007.本当の〈恩恵〉
駄目押しで、紐の輪の中に、乾いた土が丸い跡を残しているのを見つけた。少しルカの足跡と重なってはいるものの、それはしぶとく残っていた。長い間植木鉢なんかを置いておくと細かい土が鉢の底を象るように固まることがあるものだ。そこにアロエの鉢を合わせると、大きさが完全に一致した。
アロエはここにあったのだ。
「やっていたのは、自分と物質の交換……いや、あえて聖石の表示である〈移動〉を使うなら……〈相互移動〉、といったところか」
さっき起きたことをまとめるとこうだ。
まず、①ルカは視界に入る範囲に存在したアロエの鉢に無意識に"くさび"を打った。そして②自分とアロエの鉢を〈相互移動〉した。
振り返ったときに"くさび"が見えたのは、アロエの鉢の"くさび"がついたままだったからだ。そして③少し離れて視界から外れても、アロエの鉢に打った"くさび"は外れなかった。
もしこの時に元の位置に戻っていたら、自分とアロエの鉢はそれぞれ元の位置に戻り、紐がなくなっているなんてこともなく、違和感を感じなかっただろう。ただアロエの鉢はルカがいた街道の真ん中に移動しているので、帰り道に見つけて「なんだこれ」と思ったはずだ。
④ルカは元の位置に戻らずアロエの鉢から"くさび"を外した。そして視界から外れたアロエの鉢に"くさび"が打てないことを確認した。
⑤しかたがないのでまた農機具倉庫のさっきの位置まで戻り、地平線上の大体の場所に"くさび"を打とうとした。この時アロエの鉢に"くさび"がついた可能性もある。でも紐のほうについた。偶然なのか、一度"くさび"を打って外したものには再度打てないのかは検証が必要だ。
⑥最後に農機具倉庫のそばに立った自分と紐が〈相互移動〉され、元の位置に紐はないわ、アロエの鉢が出現してるわで混乱に陥ったわけだ。
わかってしまえば単純だった。でも一度頭が混乱したことでどっと疲れてしまった。五年間、思い違いをしていたという間抜けっぷりも意識するとつらいし。
ちなみに先ほど要検証とした「一度"くさび"を打って外したものには再度打てないのか」はたったいまアロエの鉢に"くさび"を打てたことから、同じものに何度でも打ったり外したりができるようだ。
それにしても……そうか。いままで〈瞬間移動〉だと思っていたから少しでも距離のあるところに"くさび"を打とうとしていた。でも目の前のアロエに打ったことでよくわかった。物質につくのだ。
(うん、そうなると"くさび"っていう表現はやめようかな。地面や枝の上に打ちこむつもりで呼んでたからな……)
イメージが合わなかったので、今後はマーカーと呼ぶことにした。そのほうが物質につけているイメージに合う。
今回〈瞬間移動〉じゃなく〈相互移動〉だと判明したことで、知りたいと思っていたイノシシ事件の「"くさび"もといマーカーが定まる枝と定まらない枝があった」というのも仮説だがほぼ確定と思われる答えが出る。
マーカーがついた枝にはマーカーをつけられる落ち葉なり、木の実なりが乗っていたのではないだろうか。マーカーがつかなかった枝の上にはなにも物質がなかった。ルカも視界に入っているとはいえ、森に当たり前にあるそれらなら気にも留めなかっただろう。〈移動〉前にはなかったなんて、意識もしていなかったはずだ。
(この朝だけで、知りたいことを埋められた)
疲れはしたが、同時に満足感も大きい。
(〈相互移動〉だとわかったからには、また確かめたいことが出てきそうだなぁ)
とりあえず本日は打ち止めである。もうさっさと帰りたい。ルカは石ころなんかいくらでもあるだろう、と地平線上でマーカーづけしての〈相互移動〉を連続して使い、日が昇るころには村に到着してしまっていた。
画像差し替えました。画質綺麗だといいのですが……。