069.時間が必要なこともある
順調に買い物をし、背負い袋のなかは保存食でいっぱいになった。カランも大量に手に入れて子どもたちもご満悦である。プルメリアは途中、色糸やリボンなども買い込み包みを受け取ると幸せそうに抱きしめていた。
教会の前を通りかかると、大人数用の馬車から出てくる白い長衣に身を包んだ集団が目に入った。教会本部は貴族区域のなかにあるので、ここは庶民のための王都第二支部だ。
「治癒魔法の使い手たちだね」
リヒトによると教会で白い衣を着られるのは教皇以外では治癒魔法の使い手だけだそうだ。ほかの魔法使いたちはラベンダー色の衣になるので一目で区別がつく。プルメリアが羨ましがっていた者たちなので、みな思わず彼女を見てしまった。
「な、なによっ! もうべつに羨んでなんかないもん! 私には私の仕事があるし!」
「嘘だな」
「嘘だねぇ」
「ぐうっ!」
フッタールとジェットに決めつけられてしまっているが、ルカはプルメリアが一応はそう言えたのを聞いて目を細めた。失敗してもできることからやり直さなければならない。そういったときになにかしら取り掛かれることが与えられているのは恵まれている。
「あ、あれスカーレットじゃない?」
ジェットのつぶやきに再度白衣の集団を見ると、一人だけ背の低い者が奥に交じっていた。鮮烈な赤毛を三つ編みにし、邪魔にならないよう頭に巻きつけている。
今日はたまたまの出会いに恵まれた日だ。いや、これは恵まれていると言えるのだろうか。不思議なもので今回もこちらが気づくと同時に向こうも気がついた。スカーレットはルカたちに向かって一瞬顔をほころばせたあと、プルメリアを見て固まってしまった。
「そういや治療院で修行してるんだっけ?」
フッタールがリヒトに聞く。「オクノ先生のとこでも手伝いしてるんだろ? えらいなー」
「称号をもらったってことは義務も生まれるってことだよ」リヒトは自分が見られない治療には興味がないので、どうでもいいという口調で応えた。
プルメリアの顔がだんだんむっつりとしてくる。
「そういやお前、スカーレットに謝ったの?」
フッタールはリヒトやジェットと話すうちにだいたいの事情を把握していたので直截に聞いた。ルカたちの視線を一身に浴びてプルメリアは顔を真っ赤にして怒った。
「謝ったわよ!」
「嘘だろ」
怒鳴るプルメリアにフッタールは遠慮がない。
「謝ったは謝ったよね。先生に連れられて」
ジェットはどうやら知っていたらしい。
「なんで知ってるのよ!」
「先に僕んとこ来たじゃないか。そのとき『もう一ヶ所が大変ね』って先生が言ってたから、これはスカーレットのところだなと思って、尾けた」
ジェットは当然といった顔で答える。実にいい笑顔だ。
「なっ……! 最悪!!」
プルメリアが男子二人と言い合っているうちに、スカーレットが集団から離れてこちらへ来た。スカーレットの様子で知り合いだと気づいた周囲の者たちが、気を遣って時間をくれたようだった。
「……」
スカーレットは近寄ってはきたものの、話しかけづらそうに少し離れた位置で立ち止まった。プルメリアもぷいっと横を向いてしまっている。どちらも負けん気が強そうである。
「お揃いでお買い物?」
ようやく口を開いたスカーレットはプルメリアのほうを向かずルカたちに聞いた。
「ああ、スカーレットは治療院の手伝いかい? 偉いな」
ルカがいつもの調子で返すとスカーレットの表情がすこしだけ緩和された。
先ほどリヒトが言っていたとおり、スカーレットは称号を得たことで既に実力があるとみなされ、数日に一度教会併設の治療院に来て見習いを始めているのだと説明した。
「でもこういうお祭りの期間は怪我人も多く出るからって、毎日来ないといけなくなっちゃったの。収穫祭のあいだはこの支部にいるわ。お休みは一日だけ」
「大変だな。授業は大丈夫なのか?」
「補講でなんとかってところね。冬休みもあるし……」
スカーレットはすこしうつむいて答えた。能力があって他人から認められるのも、認められないのとはまた別の種類の苦労がある。
「もう行くわ。そんなに抜けられないの」
「ああ」
先ほどから馬車と治療院を忙しそうに往復している白衣集団はルカの目にも入っていた。スカーレットはリヒトたちにも、最後にプルメリアにも目を向けて「じゃあね」と言って集団に戻っていった。彼女らは馬車から降ろした荷を運ぶと、まもなく建物のなかに引っ込んでしまった。
「あーあ、リヒト、スカーレットの買い物つきあってやれよな」フッタールがその様子を見ながら言った。
「なんで僕が」
「かわいそうだろ。仲いいと思ってた奴が自分と仲悪い女と買い物してたんだから」
それを言うなら自分ではなく兄さんだ、とリヒトは言いかけたが、それでルカとスカーレットがもし二人きりで買い物に行くことになったらおもしろくない。そう思い至りその場は黙っておくことにした。
収穫祭の盛況を十分に楽しんだ一行は、日が暮れる前に魔術学校に戻ることにした。収穫祭が終わったらすぐに前期試験があるため、今日はその直前の最後の羽休めだったのだ。帰り道で三人の生徒たちは座学をすでに修了しているリヒトを存分に羨み、ふざけて悪態をついた。女子寮の下まで送ってもらったプルメリアは、スカーレットと会ったあとはやや口数が減ってしまっていたが、ぜったい飛羊を見に来てくれと笑顔で手を振って寮に入っていった。
そしてリヒトはあの場では断っていたものの、スカーレットの休日に王都での買い物につきあった。ただリヒトはスカーレットを慰めようなどという気持ちは持ち合わせていなかった。甘味をおごってもらった代わりに服屋で商品の良し悪しを見させられ、リヒトの荷物のほうが多くなったため荷物持ちまでさせられたとスカーレットがクラスメイトに愚痴っていたのは、また別の話である。