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006.〈恩恵〉実験その1

 そのあとルカは予定通り、町を散策した。村と違って本屋があったり、ひとつひとつの店が大きかったり、品揃えが豊富だったりと見ていて楽しい。

 安宿を一晩借り、夕食は昼間の店にまた行った。行商のおじさんが昼を奢ってくれたおかげでお金が浮いたし、値段感がわかっているお店は安心だからだ。


 夕食のメニューはグラタンと煮込み肉団子という両方メインディッシュといった感じのものだった。グラタンは昼に行商のおじさんが食べていたので絶対に食べたかった。肉団子は本当はべつのメインのおかずくらいの値段がするのだが、お店のお姉さんが昼間ルカが泣きながら食べていたのを覚えていて、煮込んでいるうちに割れてしまってお客さんに出せないものをサービスでおまけしてくれたのだった。世にいう女神さまというのは、きっとこのお姉さんのことなのだろう。


 おなかが幸せの塊で満たされ、ルカは明日に備えてさっさと眠った。そして夜明け前に宿を出た。この時間、人影はほとんどない。少し遠くに人の動く気配がするが、市場の方角なので仕入れの人たちなのだろう。宿付近には人の気配は感じられない。


 街道を少し進んで立ち止まった。このあたりでいいだろう。

 いまの自分の位置をしるしておくために、手持ちの紐で円を作り、その中に立つ。紐は獲物を解体するとき腸を縛るのに使うので、いつも腰の革袋の中に入れてあるのだ。

 そしてルカは地平線を見つめながら〈瞬間移動〉の"くさび"を出した。


 七歳の時に発動した〈瞬間移動〉であるが、その検証はほとんどできていない。イノシシ事件以降、ヴォルフは十歳まで山の一人歩きを許してくれなかったし、留守番もなしで山を下りるときは一緒に下りていた。

「一度痛い目を見たんだから、お前を信用していないというわけじゃないぞ。俺もよくよく考えたら危険なことをさせていたと反省したんだ。お前に一人で中型の獣と戦う力がつくまでは、一緒にいる」などと言われては、不平を言うわけにもいかなかった。


 十歳を過ぎたころ、ルカはヴォルフが見守るなか、群れとはぐれたアカミミオオカミを単独で狩った。アカミミオオカミはオオカミ種のなかでも大型で、非常に獰猛且つ柔軟な動きで獲物を襲う。狩人は狩人でありまた獲物でもある。それを痛感させられる獣だ。それをはぐれとはいえ一人で狩ったことで、ルカは確実に一段階上がったと認められた。それでようやく範囲を制限しての一人歩きが許されたのだ。

 だが一人の時間ができても、〈瞬間移動〉の実験に山中を選ぶのはやはり無謀が過ぎる。遠くに狙いを定めて移動した瞬間、目の前に大イノシシが……なんてことになったら洒落にならないからだ。せいぜい近場の枝に〈瞬間移動〉する練習ができた程度だった。


 加えてここ一年近くは弟のリヒトも遊びに来るようになっていたから、ヴォルフの目を盗んで山小屋で試すのは安全をみてやめておいた。


 そんなわけで、満を持しての実験だ。

 今日試したいことは、〈瞬間移動〉はどこまで遠距離でできるのか。これを山中でやるのはさすがに危険だし不可能だ。しかし今日は地平線まで見える街道や農地に囲まれた場所があり、しかも時間帯的に人に目撃される可能性が低い。フードも深くかぶっているし、誰かにちょっと見られたからってすぐに再度〈瞬間移動〉すれば、幽霊でも見たと思ってくれるだろう。


 そうと決まれば"くさび"をできるだけ遠くに見るようにしてみる。ちょうど地平線のあたりに小さな建物が見える。人家というより農機具の倉庫のようだ。そのあたりを見ていると、"くさび"がどこかに吸い付くように定まった。


 これは不思議な現象だ。最初からそうだった。

 あのイノシシ事件の時も、最初に乗った枝が細くて心もとなかったため、太い枝に移ろうとした。でも"くさび"が定まる枝と定まらない枝があった。定まらないと〈移動〉できないため、二つにどんな違いがあるのか知らなければならない。それがわからなければ、いざというときにどこにも"くさび"が定まらない……ということだって考えられるのだから。


(でもとりあえずはあそこに〈移動〉……)


 ルカはいま立っている地平線すれすれの建物の近くに〈瞬間移動〉した。


(うん、問題ないな)


 建物は案の定農機具倉庫で人の気配もない。〈移動〉してきた方を見ると"くさび"がすでに定まっている。


(あれ?)


 無意識についたのだろうか。それとも移動してきたところにはつくものなのだろうか。疑問は湧いたものの、長距離の移動の検証中なのでいったん保留ということにした。


 さて、今度はその"くさび"が定まった状態から、さらに離れるように街道を走った。

「視界に入っていない状態でも〈移動〉できるのか」が知りたいのだ。

 結果は視界に入らなくても"くさび"は外れなかった。そしていまや地平線の向こうへ消えた場所へ、〈移動〉できると直感した。実際に〈移動〉する前に、〈移動〉できると感覚でわかったのだ。

 だから次はわざとつけた"くさび"を外した。そこから元の場所に"くさび"を打つことができるか? つまり

 

「知っている場所なら見えないところでもイメージで"くさび"を打てるか」


 が知りたい。

 結果としてそれはできなかった。視界に少しも入っていない場所に"くさび"を打つことはできない。だから山の中でイノシシに出くわしたとして、山小屋にイメージで"くさび"を打って逃げ込む……なんてことはできないということだ。


 期待したことが不可能とわかり、ちょっとへこみながら来た道を引き返す。

 ただ自分と"くさび"がどのくらい離れているのか感覚でわかるのは貴重な実感だった。「目で見えているからわかる」ではなく、「地平線の向こうになってもその存在がわかる」のだ。それは"くさび"を発生させた時点で感じる形容しがたい第六感としか言いようがなかった。


 農機具倉庫のそばに戻り、この位置から見える地平線の街道の真ん中が最初の立ち位置、つまり紐の円がある場所のはずだ。


(紐を回収したいから戻ろう)


"くさび"は今回も簡単に定まった。〈瞬間移動〉する。


「は?」


 ルカは足元を見て目を疑った。小さいアロエの鉢がそこにはあった。ルカの両の足にすっぽりと挟まるような感じで。


(いやいやいや)


 頭が大混乱だ。ちなみに紐は影も形もない。


(待って。待って……)


 絶対に間違えてない。身長が変わらなければ、地平線までの距離は同じはずだ。そして自分は出発地点から地平線上の農機具倉庫に行き、一回"くさび"は外したけれども、農機具倉庫から見えた地平線上に戻ってきたのだ。同じ場所でないとおかしい。


 わずかに場所がずれたのかなと思って付近をしばらく駆け回ったが、紐は見つけられなかった。それになんといってもおかしいのはアロエだ。宿からずっとこの街道をてくてく歩いてきたのだ。アロエの鉢が街道のど真ん中においてあったらぜったいに気づく。ぜったいにだ。

 いま自分が立っている場所は、おそらく元の場所で正しいはずだ。ルカは森歩きを五歳から始めて七年になる。木の特徴を覚えるのは無意識レベルでやっている、もはや癖だ。先ほど紐で円を作るときに、このあたりにするかと周囲を見回した。いま自分の脇にある木は、そのときに見た木だ。間違いない。


(自分の七年が嘘を言っていなければ……)

 地平線を見れば、農機具倉庫の近くに"くさび"がぽつんと見えている。


 ルカはある仮説を立ててアロエの鉢を持ち、今度は〈移動〉を使わずにその"くさび"へ向かって歩いていった。

 そして見つけた。農機具倉庫のそば、〈移動〉前に自分が立っていた位置に、円形の紐が落ちているのを。


「〈瞬間移動〉じゃない」


 呆然とした思いは、自然と口からこぼれ出ていた。

※2022.06.05 誤字修正をしました。

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