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067.王都へ買い出し

 王都での収穫祭は七日間にわたって行われる。魔術学校でも一年の恵みを祝うのだが収穫祭の時期からは少し後ろ倒しにし、毎年冬休みの直前に晩餐会を催すことにしていた。そのため収穫祭としてのお楽しみは王都が中心になる。この期間だけの特別な市が開かれるので、みな買い物や物見をしようと胸を躍らせているのである。


 収穫祭の初日、ちょうど休校日が重なったのでルカはリヒトたちにつきあって王都に繰り出していた。メンバーはリヒト、ジェット、フッタールのクプレッスス三人組である。


「ルカさん、お昼ごちそうさまでした」

 レストランを出たところで、ジェットとフッタールが揃って礼儀正しく頭を下げた。

「いいよ。せっかくみなで王都に来たのだから、楽しまなければな」

 ルカはいつもハンターズギルドを通して枝耳兎を卸しているレストランに三人を連れて行った。お手頃価格だし、店主はルカのことを見知っていたので少し割り引いてくれた。気のいい親仁おやじである。

 二人は一応収入があるようで自分で出すと言ったのだが、ルカは年長者だし、たまの祭りにリヒトの友達におごるくらいなんでもない。甘えておきなさいと言って財布をしまわせた。


 野外学習のときにリヒトと同じ班だった二人は、入学直後からリヒトと仲良くなったとのことだった。リヒトはどうやら「平民なのに従者つき」なのと「入学前なのに研究棟に出入りしている」という二つの理由で、寮生のなかでは目立っていたらしい。とくに気にしていたジェットとフッタールから話しかけられ、休み時間などに勉強を教えることで親睦を深めていったというのだ。ルカは心配していたリヒトの友達作りが円滑に進んでいたことを改めて確かめ、胸を撫でおろした。


「二人はなにか仕事をしているのかい?」

 先ほど収入があると言っていたのが気になって聞いてみた。

「はい、魔術学校内は結構仕事があるんですよ。時給は低いんですけど」ジェットが答える。

「へえ」

「僕は五日に三日、薬草畑の手伝いをしてます。授業の前に早起きして」

「俺は野菜畑です。上級生になったら魔術師団の手伝いとか、研究室の魔術具整備とかできるんだけど、一年はろくな仕事が回ってこないんです」

 ぼやくフッタールにリヒトたちは笑う。

「僕も魔術具整備ならやってもいいな。畑仕事は遠慮するけど」

「なんだと。いつでも来いよ顎で使ってやるから」

 フッタールがリヒトの首に腕を回す。

「実家でさんざんやったんだよ」

 ルカたちの実家の畑は収穫期が終わり一息ついている頃合いだ。ルカは故郷の畑が金色に波立つ様を思い浮かべた。手伝えなかったのは心苦しいが、ヴォルフ代筆の伝書鳥メールバードによると長兄に嫁が来たらしいので人手は足りたと信じるしかない。


「今日はなにか買いたいものがあるのかい?」

 リヒトとフッタールがふざけ合っているのでジェットに話しかける。

「はい。冬に魔術学校にこもることになっちゃったんで、まずは保存食ですかね。寮の食事だけじゃさみしいし」

「甘いもの! カランの吊るし干し!」フッタールが叫んだ。

 カランというのはそのままだとたいして甘くもない黄色い果物なのだが、皮を剥いて風通しの良いところに吊るして干しておくとひと月ほどで甘い保存食に変身する。しかも魔力回復を助ける効果があるので、魔法使いや魔術使いには特に好んで食されているのだ。ポルカ村にはカランが生えていなかったが、つい先日寮の食堂でデザートとして出たのを食べて感動し、バルバラに教えてもらったのでルカもよく覚えていた。

「あれおいしいよね」リヒトも同調する。それを聞いてルカはカランを倉庫ごと買ってもいいかな、などと考えた。


「あとは冬の退屈をなぐさめるものはいるだろうか」

 ルカがふとこぼすと、ジェットとフッタールがぴたりと足を止めた。

「どうした?」

「ルカさん、僕たちには冬に暇なんかないんです」ジェットがそれまでのほんわかとした雰囲気を引っ込め真剣な口調で言った。

「え?」

「そうです、俺たちは冬のあいだ特別講義をしてほしいって先生たちに頼みこんでいる真っ最中なんです」

「……」

 ルカにはよくわからなくてリヒトを見た。リヒトはやれやれといった顔をしていた。

「自分で言うのもなんなんだけどさ、僕が学術誌に載るくらいの発見しちゃったでしょ。もう一年生の座学も出てないし。それで同級生たちが燃えちゃったみたいで」

「ああ、なるほど」

 同い年のリヒトに良い刺激を受けた級友たちが、自分たちも頑張らねばと発奮したのだ。しかも今年の冬は実家に帰らず学校にこもれる。まさに集中して勉強する絶好の機会なのだった。

「それで僕にも冬休みのあいだ、勉強会開いてくれって」

「頼むよ!」

「僕も一緒に三年生になりたい!」

 フッタールとジェットがリヒトの胸倉をつかんで迫っている。

「いやだよ。僕は兄さんと冬ごもりをするんだ。お前らに邪魔はさせないからな」

 リヒトの確固たる決意にルカは思わず笑ってしまった。

「いいじゃないか、リヒト。私も冬のあいだずっと部屋にいるわけじゃない。エルダーの森には冬休み中も行くことになる。空いている時間がゼロってわけじゃないだろう?」

「ルカさん!」

「ほら、兄ちゃんだってそう言ってるぞ」

「ぐう……」

 めずらしくリヒトが押され気味である。ルカとしてはリヒトの味方なのだが、心から嫌がっているようにも見えなかった。リヒトが嫌なときは相手が食い下がれないくらい理詰めで切り捨てる。二人が諦めていないところを見るに、リヒトは迷っているはずだ。


(せっかくできた友達が一緒に飛び級したら、進級後もきっと楽しくなるしな)


 ルカはリヒトが受け入れやすいように妥協点を提案した。

「ただしリヒトにもリヒトのやりたいことがあるだろうから、計画やルールをきちんと決めればいいだろう。質問は勉強会の時間内にすること、寮の部屋までは押しかけないこと、とかな」

「うーん……それなら……」

「やった!」

「リヒトの勉強会だ!」

 二人はリヒトが言い終わる前に了承されたことにしてしまった。押しが強くてなんとも頼もしいことである。

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