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073.他人の名前で商売をする話

 詳しく聞いてみると、九啼鳥は数年に一度、魔術師団と王国軍で混合部隊を組み、羽根を得ているのだという。あえて「羽根を得る」という言葉を使ったのは、それこそが命懸けで九啼鳥を狩る目的だからだ。九啼鳥の羽根は、防衛の魔術具の稼働に欠かせない素材なのである。


「オコラセソウという植物を知っているか」サンダーが問いかけた。

「はい」

「あれと似たような魔法を持つもので、コロサレソウというのがある。我々が足を踏み入れられる場所では滅多にお目に掛かれることのないものだ。九啼鳥は雑食だが、それを好んで食べる習性があるのだ」


 言われてみれば、ルカも<エルダーの森観察録>の九啼鳥の項で読んだ記憶があった。ただ"コロサレソウを好む"と注釈程度に書かれていただけで、それがどんな植物なのかはわからなかった。今後何冊かある<植物編>で出てくるかなと思い、そのときは流してしまったのだ。


 ルカのしまったなぁ、といった顔を見ながらサンダーは説明を続ける。

 オコラセソウは人にも魔獣にも効く威圧の魔法を放っているが、一株あたりだとそこまで強いものではない。一方、コロサレソウは人には効かず魔獣だけを威圧し、一株あたりの魔法も強力だ。そしてなぜか九啼鳥だけは、これを恐れずに食い物にできるというのだ。


「そうなんですね。……あれ?」ルカはふと浮かんだ疑問を口にした。「ということは九啼鳥が魔術学校を襲ってきた場合、防衛の魔術具は効かないのでは?」


 防衛の魔術具はコロサレソウの威圧の魔法を根幹に設計されている。だからコロサレソウの魔法が効く魔獣たちは近寄ってこない。しかし九啼鳥だけはコロサレソウの魔法を恐れない。つまり防衛の魔術具が効かない。


「そうだ。そのときは我々は全滅を覚悟しなければならない」サンダーはなぜか少し笑ったように見えた。「あの光の攻撃の通り道にいれば死ぬし、外れれば生き残れる。運を天に任せるしかない」

 サンダーは当然ルカが九啼鳥の光の攻撃を見知っている前提で話をしたが、ルカがそれに気づくことはなかった。



「ではコロサレソウを食べている九啼鳥の周囲には、ほかの魔獣は近寄らないんでしょうか。近くに小さいのが何匹かいたようでしたけど」

 狩りの血が騒ぐほどの大物がいなかっただけで、道中でもちらちらと見かけることはあった。

「放出せずに貯め込めるのだよ。そしてそれは羽根に蓄積するのだ。ほかにこのような性質を持つ生き物を我々は知らない」

「さっきリヒトが消耗品と言ってましたが……」

「ああ、燃料と言ってもいい」


 防衛の魔術具は、魔術学校の敷地内では魔術師団本部の屋上に設置されていて、その形状は巨大なかまのようだという。その窯に九啼鳥の羽根をくべる(・・・)ことで防衛の魔術具の機構は完成し、作動する。九啼鳥の羽根はその中で非常にゆっくりと燃えていき、それが尽きてしまう前に次のものをくべて常時作動させているのだ。

「このあと見せてやろう」とサンダーは鷹揚に言った。


 魔術学校や王都の防衛に欠かせない素材であるため、狩るときは大掛かりな計画を立てて王国軍からも部隊が派遣されての合同ハントになる。国も防衛の魔術具を動かし続けるために戦力をねじ込まざるを得ないわけだ。群れのいた場所に羽根が残っていれば拾っておくこともあるが、それを当てにするには効率も悪いし経験知から十分な量は確保できないと判断されている。そこでハントとなるわけだが、在庫量を鑑みながらだいたい二年に一度、規定重量を満たすまで実施されている。


 それにはかなりの労力を割くことになる。つがいを見つけられずはぐれた九啼鳥を見つけたら、向こうに気づかれないよう地理的優位に立てる状況が来るのを何日もかけてひたすら待ち、気配を察知される前に先手を打って、さまざまな方向から集中攻撃して倒すものなのだという。ルカがやったようにまずは声帯を狙うのが定石だが、あの硬い嘴に阻まれることもしばしばだ。とにかく攻撃魔法が完成する前に仕留め切らねばならず、一度攻撃を仕掛けたら短時間のうちに片をつけるために派手な攻撃手段も使わざるを得ない。できるだけ羽根が多く残るように、というのは神の采配に任せるしかない。さらに光の楔が完成した後での生存率は限りなくゼロに近く、時々は忌むべき事故も起きてきた。それだけ危険でも、混合部隊は命懸けで九啼鳥に挑まなければならない。

 なるほど。それでは光の楔が一度完成して放たれたことはリヒト以外には言わないほうが面倒がなさそうだ、とルカは今更ながら考えたが、それはエーデルリンクにもサンダーにもすでに悟られていることであった。


「だから今回のように余剰として多量の羽根が得られる機会は滅多にないのだ」

「滅多というか、まったくなかったね」

 エーデルリンクが言い添えると、サンダーも頷いた。

「なるほど」


「はぐれ九啼鳥の位置を把捉はそくし追尾する際に使う望遠の魔術具を見せてやろう」

 サンダーが目配せすると、団員の一人がいろいろ積んできた道具のなかから短刀ほどの長さの、両端で口径の異なる棒状の道具を渡してきた。

「その先端につけられているのが〈遠見レンズ〉という、この魔術具の根幹だ。口径の小さいほうから覗いてみろ」

「おお……」

「〈食えるかルーペ〉より性能がよいだろう」

 ルカはレンズのなかに、はるか遠くの木の枝にとまったヒタキの羽根の艶めきを見いだしながらこくこくとうなずいた。

「これの良いところはここだ」

 サンダーがいつのまにか手にしていたゴーグルを掲げて見せた。ルカが声に反応して目をゴーグルに向けると、そのレンズの内側にたったいま見ていたヒタキが映っていた。視覚共有が出来るのだ。

「すごい」

「ゴーグルの有効範囲はどのくらいですか?」

 リヒトが割って入ってきた。サンダーは報告会のあとリヒトとも言葉を交わしていたので、リヒトは遠慮がちではあったが魔術師団長に直接話しかけることができたのだ。

「二十レグレームほどになる。司令部隊はかなり離れて情報共有ができる」

「二十か。じゃあ司令部を魔術師団本部に置いて、ってほどではなさそうですね」

「ああ、そこまで伸ばせればいいのだがな。日進月歩で改良されてはいる。……〈食えるかルーペ〉はこのレンズを作れなかった生徒が単位のために無理やり魔獣の判別機能をつけたものだな。あれはあれで面白いから良いのだが、魔獣に詳しくなったあとでは不要な機能になってしまう」

「たしかに」

 サンダーが〈食えるかルーペ〉と口にするのはいかめしい顔に全然合っていなくて笑いそうになる。ホッグにはネーミングセンスをなんとかして欲しい。

 ルカが望遠の魔術具をリヒトに渡すと、リヒトも楽しそうにどこか遠くを見ていた。


「ホッグウォッグ、戻ったら望遠の魔術具をルカにひとつ持たせておけ。我々のゴーグルとリンクさせてな」

「し、しかし団長殿! 俺は〈食えるかルーペ〉はやりましたよ!」

「用途が違うだろう!」

「はい! すみません団長殿!」

 ホッグはかかとをつけてビシッと姿勢を正した。魔術師団長にはたいへん態度が良い。でもうざそうな顔をされているのが残念である。

「おい、ルカ! お前のもんになるわけじゃねえぞ! 備品だからな!」

 そんなことは言われなくてもわかっている。

「あ、大丈夫です。僕がもっと軽くて兄さんに似合うものを作りますから」

 リヒトがサンダーの厚意とホッグをまとめて切り捨てた。その口振りからして、いま一回使っただけで再現の目途が立っているようだ。サンダーは望遠の魔術具を作れず〈食えるかルーペ〉に甘んじた生徒を少しだけ気の毒に思った。


「ところで、ルカ」

「はい」

 サンダーの眼光が鋭くルカを刺し、ルカは思わず姿勢を正した。

「私の見立てによるとお前は当初の想定よりかなり奥地に行ったはずだ」

「……はい」

「九啼鳥は春になってもここまで下って来ることはない。もしそうなら分布図も書き換えねばならないし、王国軍にも共有される正式な報告書レポートを出さなければならない」

「……」

「そ、そうだ! そうだ! 奥地に行くなんて聞いてないぞ!」

「ホッグは黙っていろ」

「はい! 団長殿!」

 余計な野次を飛ばしたホッグは慌ててまた直立不動となった。


「先ほどお前が指摘した通り、九啼鳥が学校側に来たら我々は死を覚悟しなくてはならない。九啼鳥の生息域の把握は魔術師団の最優先事項のひとつだ」

 これにはなにも言い訳ができない。九啼鳥がここまで下流に降りてきているかもしれないというのがどれだけ大変なことか、ルカにも理解できた。

「ルカ、ここでつまびらかにしろとは言わない。だが大切なことだから後ほど仔細にわたり聴き取りをさせてもらう」

「はい……」

「……! じゃあ僕も……」

「リヒトは待機だ」

「ぐう……」リヒトが慌てて食いこもうとしたが、魔術師団長には逆らえない。


「ふはははは! ざまあみろ、ルカ! 調子に乗った罰だな!」

 ホッグが勝ち誇ると、サンダーがホッグを見もしないで軽く手を振った。その指先からは光のつぶてが出、ホッグの眉間を直撃した。

「あぐおおおおおお!」

 あの痛みに強いホッグが甲冑の音をガチャガチャと立てて地面を転げ、のたうち回っている。これまた大変なことだ。

「黙っていろと言ったな?」

「はいぃぃぃ……」

 ちょっと可哀想である。

(聴き取りであれを食らうのは嫌だなぁ……)


 サンダーには魔術具を使った所作さえ見られなかった。ルカは意識したことがないためのちほどリヒトから聞く話になるが、優れた魔術使いは魔術具をできるだけコンパクトに改良するため、仰々しい所作にならないものなのだ。その魔術行使のさまはさながら魔法使いの如しであり、リヒトであっても判別が難しいほどであった。




「おほん! ……話を戻そう。それで、魔術学校と同じく防衛の魔術具を使っている王国にも高値で売れるというわけなんだ」

 ルカの聴取が決定したところでエーデルリンクが軌道修正をした。


 中途半端な時期に魔術師団だけで狩ったとなると要らぬ不審を招く。羽根をすべて魔術学校で買い取っても、王国に隠しきるのは難しい。結局は分配することになるからだ。人命の損失があり得る合同ハントが少しでも減るのなら、防衛の魔術具の稼働に使わないという選択肢はないのである。


「九啼鳥を狩るべき時期を魔術学校側が一方的に延期すれば、出処不明の羽根の在庫があることはすぐにわかる。そもそも王国とバランスをとって分配しているしな。であれば下手に隠そうとせず、森で調査のため奥地に入っていた狩猟番がたまたま時期外れのはぐれ(・・・)を見つけ、ヒュドラの後始末のために近くにいた魔術師団とともに狩った――ということにするのが自然だろう。ヒュドラのせいで魔獣たちの生息域が一時的に乱れているのも都合がよい」サンダーが思案しながら言った。

「それにヨルムンガンドの血の件で、王国側には貸しがある。詮索するにしても強くは出られないはずだ。有耶無耶にしてしまえばいい。……シナリオはこちらでもう少し詰めようか。弱っていた個体で群れから追い出されたように見立てたとか……専門家会議が必要かな。王国軍も九啼鳥の生態には詳しいからなぁ」


 エーデルリンクは途中からサンダーのほうを向き、サンダーも首肯した。いっぽうルカは難しい顔をしていた。


 たしか王侯貴族に覚えられると〈神界のまれもの〉探しに駆り出されることもあるという話だった。一時登録だろうが王家を前にしては関係ないだろうし、できれば関わり合いになりたくない。そんなに必要な素材であるならば譲ること自体はやぶさかではないのだが――。


 エーデルリンクは思案気なルカをつぶさに観察し、ふと思いついてこう提言した。


「もしルカが目立ちたくないと考えているのであれば、主としてホッグが見つけて対処したことにして、金だけ自分の懐に入れることもできる」

 ルカがピタリと静止した。エーデルリンクは九啼鳥の羽根を円滑に譲ってもらうための活路を見い出だした。

「えっ?! いや、校長先生!」ホッグは急に自らに降りかかった名義貸しに慌てた。


(ホッグを隠れ蓑に王家相手に金儲け……そんなことができるのか!)


「兄さんの手柄をこいつにやるのは不本意だけど、兄さんがそれがいいならしかたがないね」

「おい、お前! 初対面の先輩に対して失礼だぞ!!」

 リヒトも賛成してくれている。ホッグは……今日は待機要員の任を果たさなかったのだから、皆からの当たりが多少強くてもさもありなんというところである。


「でも、王家に嘘をつくことになるのでは」

 ルカはもうほぼ乗り気だったが一応確認した。

「嘘をついて見抜けないなら、そんなものは王家が悪いだろう」

 エーデルリンクは飄々と言った。

「え」

「あいつらは権力と金で国中の才を集めて臣下としているんだよ? それでも見抜けないなら自らの無能を嘆くべきであって人のせいにするべきではないだろう」

「……! たしかにそうですね!」


 ルカはエーデルリンクの甘言に乗った。ホッグは隣で泣きそうな顔をしていた。

※2023.05.10 誤字修正をしました。

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