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066.お前はなにをやっているんだ

 ルカは時間を忘れて本に見入っており、そろそろ生徒たちの授業が終わる頃合いになってようやく切り上げた。

「すみません、ありがとうございました」

 司書の女性に声をかけると、ルカについていてくれた小鳥が彼女の手元に戻っていった。

「どういたしまして」

 司書の女性は小鳥の魔術具を鳥籠にしまいながら感じの良い笑みをルカに向けた。

「その子にガスパール・デシャールという人の本を教えてもらったのですが」

「ああ、郷土資料ですね? 『エルダーの森観察録』っていうシリーズの」

「はい、それです。あれは素晴らしい本ですね」

「ふふふ。デシャール博士はこの魔術学校出身の博物学者なんですよ。現在は引退されて王都で暮らしていらっしゃいます。あの観察録は、引退の直前までライフワークのように書いていらっしゃいました」

「そうだったんですか」

「まあいまでも個人で研究されていますけどね」

「また読みに来ていいですか?」

「もちろんですよ、ルカさん」

 司書の女性は特段触れてこなかったが、ルカのことを当然知っていた。帰りはとくに女神像の問いはなかったので、どちらからでも通れそうだったが一応来たときと同じ側を通った。


 部屋に戻るとまもなくリヒトも帰ってきた。近ごろは日中部屋に戻っても一言二言を交わしてすぐに出て行ってしまう。藍星鉱ブルーステラの研究に夢中なのだ。だが今日はルカが「図書館に行ってきたよ」と言うと、興味を持ったようで扉に向かっていた足を止めた。


「え! 案内鳥ルビーバード見せてもらったの!?」

「ああ、あの小鳥の魔術具はそういうのか」

「僕、見せてもらうの結構時間かかったのに……」


 入り口に立っていた女性の像は「智の女神像」と呼ばれていた。左右どちらに振り分けられてもよいのだが、不届き者はあの場で追い返される。リヒトも追い返されている者を見たことがないので、なにが起こるかはわからないのだと言った。

 司書の女性は教師でもあり、ミグルといった。ルカはふとリヒトは司書になんと話しかけるのか聞き、リヒトからなぜそんなことを聞くのかと逆に質問されてしまい、ホッグの助言から智の女神像のところで「お姉さま」という呼びかけを捻り出したことを白状した。リヒトも母の厳しい躾を受けているので理解を示してくれるはずだ。リヒトは笑って

「大丈夫。ミグル先生はそんなに気位の高い人じゃないよ。次からはミグル先生って呼んでね」

 と教えてくれた。

「ああ、わかった」

 リヒトはにっこりとした笑みを貼りつけたまま、研究に行くからと部屋を出た。

「……ホッグめ、兄さんにおかしな嘘を教えやがって」




「図書館での収穫はどうだった!?」


 翌日、狩猟番の仕事に行ったルカはやけにニヤニヤした顔のホッグに話しかけられた。

「ああ、とても良い本を見つけることができました。ガスパール・デシャールという博士が書いた本です」

「ああ、あのジジイの本か……いや、そうじゃなくて」

「はい?」

「なんかあったんじゃないか? ほら、女の平手打ちを食らったとか! とりあえずなんか嫌われたとか!」

「……何を言っているんです」

 ルカが怪訝な顔をすると、ホッグはなぜかがっくりと肩を落とした。

「なんでだよ、俺が言ったときにはめちゃくちゃ怒ったくせに」

 なにやら言っているが、よく聞こえない。

「驚くことは多かったですよ。案内鳥とか。そういえば、智の女神像もすごかったですね。最初彼女を司書と勘違いしていました」

「え! 智の女神像って、あの、虹色の石のついた杖持ってる奴か?」

「はい」

 ホッグがなにやらとても驚いているが、そろそろ出かけてもよいだろうか。せっかくだから昨日頭に入れた魔獣に出会えるといいな。そんなことを考え足取り軽く歩いていくルカの背中を見ながらホッグは独り言ちた。

「……あいつのほうがもっと怖いはずなんだが……へえ……」



 後日、ルカはまた休みを使って今度は<大型編>を読もうと出かけることにした。リヒトも一緒に読みたいとついてきている。


「そういえば、リヒトは智の女神像のどちら側を通っているんだ?」

「右側だよ。誰かが左側を通してもらったって話は聞かないね。兄さんは?」

「私も右側だ。そうか、左は誰も通っていないのか」

「無理に通って智の女神像に嫌われたら嫌だからできないけどさ、誰か強行突破してみてくれないかなって思ってるんだよね」

 たしかに彼女に嫌われて二度と図書館に入れてもらえなくなったら生徒にとっては大打撃である。リヒトの願望が叶うのは難しいだろうなとルカは苦笑した。


 木のトンネルに入り木漏れ日のなかを二人でのんびり歩いていると、金属が鳴るような音が聞こえ前を行く人影に目が行った。なにやら見覚えのあるフォルムである。どう見ても、兜をかぶった大男だ。

「前歩いてるの、臆病ホッグ(・・・・・)じゃないか。どうしたんだろ」

 リヒトの言葉でルカはホッグが生徒たちから「臆病ホッグ」と呼ばれているのを知った。なんとも残念な響きである。

「なんかいっつもあの甲冑着てさ、あの図体でびくびくしてるから目立つんだよね。森番任されてるくらいだから優秀だとは思うんだけど、あれだとどうしてもからかわれちゃうよね」

「たしかになぁ」


 先にトンネルを抜けたホッグはまっすぐエントランスの智の女神像のもとへと向かっていった。ルカは合流しようかと思ったのだが、リヒトに袖を引かれトンネル出口の植え込みに身を潜ませた。


「どうしたんだ?」

「だって臆病ホッグがわざわざ図書館に来るなんて変じゃないか。普段は森小屋に閉じこもって、めったに学校側に来ないんだよ」

「そうなのか」

 ルカは普通に顔を合わせているので気がつかなかったが、ホッグはエーデルリンクの命令がない限り極力学校に来ないようにしていたのだった。


 ルカとリヒトが植え込みの陰を移動し近づいていくと、ホッグが智の女神像の前で止まった。図書館に入るというよりは、智の女神像に用があって来たというように見える。


「よう! ひさしぶりだな! お・ば・さ・ま?」


 声が大きいのでしっかりと発言が聞こえる。ホッグが「おばさま」を強調するように話しかけると、女神像は目を見開き美しい眉を逆立てて怒鳴った。


「汝、東も西もわからず、光と影の区別もつかず、ただ本能のまま原野を駆ける無礼な者だ!」


 ルカはそれを聞いて、あれ、と思った。

(問いかけじゃないのか。断定だ)


 女神が手にしている長杖の玉から光線が出る。ホッグは驚いて襲い来る光線から逃げ回った。

 勉強熱心なリヒトは追い返される者がどんな扱いを受けるのか、その目で見ることができたので夢中になって観察している。小さく「いいぞ! そこだ! やれ!」と言っているが、それも彼女の光線をつぶさに観察したいが故であろう。

 しばし光線攻撃に追い回されたのち、ホッグはズボンを焦がされ這う這うの体で逃げていった。ルカは一連の様子を見てようやく思い出した。ホッグに母の教えを伝えてやろうと思っていて、すっかり忘れていたのだった。

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