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082.飛羊見学(4/4)

「あ」

 リヒトが前足を幾度か踏み鳴らしたトレホを見、目をみはって一歩下がった。

「へえ、すごいな」

「なにがだ?」ルカはわからず問う。

「この羊、本当は飛べるんだ」

「え?」

「絨毯に使うのはここの、首から胸にかけての毛ってエーデルリンク先生言ってたけど、その力で自分も飛べるんだよ」

「そうなのか」

「うん。いま魔法が見えかけた」


 リヒトがそこの毛を触ろうとするとトレホは嫌嫌(いやいや)をするように後ずさった。

「ははは、ごめん、ごめん」わかりやすくて思わず笑ってしまう。

「でもじゃあなぜ飛ばなかったんだろう」

 ルカの疑問にリヒトは難しい顔をして飛羊を見た。

「……途中で気が変わったのかな。いや、でも……」


(最初のジャンプ力が出せなくて不発になった感じなんだよな。……魔力が足りてないのか?)


「こいつの運動神経が悪いのかも」

 リヒトの適当な判断にルカは笑った。不思議とトレホがむっとしたように見えた。


「ここの子たちは飛べないの」いつの間にか戻ってきていたプルメリアが言った。「王家や教会が育ててる子たちも同じみたい」

 プルメリアがガジュラをちらりと見るとガジュラが補足をした。

「リヒトの言うとおり、飛羊は本来飛べた……らしい。私も飛べる個体を見たことはないのだ。絨毯を作るのには困らないから、そこは優先事項ではない」

 ガジュラの手がいたわるようにトレホの背を撫でる。内心が言葉と裏腹なのは明らかだった。

「オクノ先生によると、昔ウルハイの地で見た壁画には、空高く山々の上を飛ぶ、飛羊アウルルクにまたがった乙女が描かれていたそうだ」

「そんなに高く飛べるんですか」

「実際はどうだろう。我々に伝わる昔ばなしの一幕だからな」

「オクノ先生も見たことないんですか? 飛羊が飛ぶところ」

「いや、遠目にはあると言っていた。なんとも羨ましい限りだ。そもそもそう頻繁に飛ぶわけではなく――知ってのとおり飛羊は自然の中で好きにさせていただろう。だから視界に入るところで飛んでくれたら見られる、という感じだったんだそうだ」

 ルカも蝶がさなぎの背を割る瞬間や、鹿が仔を産み落とす瞬間などを見たことがある。すぐ近くで暮らしていると思っても、居合わせたら幸運というもので自然はあふれているのだ。


「その壁画の乙女の話とはどういうものなのですか」ルカはトレホのもこもこに指を差しいれながら尋ねた。

「オクノ先生に聞け」

「えー、ぜったい知ってるじゃないですか」

 ルカの代わりにリヒトが食い下がる。

「別に女生徒が読む物語のように話の起伏があるものではないぞ」

 それでも知りたいと兄弟が期待に満ちたまなざしを向けると、ガジュラは折れてウルハイに伝わる短い話を教えてくれた。





 その昔、

 ウルハイの地に、飛羊とともに暮らしていた善良な夫婦がいた。

 夫婦はなかなか子を授からなかったが、夜空にまたたく星ぼしに毎夜祈ると、

 星ぼしは願いを聞きいれ、

 二人のあいだには一人の美しい女の子が生まれた。


 その子が生まれた夜、

 星から降りてきた精霊が夫婦の家に入ってきた。

 そして赤子の額に口づけを落とし、

 この子は星の子だから、精霊アニマの岩のもとで大切に育てるようにと告げると、空へと帰っていった。


 ベリルと名づけられたその女の子はすくすくと成長し、

 やがて怪我や病気を癒す力に目覚めた。

 癒しの手を持つ乙女ベリルは飛羊に乗り、

 天を駆けて苦しむ人々を助けて回った。

 彼女は遠い異国の地にも飛んでいき、偉大なる力を発揮した。

 しかし彼女の力は、みながいつもそばにいて使わせてほしいものであった。


 ベリルは星ぼしに願った。

 どうか癒しの手をほかの者にも授けてください――と。


 星ぼしはそれを許した。

 そのかわりに、愛しいかわいい彼女が星ぼしのもとへと帰るよう言った。


 ベリルはそれを受け入れ、自身を乗せた飛羊とともに星となった。


 以来、人々のなかには、まれに癒しの手を持つ者が生まれるようになった。


 ベリルはいまも飛羊に乗って天を巡っており、

 人々は一生に一度は、彼女が地上を見守るさまを目にすることができると言われている。





「つまり彗星か」

 リヒトが顎に手を当てた。リヒトの知識で該当する彗星に心当たりがないわけがなかった。「周期が七十年足らずってとこならあれかな」などと小さく呟いている。


「まあ、その手の話だということだ」

 ガジュラは、リヒトは好きに考察させておくことにしてルカに話しかけた。

「そういう話はたくさんありますよね。人間に寿命ができたわけとか、季節ができた理由とか」

「ああ」


「あれ、たしかエスメラルダって……」

 ルカはスカーレットが得た称号にその名が遺される、原初の聖女を思い出した。いまのベリルの話も、明らかに治癒魔法の使い手の起源の話である。


「門の向こうの国ではそうなっているな」

「へえ。ベリルの話が元になっているんでしょうか」

「知らぬ。少なくとも我々が王国の話を取り込む理由などないから、逆ではないだろう」

 ルカはなんの気なしに聞いたのだが、ガジュラはあからさまにつっけんどんな態度を取った。ガジュラが王国にあまりいい感情を持っていないのを悟り、その話を広げるのはやめにした。


 しばらく好き放題に撫でられていたトレホだが、目新しい人間たちに飽きたのか、軽い足取りで仲間の元へ駆けていった。ルカはふかふかの感触を名残惜しく思い、手のひらを見つめた。


「そろそろ例のことに取りかかるか?」

「そうですね」

 話も一区切りついたし、トレホも行ってしまったしで、ガジュラの問いかけに兄弟は揃ってうなずいた。


「プルメリア、今日はもういい。送るから君も勉強を進めなさい」

「え、私、一日だっていますよ?」

 いつもそうしているのに今日だけ早い時間から追い返されるかたちになったプルメリアは不思議そうに首をかしげた。


「ルカが狩猟番の仕事でこの小屋を使うのだ。魔術師団の仕事も兼ねているから君には見せられない」

「わかりました」


 リヒトは方便を交えているとはいえ言ってしまうのかと一瞬思ったが、プルメリアが素直に引き下がったのを見、軽くでも理由を伝えたほうが相手は納得しやすいのだとわかった。彼女は感情に支配されていなければ、本来とても頭が良い。「君には見せられない」ということは、ルカたちが今日ここに来たこと自体、自分を含めた一般の生徒には知られたくないのだと悟った。そして今日のことを口外するつもりはないと自ら申し出た。


「では私はプルメリアを送ってくる。木組みの進捗も見てくるから夕方ごろまで戻らない。先に帰るなら、この小屋には鍵などないから外からかんぬきだけかけていってくれ」

 ガジュラはそう言い置くとプルメリアを絨毯に乗せてさっさと行ってしまった。

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