063.食えるかルーペ
いくつか魔術具の説明を受け、ルカは魔力がうまく扱えないことを伝えた。
「わかった。じゃあお前は自前の弓でいいな。魔力を込めておいてやることはできるが、うまく扱えねえのに攻撃用の魔術具を使うのは危ねえ」
自分用の魔術具を準備しているホッグの言葉に、ルカはうなずいた。ホッグの道具は一見巨大な金棒に見えた。ホッグがしっかりと握り(ルカには見えていないが)魔力を流すと、持ち手以外がなめらかに変形した。長剣、手斧、刺突剣など次々に姿を変えるさまを見て、ルカは感嘆の声を上げた。
「これはすごいですね!」
「へっへっへ。そうだろう! 俺にかかればこの程度、朝飯前ってなもんだ!」
調子に乗ったホッグはさらに変形させる。釘のような尖りが何本も生えた拳大にも満たない球体が鎖につながれた状態で発射され、それが刺さった獲物に対し持ち手に埋め込んであった雷撃石から電流を流す、というルカが初めて見る武器も見せてくれた。風の刃や炎弾を出す魔術具のような完全な飛び道具もあるが、森を不必要に荒らすのと熟練度の問題であまり使わない。一番獲物と距離を取って攻撃できるのがこれなのだと言った。
「でもかなり強力でしょう、これ」
ルカは雷撃石はどうかと思っていたのだが、鎖をつたうのであれば狙いも正確だし問題ないのではと思う。
「うまく獲物に刺さりゃあな」
なにやら不穏な答えであるが、いままで森番としてやってきている実績があるのだから大丈夫なはずだ。信じよう。
ホッグが弓を見せろと手を出したので渡してやる。ホッグは木や骨を組み合わせることで複雑な湾曲を見せる短弓を矯めつ眇めつ眺め、矢をつがえずに弦を引いたり弾いたりした。
「こういう弓は、もともとオクノのばあさんたちの民族が使ってたんだ。それまでもまったく入ってきてなかったわけじゃねえが、ばあさんたちが王国に受け入れられたあとから広く出回り始めた。それまではもっと単純な弓だったらしい。前の森番のじいさんの受け売りだがな」
「そうなんですか」
ホッグの言っている単純な弓というのは、三日月のようなシンプルな形状の弓のことだろう。ルカも幼いころはそれだった。だがヴォルフの指示で成長に合わせて複数の素材を組み合わせた強い弓に替えてきた。弓の中央と両端が射手に対して反り返っており、弦を引くのに大きな力がかかるぶん、より弾性に富み、射程と威力が格段に増す。ヴォルフは弓に適した素材や加工にも精通していて、機があるごとに試作品をつくっては改良していた。ルカは昔からヴォルフがつくったものを与えられていたが、いま使っている弓は一緒に作ったものだ。ルカも一人で一から作れるように、壊れたら修理できるようにと教えられている。
「それにしても、ずいぶんうまく改良してあるな」
ホッグはしばらく観察したあと満足したのか、ルカに弓を返すと床に置いてあった木箱をごそごそと漁りはじめた。
「えーと……お前でも使えるやつがたしか……よっと。これを貸してやろう!」
渡されたのは虫眼鏡だった。持ち手の部分はでこぼことしており、レンズにはすりガラスのような趣で文様が刻まれている。これではなにか見るにも都合が悪い。
「これは?」
「当ててみろ!」
「虫めが……」
「わっかんねえだろうなぁ! なんせお前は魔術具のど素人だからなぁ!」
ホッグは極めて嬉しそうにルカの言葉を遮った。
「獲物を……」
「そんなに頼まれちゃあ、しかたがねえ! 俺が実地で教えてやろう。行くぞ!」
そう言うといそいそと甲冑を装着し、機嫌よく大股で歩いて行く。どうやら学校だけでなく森にも甲冑は必要なようだ。それにしても、ホッグは自分の頭のなかでルカの幻想と都合よく会話でもしたのだろうか。やはり「木の手」にいがぐりを拾っていってやろう――そうルカは心に決めた。
とりあえず連れ立って森の奥に進むように歩いていく。
「魔術師団はもういないんですか」
「いや、まだ奥に調査班が残ってる。ただ骨の運び出しが終わったからかなり数は減ったな。今日はルートも被らないから会わないだろう」
「わかりました」
歩きながらもいろいろなことを教えてもらう。狩った魔獣はエーデルリンクに言われた通り魔術学校でも買い取ってくれるが、王都のハンターズギルドに売りたい場合は魔術学校の許可がいる。当然許可が下りないものも多い。この森での獲物を魔術学校以外に売るつもりがなかったので、とくに異論はなかった。
「そもそもハンターズギルドに売れると思っていませんでした」
「まあ普通は持ち出さないな。お前が所属してるっていうから念の為言っただけだ」
「そうでしたか」
突如、頭上の枝葉のあたりからがさり、と音がした。
「うひゃあ!」
音よりもホッグの悲鳴に驚いてしまう。
見ると、小さな栗鼠に似た魔獣が木を伝い登るところだった。魔獣だとわかったのは、しっぽが炎のように光り輝いていたからである。あれは火事にならないのだろうか。
「な……なんだ。炎栗鼠かよ。びっくりさせやがって……」ホッグが安心したように肩を落とす。
「炎栗鼠とはなんですか?」
「あの栗鼠みたいなやつだよ。あの炎は偽物で、魔法で光ってるだけだから気にしなくていい」
「わかりました」
臆病な小型魔獣はこういった威嚇の魔法を使い、相手が驚いているうちに逃げるのだという。
「あれは狩らないが、さっき渡した虫眼鏡で見てみろ。そこの持ち手の……そう、そのでっぱりを押してからだ。魔力は補充してある」
「……?」
<うまい>
(え?)
ルカがホッグの指示通りに持ち手の突起を押して炎栗鼠を見ると、レンズ部分の文様が一瞬ふわりと輝いて消えた。その代わり炎栗鼠を囲むような印が表示され、文字が浮かび上がった。ルカがびっくりして突起から指を離し目から虫眼鏡を遠ざけると、その表示は消えてしまっていた。またうっすらと元の文様が浮かんでいる。
「……うまいと出たんですが」
「それがそのルーペの効果だ。うまい・ふつう・まずい・しなない・しぬ、の五通りの表示が出る。〈食えるかルーペ〉と名づけた! 俺が!」
ホッグは太い親指で力強く自分を指した。
「魔獣の名前は出ないんですか」
「名前なんか食うのに関係ないだろ」
「……」
それもそうかと頭の半分で思いつつ、残りの半分でいや名前は欲しいだろうと主張するルカがいる。そもそもホッグは報告書を書くのも仕事のはずだ。それを言うと
「俺は当然知っている! だがただ狩りをすればいいだけのお前が知る必要はない!」
とのたまった。
「俺としてはすごくうまいとか、めちゃくちゃうまいとかの表示も欲しかったんだが、それを作ったのは落第ギリギリの生徒でな。改良するのもめんどくせえからそのまま使ってるんだ」
ホッグはなぜか得意気に腕を組んで言った。
「いや、そもそもうまいというのは主観だし……食えるか食えないかだけでよかったのでは……」
「じゃあ行くぞ!」
「はあ……」
狩りはこれからだというのに、なんだか疲れていた。そしてその後も獣の気配がするたびに飛び上がるホッグをなだめつつ、ルカはエルダーの森を知っていくのだった。
食えるかルーペは起動が物理的なスイッチのためルカでも使えるとホッグが判断しました。




