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068.あの子

 商業区の広場に開かれている収穫祭の市ではさまざまな屋台が絡まり合うようにして立ち並んでいた。食べ物屋はもちろん、工芸品や反物、薬草に酒、魔術具に玩具――人混みを掻き分け、幕一枚を隔ててがらりと様変わりする景色に目が回るような思いもしつつ、ルカたちは見物を楽しんだ。

「……兄さん」リヒトがそっと耳打ちをした。「念のため財布にマーキングしておいて」

「ああ、大丈夫だよ。もう二度ほどられているが、財布は無事だ」

 ルカがなんでもないような顔で答えたので、リヒトは苦笑した。掏児すりたちはルカの使い古した手巾や束ねた紐を握りしめてご苦労なことである。

「僕ら子どもははした金しか持ってないから大丈夫なのかな」

「身長もあるかもしれないな。子どもの掏児には気をつけるように」

 リヒトはうなずいて前を進んでいた二人に注意喚起に行った。二人は慌てて自分の懐を確認し、ほっと息をついている。

(まあ彼らに対してなにか怪しい動きをした者はいなかったしな)

 ルカは保護者として三人をしっかり見守っていたのだった。


 そのような混雑のなか、向こうから見知った顔が飛び込んできた。周囲に気をつけて歩いていたせいだろうか、全員が一度に互いを認識した。

「プルメリア」

 最初に発したのはジェットだった。ルカはあの日以来見かけることがなかったが、謹慎期間は解けているので彼女も買い物に来たのだろう。ぎょっとした顔をしたあとすぐ気まずそうに視線を逸らしてしまった。

「よお、問題児」フッタールが遠慮ない言葉をかけた。敵意や悪意ではなく気安くからかうような口調だ。

「今日は牧場の仕事は終わったの?」

 話しかけながら近づいて行く。二人はプルメリアの奉仕活動を牧場の仕事と聞いているらしかった。

 みな無意識に人の流れから外れ、幕裏の空いたスペースに移動する。

 プルメリアは二人となにか言葉を交わしたあとルカを見ると、顔を赤らめてうつむいてしまった。もしかして白いのが怖いのだろうか。

「先日は……助けていただいてありがとうございました」

 プルメリアは潤んだ目を隠すようにしてルカに先般の礼を言った。

「ああ、私のことは気にしなくていいよ」

 怖かったのではなく恥ずかしかっただけかもしれない。でもきちんとお礼が言える良い子だった。


「あ、あの! ……ルカさま。今度アウル……いえ、私が世話をしている羊を見に来ませんか? なかなかかわいいんですよ。冬を越すと毛を刈ってしまいますから、ぜひもこもこのうちに」

「ぜひもこもこのうちに」ジェットが繰り返した。

「いいな、行こうぜ。ぜひもこもこのうちに」フッタールが乗っかる。

「あんたたちは誘ってないのよ!」プルメリアが怒って言い返した。

「僕も行こう」

「……リヒトくんも誘ってないんだけど」

「兄さんをお前の毒牙にかけるわけにはいかないからな」

 どうやらプルメリアは毒持ちだったようだ。

「牧場ってどこにあるの? 僕見たことないんだけど」ジェットが単純な疑問をぶつける。魔術学校の敷地内にはそれらしい場所がないからだ。

「門の反対側にあるってさ。普通の生徒は知らないっぽい」プルメリアの代わりにリヒトが答えた。

「なんでリヒトは知ってんだよ」

「こないだエーデルリンク先生に聞いた。プルメリアが世話してる羊は飛羊アウルルクっていって、空飛ぶ絨毯の材料になるんだ」

 プルメリアが先ほどせっかく口をつぐんだのに、リヒトにより情報は駄々洩れになってしまった。飛羊のことは調べればわかる程度の情報なので特段気にしてはいないのだろう。


「プルメリアは今日はなにかお目当てがあるのかい?」

 ルカはプルメリアがまだ買い物をしていなそうな様子を見て取って聞いた。プルメリアはつぼみがほころぶように控えめに微笑んだ。

「はい。手芸の材料と、なにか甘い保存食を」

 やはり甘味は外せないらしい。

「そうか。これからみなでカランの吊るし干しを買いに行こうと話していたんだが、一緒に行くかい?」

「いいんですか!」プルメリアが頬を桃のように輝かせて食いついた。やはり誰しもがカランに首ったけなのだ。


「おい、お前の兄ちゃんまたファン増やしてんぞ」

「プルメリアはいま増えたんじゃない。前から兄さんのファンだ……」

「お前顔怖すぎるだろ」

「あはは」

 男子三人も異論がなさそうだったので、道中の仲間がひとり増えることになった。


 しばらく歩いていると後ろから喇叭らっぱの響きが聴こえてきた。目を遣れば美しい仕立ての馬車が近づいてくるところだった。貴族だ。

 喇叭の音は庶民が道をあける時間を与えるためのものである。王族でない限り、道をあけさえすれば普通にしていてよい。王族は馬車で通るときは先触れがあるし喇叭の音も違う。そもそも大抵絨毯での移動であるため、庶民が出くわすことはめったにない。

 王都に慣れたプルメリアがみなに教えた。ルカもハンターズギルドでの世間話で聞いてはいたが、実際貴族のお通りに出くわすのはこれが初めてだった。けていればそのまま通り過ぎると思っていたのだが、馬車はルカたちのすぐそばで停まった。小窓が開く。しゃが下りていてこちらから中をうかがい知ることはできないが、ルカはそこから視線を感じた。

「なにかしら。スレイプニルの紋章は……たしかヴァルダン家よ。優秀な魔術使いを何代にもわたって輩出していて、王家と姻戚関係がある高位貴族だわ」

 プルメリアが戸惑いながらも馬車の紋章の意味するところを補足していたところで、小窓は静かに閉じられ馬車はふたたび軽やかに走り出した。そんな高位貴族が絨毯ではなくわざわざ馬車で市井を通るものなのかとは思ったが、貴族も収穫祭の物見をするのだろうと気を取り直し、ルカたちは買い物を続けた。

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