表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/105

075.魔術師団長サンダーによる聴取(2/3)

 出迎えた団員たちが敬礼し、サンダーが頷くと彼らは各々の仕事に戻っていった。屋上にはひとつ、どうしたって目につく巨大な物体が据え置かれている。形状は重心が低く注ぎ口の長い壺のようで、高さは建物の二階分程度はある。壺の注ぎ口に当たる最上部には指輪の石を留めるような爪が四方から生えており、その先を結んだ一点に光点が浮いているのが見えた。目線を下ろしていくと魔法陣が敷き詰めるように描かれている。そして膨らんだ下部には小さな開閉式の覗き窓があり、そこから漏れる強烈な黄緑色の光に顔を照らされた団員が、中を覗き込んだり手元の帳面になにか書きつけたりしている。周囲の者も遠見レンズで森を監視したり、なにかの資材を運んだりとせわしなかった。


「防衛の魔術具見学は聴き取りのあとだ」

「はい」


 ルカはサンダーについて中へと入り、そのままある一室へと連れてこられた。

「ここは私の執務室だから緊張しなくていい」

 それは緊張する。

 警護の者が二人いたが、サンダーは外に留まるよう人払いをした。


 サンダーが小さな魔法陣に手をかざしただけで、重厚な扉がひらいた。部屋に入ると、空を飛ぶ用ではない美しい絨毯が敷かれ、品の良い調度品が並んでいた。壁にはさまざまな魔術具が整然と並び、ルカが生まれて初めて目にする美しい地図や、エルダーの森の魔獣生息分布図もかけられている。

 正面最奥のどっしりとした幅広の机がサンダーの執務用の机だろう。ルカは向かって右手の広い空間に据えられた円卓に座るよう促された。美しい布張りの椅子に腰掛けると、サンダーも正面に座り顎に手を当ててルカをまっすぐに見据えた。


「さて、ようやくここまで連れてこられた。なにから聞くべきか。いや、先に詫びねばなるまいか」


 意外にも機嫌の良さそうなサンダーはルカが口を挟む隙間も与えず話し出した。

 サンダーによると、今回のルカのステップアップ計画は魔術師団の若手が発案したものということだった。彼らのなかにはルカを非常に尊敬している者もおり、ルカを早くホッグから独り立ちさせ、自分たち魔術師団とともに行動させるべきという主張が持ち上がっていたのだ。

 いっぽう魔術師団の中堅から上層部はその主張にはおおむね同意していたものの、年齢が近いほうがルカが打ち解けやすいのではという思惑と、ついでに若手の計画立案能力と実行力を計ろうという狙いが加わったためにあまり助言をしない方針となった。そのため色音石シグナルストーンの使いどころを詰めておかなかったり、待機要員をくじで決めて、気の多いマイスとジャゴンが選出され、ホッグの魔術具メンテナンスに気を取られるということが起きた。

 マイスとジャゴンは上層部から及第点をもらえなそうではあるが、幸せそうに九啼鳥の肉串をほおばっていたので気落ちする性格ではないだろう。ルカは親しみやすい二人の顔を思い出して口端を上げた。

「すまなかったな」

「いえ」


「さて、では聴き取りの前に済ませておこう」

 サンダーは自分の指輪を天に向けると、躊躇なく指輪の誓言を唱えた。「我、グラハデンの礎に誓言す――」


 サンダーが誓言を唱えるあいだ、ルカはその様子を呆然として見ていた。


「エーデルリンク校長は来ないそうだから、この聴き取りの報告はしない。聞きたいことがあるなら、本人が誓言の上聞くだろう」

 サンダーが袖口を整えながら言った。


「あの」

「なんだ」

「魔術師団長が私のやったことを聞き出すのに、命を懸ける必要があったのでしょうか」


 ルカはエイプリルの提案をいまのところ保留にしているが、近いうちに明かすことになるだろうと思っていたのだ。それを説明したが

「私はいま知りたい」

 と返された。

「ルカには悪いがリヒトの成熟を待てるほど私の気は長くない。エーデルリンク校長に何度も掛け合ったが、彼の考えはエイプリルが代弁しただろう。お前から無理に聞き出して禍根を残すほうを恐れていると」

「はあ」

「しかし今回は九啼鳥の生息域を確認するという大義名分ができた。エーデルリンク校長も口を出せなくなったというわけだ」


 どうやら魔術学校と魔術師団の意見は必ずしも一致するわけではなく、魔術学校が盾になってくれていたのを、ルカが今日九啼鳥を狩ってしまったことで自ら駄目にしてしまったようである。


「とはいえ魔術学校側の意見を軽んじる気はない。だからお前の秘密を漏らさない確約をする。そしてその代わり、お前には私の質問にことごとく答えてもらう。私の命が軽いから誓ったのではない。この聴取の重みを知らしめるために誓ったのだ」

「はい」

 サンダーの目には狩人が獲物に弓を射かける直前のような凄味が宿っていた。



 ルカはその後、自分の〈恩恵〉が〈相互移動〉であることとその内容、そして九啼鳥ハントで何をしたかを具体的に説明した。サンダーは一度もメモを取ることなく、時折相槌を打つだけだった。話が一区切りついても、顎に手を当てたまま少しのあいだ動かなかった。


「……よくわかった。なるほど、〈相互移動〉か」

 サンダーの目はどこを見るでもなく手近な机上の一点に注がれ、なにを考えているのかルカには予想がつかなかった。リヒトのように驚いたり、すぐに見せろというわけでもない。ルカが沈黙を気にしはじめた頃合いになってようやく息をつき口を開いた。


そう(・・)だろうとは思っていたが、存外大きな取りこぼし(・・・・・)だったな」

「……取りこぼし?」


 サンダーはすっと席を立つと、壁際の本棚から紐とじの分厚い資料を抜き出しまた席についた。

「検査の日に拾えなかった重要な〈恩恵〉の持ち主を我々はそう呼んでいる。あの聖石の性能がたいして良くないのは知っているだろう?」

「あ、はい」

 ルカが知っているのはリヒトが以前ガラクタ呼ばわりしたからであるが、魔術使いのなかではどうやら常識のようだ。

 サンダーは資料に書かれたなにかの表を指でなぞると、ある一点でぴたりと止めた。

「ポルカ村の検査はリンドール町だな。聖石は作り手によるばらつきもあるが、リンドールのものはとりわけ性能が低い。最低限魔術使いと、治癒魔法の使い手のような有名な魔法使いを拾えればいいというものだ。そういった低品質の聖石が設置された地域だと、お前のような取りこぼしが時々出てしまう。できるだけそういったことがないように、レベルの低い聖石は優秀な者を滅多に輩出しない地域に回されているのだが……今年はリヒトもスカーレットも出ているな。少し調査が必要なようだ」

 サンダーが思案気に紙面を指で叩いた。


「あの、取りこぼしとあとから判明した者は……どうなるんです?」

 ルカは自分のことなので気になって問いかける。

「知られれば、知られた権力者に取り込まれるだけだ。取りこぼしは正直言って早い者勝ちだな」

「はあ」

「現にお前もエーデルリンク校長に取り込まれているではないか」

 ルカとしては立場を尊重してもらっている認識があるので、そこまで不穏な捉え方をするつもりはなかった。

「お前の所属しているハンターズギルドにも、やたら強いのになぜ軍に行かなかったのか疑問に思うような者はいないか?」

「いますね」

「その者もどこかの貴族の手付きになっているはずだ」

 そうなのだろうか。ルカにはわからなかったが、サンダーが言うならそうなのかもしれない。

2023.12.31 表現の修正をしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ