れり尽くせりだな」

 周到なサンダーについ呆れまじりの言葉が漏れる。リヒトはいったん手を止めて、書きかけの紙を光に透かすようにして持ち上げた。


「この紙も魔術具のひとつなんだよね。目を凝らすと透かしみたいにうっすら見えるけど、魔法陣が紙自体に織りこんであるんだ」

 かすかに浮かんだ模様をルカに見せる。「これは僕も初めて見るけど、書き手とサンダー団長以外の魔力を感知すると……かなりひどい目に遭うようになってる」

「どうなるんだ」

「この紙から十日は落ちないインクが飛び出してきて覗き見しようとした奴の顔一面に降りかかる。それからこの紙は即座に燃えて灰になる」

 文書がなくなり、十日も顔を真っ黒にしていればさすがに犯人だと気づかれてしまうというわけだ。


「それって私がその報告書を触ってもそうなるのか?」

 さっきからリヒトの文章を覗き見していたので気が気でない。


「大丈夫。ほら、紙の右下にふたつ、小さな星のマークがあるでしょ?」リヒトはふたつ並んだ六芒星の右側を指差して言った。「ここに書き手が書き終わりのサインとして魔力を流すことで『封印』になるから、封印するまでは誰でも触れるね。だからその前に閲覧者登録をもうひとつの星にすればいいんだ。そうすれば僕が封印をしたあとでも兄さんは触って読むことができるよ。その場合、この文書を閲覧できるのはサンダー団長、書き手の僕、そして閲覧者登録をした兄さんの三人ってことになる。ちなみに書き手が最初に紙にインクを落としてから三日以上封印をしない場合は塵と化すみたい……なんで三日?」

 三日という設定に首をかしげるリヒトを見つつ、ルカはインクは浴びなくて済むと知り強張っていた肩の力を抜いた。


「それにしてもサンダー団長はすごいな。あの人ならこれをなんの模様もない、完全なただの紙(・・・・)に見せかけることだってできたはずだ。でも僕が使う前から説明なしでもわかるように、ちょっとだけ仕組みを見せながら作ってる……ひとつの仕組みを理解したら次の仕組みに目が行くように、駆け出しの魔術使い(・・・・・・・・・)の視線の動きと思考の動線まで計算して作ってる気がする。……あの人もしかしてかなりの変人なんじゃないのか」


 リヒトはまた自分の世界に入りこみ、ルカににこにこと見守られているのに気がついてこほんと咳ばらいをした。


「伝書鳥もそうだけど、紙タイプの魔術具っていろいろあるんだよ。ああ、そうだ。検査の日に官吏のおじさんが僕たちの〈恩恵〉名を書きこんでた帳面も、魔術具の紙だったよ。向かい合わせだったし表紙が邪魔だったからよく見えなかったけど、なにか管理しやすくするための術式でも織りこんであったんじゃないかな」

「ああ、たしかに十二歳以上の全国民分だと、そういうものがないと大変だものな」

 リヒトはあの日聖石の観察もしていたはずなのに、官吏の手にあった紙の観察まで試みていたのがわかり、ルカはいっそう感心したのだった。

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