078.冬至前日
冬は日を追うごとに勢力を増し、冬至を明日に控えて寒さはいよいよ深まっていた。
冬至前にここまで寒くなるのは、もしここがポルカ村ならば異常気象と言ってよく、ここからふた月ほどかけてさらに気温が下がるというのだから魔術学校の冬の厳しさを人々が強調するのも納得だった。
ルカとリヒトは絨毯に乗り、緩やかなスピードでジュールラックの門のほうへと向かっていた。息は白く染まり、絨毯のうえで感じる風はそれ自体が凍っているかのように冷たい。スカーレットから仕入れた暖かい外套をしっかりと着込み、兄弟は揃って立てた襟に鼻先を埋めた。背中の向こうから大かがり火の木を組んでいる者たちの声が聞こえてくる。リヒトも昨日までは率先して手伝っていた。今朝ルカが部屋の窓から見ると、一番大きな中央の木組みはクプレッスス寮の屋根の高さを優に超えていた。それを囲むやや小さい木組みは六つあり、工程表によると、ちょうど明日、当日の完成予定となっている。
「勉強会のほうはどんな調子だ?」
「うーん、まだとりあえず前期の復習をしてる感じ。いまのとこみんなごったに席に着かせてて、出来のいいやつに遅れてるやつのフォローをさせてるんだ。他人に説明すると自分のなかであいまいにしてたものがはっきりすることもあるから、お互いにいい作用があるんだよね。でもそればっかだと出来のいいやつが焦れてきちゃうから、今後は理解度ごとにグループ分けしようか悩んでる」
リヒトはジェットとフッタールとの約束をしっかりと履行し、冬休みに入ると鐘ひとつぶん程度の時間を取って小講堂で勉強会を開いていた。はじめはクプレッススの教室で開催する予定だったのだが、ほかの平民クラスにも噂が流れるや自分たちも参加したいという者がどんどん湧いて出て、教師陣からはもっと広いところでやれと言われ、気がついたら誰かがリヒトの勉強会の名目で小講堂の予定を押さえてしまっていた。
「僕が知らないあいだに完全に固められてたよ。あれは数の暴力だね」
リヒトは朝の時間帯に勉強会を開催するのは断っており、自分の勉強をしたりルカと過ごしたりしている。日の高さを見ながら四の鐘の少し前にルカとおやつを食べ、鐘が鳴ってから小講堂へ向かう。勉強会では参加者らがリヒトが来る前に意見をまとめておき、解説してほしい部分の要望をリスト化しているので、それに基づいてリヒトが皆の前に立って講義をする。リヒトが小講堂にいるのは五の鐘までで、鐘が鳴るとバルバラの食堂でルカと落ち合い夕食をとる。そんな流れが日課になりつつあった。
「今日も四の鐘あたりからか?」
「うん、だからそれまでには終わらせないとね」
リヒトは絨毯の後方ぎりぎりに載っている木箱に目を遣って言った。サンダーが手配してくれたもので、言うなれば「測定贅沢セット」である。
リヒトは手持ちの金が増えたことで欲しかった測定の魔術具を買おうと思っていた。それで保留になっていたルカのマーカーがつけられる各種限界値を調べたかったのだ。
できる条件が調ったならばすぐにでも取りかかりたいのが性分だ。冬至を過ぎたら藍星鉱の加工に本腰を入れることはシルジュブレッタと調整済みのため、これ以上先延ばしにもしたくない。リヒトはすでに頭のなかにあった実験の手筈をルカに説明した。
リヒトの提案した方法であれば、必要な魔術具さえ揃えば場所を取らずに実験できるはずなので、はじめは寮の部屋で行うつもりだった。しかし最近ルカの〈恩恵〉の内容をサンダーに共有したので、事前に言っておかないとあとから色々言われるのではないかと思い至り、いったんサンダーに報告することにした。
伝書鳥を送るとすぐに返事が来、数回のやりとりののちにこの「測定贅沢セット」が届いたのである。
やりとりのなかで、寮内での〈恩恵〉実験は避けるよう指示された。
というのも、今回は実験の中で伝書鳥を飛ばすつもりだ。
傍から見たところでなにをしているかなどわからないだろうが、寮生や近くを通った者にリヒトが「なにか」をしているのは知られてしまうかもしれない。まして大かがり火の準備で空き地には人がひっきりなしに出入りしている。空き地に面したクプレッスス寮のルカたちの部屋から木組みがよく見えるということは、向こうからも同じということだ。リヒトとしてはあとからなにを聞かれてもはぐらかす自信はあったが、下手に好奇の目を集めるよりは最初から人目につかない場所で行うほうが得策だというサンダーの意見はもっともだった。
また、それならばリヒトとしては魔術師団本部に入れてもらい、
――できればサンダー団長の執務室なんかどうでしょうか。
と提案した。こちらは、サンダーもほかの団員たちも大かがり火の夜までは準備に追われていてそんな暇はないとすげなく断られてしまった。ルカもリヒトも魔術師団に入団しているわけではないので、見張りの手薄な状態で魔術師団本部に滞在することは許可できないというのである。ルカたちを信用していないわけではないが、内部統制上しかたがないのだ。サンダーの執務室に入れるチャンスだと期待したリヒトはその返事にがっかりした。
とはいえサンダーも時間さえあれば立ち会いたいのには相違ない。
そこで必要な魔術具はサンダーの名で好きなものを貸し出すと請け負ってくれ、そのかわり、調べたことは報告書にまとめて提出するよう要求された。
そして実験場所はどこになったかというと、
――ジュールラックのいる門を過ぎて南に下ったところにある、飛羊の放牧地が良いだろう。小屋があるからそこでやるといい。ガジュラの持ち場だから伝えておく。
と一方的に指定されて決定した。ちょっと一言報告しておくか、くらいのことだったのに、気がつけばすべてサンダーの指示で固められていたのだった。
期せずしてプルメリアに誘われていた飛羊見学もついでにできることになる。ただルカの〈恩恵〉実験が目的なので、フッタールとジェットは今回は誘えなくなってしまった。
「あいつらも立て込んでるから大丈夫だよ。本気で飛び級目指して座学のカリキュラムをこなしてるし、いましか見られない大かがり火の木組みも、参加しないわけにはいかないからね。そのうち息抜きのタイミングで連れてってやれば、文句はないと思うよ」
「そうか」
大かがり火の木組みは、生徒たちにとって魔術師団の実務に触れる重要な場になったのは間違いなかった。リヒトは昨日中央の木組みの仕上げ直前までを見届け、今日は周りの小さいものの組み上げを終わらせるだけのため、あとは明日の仕上げを見学できればよいという判断にしたのだった。