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072.羽根の利用法

 味見は大切だ。ルカとマロルネが手際よく肉串を焼いているあいだ、リヒトはマロルネの指示で鞄から木皿や香辛料を取り出すなど手伝いをしていた。ちょうどよい高さに浮かせたシルジュブレッタの絨毯がさながらテーブルのように使われ、超高級魔術具も形無しである。マロルネが水を汲みに行ったのを見計らいリヒトはルカに話しかけた。


「それで兄さん、肉以外の部位についてなんだけど……」

「うん、嘴と骨は売れるかな? 羽根は私たちの部屋のクッションにしようと思っている」

「…………え?」

 リヒトは準備の手をひたと止めて聞き返した。「……クッション?」

「ほら、あれ、大きな鴨だろう? 羽根のなかにダウンもあるようだし、オクノ先生のところにあったような触り心地のいいのが作れないかと思って」

「…………。エーデルリンク先生たちは兄さんが九啼鳥でクッションを作るつもりなこと、知ってる?」

「いや、話していないな」

 みなはまだ九啼鳥の周りでなにやら話し合っている。この香ばしい匂いが気にならないなんてどうかしていると思う。ルカは串をひっくり返した。


「……れだけあれば……イルドハントに…………」

「…………だけじゃない。以前から……織り込んで……」


 リヒトは急にそわそわして立ち上がった。

「僕は兄さんがクッションを作りたいなら全面的に賛成するけど、向こうは卒倒するかもしれないから一応報告してくるね」

「ん? ああ。もうすぐ焼けるぞ?」

「すぐ戻るよ!」

 ルカはリヒトがなにを言っているのかよくわからなかったが、リヒトは構わず小走りに駆けていった。


 リヒトがエーデルリンクたちに近づいて一言二言会話を交わすと、そこにいた一団が血相を変えてルカに駆け寄ってきた。

「おい! クッションにするとか正気か!?」ホッグがいきなりルカの肩に掴みかかってきた。

「……? はい」


 ルカは焼きあがった肉串をリヒトに渡しながら、自分と弟の部屋にふわふわクッションを据え置く目論見を話した。それを聞いたホッグは大口を開けて言葉を失った。シルジュブレッタは腹を押さえて笑い、戻ってきたマロルネは額に手を当てている。リヒトは横ではふはふ言いながら肉を咀嚼している。かわいい。


「お前はあほか! ぜったい! ぜったい売ったほうがいい! 売った金で! 最高級のクッションなんかお前らの部屋からあふれるくらい買えるんだぞ!!」


 ホッグがルカに罵声を浴びせる。なんじ、ただ本能のままに原野を駆ける無礼な者め。

 しかし弟に最高級のクッションを買ってやれる兄か……――ルカの心は少し揺れた。わめくホッグを尻目に、自分も肉を一口かじった。

(なんだこれ。うますぎる……)


「うむ。クッションというのは専門職が作るものだ。素人が手を出しても、素材の良さを生かしたものにはできないだろう。手作りよりも買ったほうがぜったいに満足できる」

 それまで黙って聞いていたエーデルリンクが重々しい声音で言った。

 たぶんそんなことないと思う。絨毯は専門職が作らないと綺麗に織れないが、クッションは布と綿と裁縫道具があれば誰でも作れる。

 二人して"ぜったい"と何度も強調してくる。おかしい。いったいなんだというのだ。ルカはいぶかしみながらも、ほかの串を一本ずつ周囲に渡していった。重低音で礼を言って丁寧に肉を受け取ったサンダーも、かじりつきながら追撃した。


「嘴と骨も買い取れるが、羽根が一番値打ちがあるのだ。売ったほうが得だと私も思う」

「王国にも高値で売れる。九啼鳥の羽根を献上したとなれば、王家に君の実力を知らしめられるぞ!」先ほどジャゴンと呼ばれた若手団員が余計なことを言った。

「じゃあ"ぜったい"嫌なんですけど」

 みなから一斉に睨まれたジャゴンは寒空の下、額から汗を噴き出させた。


 なぜみながここまでクッションに反対するのかルカにはわからなかった。リヒトは説得に当たった者たちを全員駄目な者を見る目で眺めたあと、口を開いた。ルカはその隙にリヒトの口に串から外した肉をぽいと放り込む。美味しいものは弟にたくさんやりたいのが兄というものである。


「兄さん、……もぐ……九啼鳥の羽根はね、防衛の魔術具に……むぐ……消耗品として必要なんだ……ごくん」

「え? そうなのか」


 ぽいぽいぽい。


「そう。だからね、……もぐっ……九啼鳥は本来……んぐっ……魔術師団と王国軍の精鋭が混合部隊を組んで何日も張って……もぐぅ……」

「うまいか?」

「おいしいです……」


 リヒトは説明を言い切れず不満そうだったが口のなかの肉の誘惑に屈した。リヒトの理性を駄目にするくらい九啼鳥は美味しかったのである。見れば肉串を渡された者たちはなんだかんだ幸せそうにその味を堪能しているようであった。

2023.04.28 脱字修正をしました。

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