074.魔術師団長サンダーによる聴取(1/3)
スカーレットに頼んでいた防寒具が事務棟経由で届いた。現時点でポルカ村よりも季節の進みが早く、本格的に魔術学校の冬が深まる前に届いてルカたちは安堵した。さっそく木箱を開けてみると、羊毛で織られた上等な毛布が二枚、よく仕立てられた外套に耳当てつきの帽子、指先までしっかりある手袋、ブーツも中に毛皮が縫いつけてある暖かいものが出てきた。二人は想像していたものより仰々しいのに驚いた。ルカの知らない獣の皮が使われているので、リヒトに手伝ってもらってスカーレットに伝書鳥で問い合わせるとすぐに返事が来た。
――ごきげんよう、ルカさま。
無事に納品されたようでよかったわ。お問い合わせの素材についてだけど、手配したのは北限の地に生息する大型の、ユキジカという鹿の皮で仕立てられた防寒具一式よ。羊毛の織物は同じく北に生息するカンテラ羊の毛で織られているわ。上から毛皮をかけるとどんな夜も暖かく眠れること請けあいよ。
実は事務棟で発注準備をしてたとき、ナッツさんからの指示で特注品にしたの。ルカさまは冬のあいだもエルダーの森で狩りをすることになるから、極寒に耐えられるものにしてくれって。差額はエーデルリンク先生に請求することになっているから心配しないで。黙っているように言われたんだけど、高級品なのはすぐにわかってしまうし、お客様はルカさまだものね。
これからもクィントローネ商会をご贔屓に。
スカーレット
これを読んでルカとリヒトは顔を見合わせた。スカーレットに冬の防寒具を頼んだのはずいぶん前だ。ルカがヒュドラの件で功績を立てる前のことなので、エーデルリンクはもしかしたらハンターズギルドの評判で早いうちからルカを職員にするつもりだったのではと二人は話した。エーデルリンクに直接聞くと、スカーレットが口止めされたにもかかわらず教えてくれたことがわかってしまい、彼女に悪い。そのため二人はそこまで追及することでもあるまいと流すことにした。
服の話になったからついでに、とリヒトは隣の部屋から大きな木箱を運んできた。勉強机の横にいつのまにか置いてあったものだ。ルカはなにかの魔術具の材料かと思い、目に入ってはいたが中身を聞くことはなかった。リヒトが蓋を開けると中からは上等な服が何着も出てきた。
「収穫祭でスカーレットの買い物に付き合った話したでしょ? あのときに見立ててもらったんだ。あいつ、目利きちゃんとしてたよ。相場もよく知ってた」
リヒトはスカーレットのおかげで良い買い物ができたようだった。ちゃっかりしている。
「これは……私の服?」
リヒトが吊るして見せたのはまだリヒトには大きく、魔術使いが着そうなものでもない。かといってルカが着そうなものでもないのだが――。
「あたり。兄さんが〈変装石〉使うときにさ、服がいつもと同じじゃあ、具合が悪いと思って」
ちゃんとスカーレットには口止めしてあるよと言い添えて、リヒトは笑った。
ルカはリヒトがベッドの上に次々と服を広げていくのを驚いて見ていた。いつもフード付きのマントを羽織っているので、その下の服装などあまり気にしたことがない。いつ着ればいいのか見当もつかない真っ黒の上下に同じく真っ黒のマント、少し仕立ての良い商人風、人夫風など、何着も取り揃え、箱の底からはブーツまで数種出てきた。
「高かったろうに。いくらだった? 払うよ」
「いいよ、ヒュドラのお金余ってるんだから」
ルカはヒュドラの買取金をリヒトときちんと折半していた。そこから出したという。
「だめだ」
ルカにきっぱりと言われてリヒトは口を尖らせる。
「私がお前の使う金を賄うのは当たり前だ。お前の取り分は貯金しておきなさい。まして今回は私の服だろう」
「だって……」
「それでいつか魔術学校の重鎮になったら、王都の高級レストランでごちそうしてくれればいい」
ルカの綺麗な顔でにっこりとされると、リヒトはそれ以上口ごたえができなくなる。こういうときのルカはたいへん頑固なのだ。
「わかったよ……」
リヒトは諦めて微笑むルカに各店の領収書を渡した。
学校では試験が片づき、本格的に冬休みの準備に入った。
試験結果に一喜一憂する生徒たちの様子が見られたが、リヒトに残っていたのは試験に参加すれば単位がもらえるような一年生の実技科目だけだったので、緊張感もなく和やかな日々を過ごしただけだった。
冬休み期間の魔術学校は、例年なら閉鎖されてひっそりとしている。研究者や魔術師団の者は滞在しているので冬を過ごす知識や経験は当然あるが、今年は大人数での滞在になるため説明会が催されることになっていた。そして全校説明の前に大講堂で職員向けの説明会兼会議がある。そこには伝書鳥で招集を受けたルカの姿もあった。
大講堂では箱型に長机が並べられ、奥の一辺にいつもどおりエーデルリンク、ガジュラ、エイプリルの三人が座っている。ルカは右の一辺の末席、ナッツの隣に案内され、軽く挨拶をかわしてから着席した。ちなみにナッツのもうひとつ隣にはホッグがどっかりと腰かけている。席に着くときにホッグにも声をかけたのだが無視された。なにやら腹の痛そうな顔をしていたので、ルカは特段気にせず放っておくことにした。周りを見ると、左の辺の最前方にいた魔術師団長サンダーが目を閉じて会の開始を待っているのが目に入った。まもなくガジュラによって開会が宣言され、大まかな日程説明のあとは、各教師から物資の準備を中心とする冬支度の進捗報告が始まった。
ルカは静かに報告の内容を聞いているサンダーを見て、九啼鳥を倒した日のことを思い返した。
*
あのあと魔術師団の絨毯に乗せられ一旦ホッグの森小屋へ戻ったルカは、絨毯をリヒトに預け、ジュールラックのために取り分けておいた肉串を持っていくよう言い含めると、サンダーの絨毯で魔術師団本部に連れていかれた。
学校の敷地内西端に「まやかしの森」と呼ばれる鬱蒼とした木々のかたまりがあり、魔術師団本部はそのなかに隠されるようにして建っている。ルカがいつもジュールラックの門とクプレッスス寮を結ぶ道を通るときに西側に見ていた森であるが、入ったことはなかった。
「入っていたら難儀をしただろう。まやかしの森はその名の通り、入り込んだ者が迷うように魔術が張りめぐらされている。見回りの団員もいるが、懲らしめるために丸一日は放置すると決めている」
サンダーが冗談かそうでないのかわからない口調で言った。「そういえばお前の弟の友人が入学前に入り込んだと報告が上がっていたな」
リヒトの友人というとフッタールかジェットだろうか。スカーレットはそんなことはしない。
ルカは絨毯からひょいと顔を出し、眼下の黒い森を見た。森と言ってもエルダーの広大な森に比べるとまったく小さな木々のかたまりであるが、それでも迷い込んだら骨だろうことはわかった。
急に顔にふわりとした風を感じたような気がした。でも風ではなかった。おかしな感覚に戸惑っていると、絨毯はいつのまにか現れていた魔術師団本部の屋上に着こうというところだった。濃灰色の石造りの建物で装飾はほとんどなく、その直線的な佇まいは見る者に巨大な岩を包丁でざっくりと切り整えたような印象を与えた。
「薄膜を通ったような感覚があったろう」
「あ……、はい」
「本部はあの膜の内部に入らないと見えない。それと、まやかしの森の入口からあの膜までが、まやかしの魔術――つまり人を迷わせる魔術の実効範囲でもある」
サンダーが言うあいだ、絨毯は非常に滑らかな動きで建物の屋上に降りていった。