062.ホッグと森へ
「あいつ! ちくしょうめ!」
ガチャンガチャンと甲冑をうるさく鳴らし、ホッグは悪態をついた。
「『木の手』になにをしたんですか」
「なんもしてねぇ!」
嘘をつけ、とルカは目で言った。なにもしていないのに、あの親切な「木の手」が攻撃をしてくるはずがない。ルカの胡乱な視線に気づいたのか、ホッグが歯切れ悪く話しはじめた。
「あー……俺も学生のときはクプレッススだったからな」
「それで?」
「卒業制作に困って、あいつを改良して出そうとした!」
「……改良って?」嫌な予感がする。
「そりゃあ分解してもっといい手にするに決まってるだろ」
「胸を張らないでください」
偉そうに腰に手を当てたホッグを思わずたしなめた。「木の手」が怒るのも当然である。
「もう十五年は前のことだぞ! いつまで根に持ちやがる!」
「木の手」はどんぐりでなく、いがぐりを投げてやればよかったのだ。今度拾っておいてやろうか。
「よし! じゃあさっそく行くぞ!」
ホッグは兜をかぶり直して地面に置いていた黒っぽい絨毯を浮かせた。
「あれ、ホッグも絨毯持っているんですね」
「こりゃあ、備品だ! 自分のなんか買えるか!」
「なるほど」
「汚すなよ! 校長先生から拳骨を喰らいたくなきゃあな!」
エーデルリンクが拳骨を喰らわすのはホッグくらいだと思うのだが、それは黙っておくことにした。
「私もリヒトから借りて持ってきているんです。タピー、おいで」
ルカは寮の入り口で巻いた状態でもたせかけてあった絨毯を呼んだ。
リヒトは昨日午後の時間をたっぷり使って、絨毯にかなりの数の術式を組み込んだ。タピーという呼びかけをトリガーにして、限られた命令に反応するようになっている。必要な魔力はリヒトが補充済みだ。
「……お前の弟はえげつねえな」
ホッグがルカのところまでするすると低空飛行してきたタピーを見、思わずといったふうに唸った。
ホッグは自分の絨毯をルカとタピーに並ばせるようにして浮かせると、そのまま同じスピードでエルダーの森へ進んでいった。
「エルダーの森での狩猟には、絨毯は使うんですか?」
ルカは寮と森の入り口との往復しかできないため、確認しておかなければならなかった。
「いや、森は歩くんだ。絨毯で上空から獲物を狙い撃ちって思ったろ?」
「ええ、そういう狩りの仕方があるのかなと」
空中から獲物を見つけるのは葉の落ちた冬しか無理だろうと考えてはいたが、魔術学校の面々がどのように狩りをするかわからなかったので聞いてみたのだ。
「できねえ。相手が魔獣だからな」
ホッグが肩をすくめると、甲冑がガチャンと鳴った。
「というと……魔法の攻撃がかわせないからですね」
「そうだ。空を飛んでたら隠れるところもねえからな。一応絨毯に防御の術式も組み込んであるんだが、もし下手打って中型以上の魔獣の攻撃をまともに食らったら無傷ってわけにはいかねえ。そうすっと、この絨毯にも当然傷がつく」
「ああ、弁償できませんね」
「そうだ。それに絨毯が損傷を受けてもし飛ぶ機能や安全装置の術式を失ったら、俺らは上空から放り出されることになる。死ななくても骨が折れりゃあ、魔獣の餌になるのを待つだけだ。魔術学校は狩猟番と絨毯、両方一度に失うことになるんだ」
「なるほど」
ルカはホッグの説明に感心した。
「一回やって絨毯のはじっこ焦がしてよ! しこたま怒られたからな!」
「なるほど……」
どうやら骨身に沁みていたうえでの説明だったようだ。
「魔術師団の奴らは森の上空を飛ぶこともあるが、それは編成を組むからだ。あと十分な魔術具を積んでるからだな。それでも森の浅いところ以外を飛ぶことはめったにねえな」
先日ヒュドラの件で駆けつけてくれたが、たしかにあれも大編成であったとルカは思い返す。
ホッグが偶然川べりで見つけた中型魔獣に絨毯を焦がされ、すごい運転技術で逃げ切った話を得意気にしているうちに、森の端に到着した。
ルカの「タピー、おやすみ」という声に反応して、絨毯は自分で自分を巻き、地面に転がった。ルカがぐったりとしたタピーを小脇に抱えると、ホッグも絨毯から下りて森を進んでいった。
いくらか歩くと拓けた場所に出て、ホッグの小屋が姿を現した。作業場、ホッグの居住部、納屋の三つが一体化したような構造になっている。また、外には屋根のある薪置き場と獲物の解体場、水場、焚火ができる石囲い、その近くに腰掛用の丸太がある。要するにヴォルフの山小屋とさして変わらない丸太小屋だった。作業場の中を見せてもらうと、道具置き場もかなり充実していた。武器も豊富だし、火薬や縄などの資材、様々な種類の罠もある。槍や弓には文様が刻まれているので、それらは魔術具なのだろう。さすがは魔術学校。狩りでも魔術具を使うのだ。
ルカは道具置き場の一端にタピーを置かせてもらい、ずっと気になっていたことを問いかけた。
「ところでホッグはその甲冑をいつ脱ぐんです?」
「……」
「というか、なぜそんなものを着ているんですか」
「……」
「もしかして私も着なくてはならないんですか」
これが森番の正装であった場合ルカにも強要される懸念がある。それは是が非でも避けたかった。
「……まあ、もう小屋だし……いったん脱ぐか」
そう言うとホッグは兜を脱ぎ、甲冑の胴も外し始めた。
「学校になにかあるんですか」
「……」
ルカが気になって質問を続けるが、ホッグはまた黙秘をする。
「エーデルリンク先生の家に来たときは着ていませんでしたよね。学校のなかを通って、ジュールラックの門を越えてきたんでしょう?」
学校で甲冑を着たいのであれば二日前の初対面の日も着ていたはずである。でもあの夜は普通だった。
「……脱がされた」
「え?」
「……! ジュールラックに脱がされるんだよ! 毎回誰だお前とか言いやがって! 指輪でわかってるはずなのに!」
ジュールラックは門の前で甲冑を脱がないと通さないという。あの日は門の脇に甲冑を置いて通ったのだそうだ。兜をかぶったホッグは不審者以外の何者でもないので、門番として実にまともな仕事をしている。というか毎回言われているのになぜ毎回着ていくのか理解できない。胴まで脱がされるのは多少厳しいかもしれないが、門番が通さないと言っているのだから抵抗しても詮無いことである。
「じゃあやっぱり学校に来るときに甲冑を着ているということですか? ……もしかして『木の手』対策ですか?」
ルカがまさかと思いながらも真剣に問うと、ホッグは顔を赤くして言い返した。
「そんなわけあるか! どんぐりで甲冑着てたら馬鹿みたいだろ!」
でもいままでルカが見たホッグはどんぐり相手に甲冑を着てもおかしくない男だったような気がする。怒鳴られたことに理不尽さを感じつつ、この調子では質問に答えないだろうと判断し、気を取り直して目の前の魔術具を眺めることにした。