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058.神界の客(まれ)もの

〈神界のまれもの〉とは、なぜ存在するのかまったく説明のできない出土品の総称だ。現在の王国ができる前の古代国家遺跡から見つかることもあれば、森の岩場の洞穴で発見されたこともある。魔術具とは違う。御伽噺のなかでは主人公が手にして奇跡を起こしたり、探して来いと難題を突きつけられるときのアイテムだったりする。ルカが読んだことがあるのは、なんでも三つ願いを叶えてくれる精霊の住まうランプを手にした若者の話や、求婚者に「これを探して来たら結婚してやろう」と正体のわからない珍奇な名前の宝玉を指定する美姫の話だ。そういった話に出てくるランプや宝玉などのアイテムを、巷では〈神界の客もの〉と呼ぶのだ。神の世界から流れてきた説明のつかないもの、程度の意味のはずだった。

 エーデルリンクの説明を聞いているうちに、二人は熱に浮かされたようにぼんやりとしてきた。自分たちはなにを聞かされているのだろう。与太話だと一笑に付すには、彼の声にも醸し出す雰囲気にも軽さが足りない。


「……架空のものだと思っていました」

「架空のものもあるな。でも元々は実在するものが神話や古い物語に意図的に組み込まれた、と考えるのが自然だ」

「エーデルリンク先生にもわからないんですか?」リヒトが聞く。

「目の前に実際のものがあって、そこから推測するしかできない。私も生まれる前のことだしね」

 エーデルリンクは目の前の藍星鉱ブルーステラを指で示した。ルカが知る二つの物語を言うと、ランプのほうは架空の産物とのことだった。

「道具というよりね、素材なんだ。これは鉱物だけど、なにかわからない物体としか言えないものもあるんだ。分析もできない」エーデルリンクは自身の経験を思い出すような顔をして言った。「ただし〈神界の客もの〉と呼ばれるものはすべて、説明のつかない、仕組みを見つけられない、特別な特徴があるんだ。たとえば魔獣や魔法を含む植物なんかは、魔術師が見ればその作用がわかる。でも〈神界の客もの〉は無理だ。その性質が神懸っているとしか言いようがない」


 そう聞いて、二人の目はいよいよ目の前の鉱物に釘付けになった。


「で、だ。これはさっき話した〈精霊アニマの岩〉の近くで見つかった。サニカの両親が私に預けたものの一部になる」

「どういうものなんですか?」

「見てのとおり金属だ。硬さ・加工のしやすさは鉄と同程度。触れるとその者から魔力を吸い取る。そしてその者の魔力に染まり、以後ずっとその者と結びつく。これはまっさらの状態で保管してきたが、一度染めてしまうとその者が死んだあとは使い物にならない」

「それをどうして私に」

「勘だよ」

「勘?」ルカは驚いて聞き返した。

「ははは、冗談だよ。単純にルカ殿の弓の役に立つと思ったんだ」

「というと……」

「魔獣はただ物理的な攻撃をするよりも魔力を込めた攻撃をするほうがダメージがよく入るものなんだ。だからこれを矢尻に加工すれば、ここぞという時の矢になるのではないかと思ってね」

「なるほど」

「それだと魔力を何度も込め直すことになるんですか?」

 ルカが特になにも考えず流そうとしたのでリヒトが割って入った。

「うん、魔力は放出されたら込め直さないといけない。でも一度染められたことは変えられない」

「試したことは?」

「私がある。この量であれば倒れるほど吸われることはないよ」

 リヒトは安全性を気にしていたが、話の続きを聞くためにいったん引き下がることにした。

「矢尻にするといってもこれだけしかあげられないから、鉄の矢尻に纏わせるか、合金を作るようなかたちになるかもしれない。そのあたりはリヒトと相談してほしい。リヒトにも良い研究材料になるはずだ」

「……矢尻以外に使っても?」

「これはルカ殿への褒賞だ。好きにしていい」

「ありがとうございます」

 とりあえず寮に戻ったらリヒトにいじらせてあげようと思った。


〈神界の客もの〉については、新たな発見を求めて好事家の貴族が探索させることもあるという。

「たいてい収穫なしで終わるんだけどね。そんなに何度も予算も組めないだろうから、本当に数年に一度くらいのことだ。彼らの手足になるのはお抱えの兵士と指名依頼を受けた上級ハンターなんだよ」

「ぜんぜん知りませんでした」

「白い狩人がもっと有名になって貴族につながりができたら、いずれ駆り出されていたかもしれないね」

 ルカは一時登録で心底よかったと思った。あるかどうかわからないものを探すのを手伝わされるくらいなら、毎日兎を狩っていたほうがよほど楽しい。


「じゃあ、リヒトくんは星見台に一緒に来る?」

「はい!」

 話がひと段落したと判断したサニカが声をかけると、リヒトはいそいそとサニカについて家の奥へ行った。どうやら裏の塔へは外に一度でなくても行ける通路があるようだ。


 エーデルリンクは二人の後ろ姿に目を遣ると、藍星鉱を元通りに毛皮に包んだ。

「母岩にもできるだけ触らないように。この皮ごとあげるから」

 それは稀少魔獣・愚者鼠リペルラットの皮とのことだ。死ぬとその皮は魔力を通さない性質に変化する。それで包んでおけば、魔力の扱いに長けていない者が触って"つるっと"魔力が入ってしまうのを防止できるのだ。「魔力絶縁体はいくつか種類があるけど、これが一番信用できる」そう言いながらもエーデルリンクの手つきは割と危なっかしい。間違って藍星鉱に触られそうではらはらしつつ、ルカはありがたく受け取ったのだった。


 褒賞の話が終わってしまうと、途端に沈黙が落ちた。これはルカも星見についていけばよかっただろうか。多少なりとも気まずい思いをしていると、エーデルリンクから口を開いた。


「リヒトは天才だ」

「ええ」急に当たり前のことを言われたのでルカは面食らった。

「謙遜しないんだね」

「一番近くで見てきましたから」

「なるほど」エーデルリンクは髭を撫でながら頷いている。「ルカ殿はリヒトが卒業したあとはどうするか考えているのかな」

「ルカでいいですよ。……私はポルカ村に戻って村の狩人として生きるつもりです」

 リヒトがクプレッスス寮に住み、従者枠が適用されるのは学生のあいだだけだ。「まだ先のことなので、しっかり考えているわけでもないのですが」

「思っているほどには先のことではないかもしれない」

 ルカはエーデルリンクの言葉の意味がわからなくて首をかしげた。

「リヒトは学年末試験の結果にもよるが、飛び級させようと考えている」

「飛び級?」

 ルカはそこでリヒトが補講時間を使い、一年分の試験をすでに満点でパスしていることを初めて聞いた。休講が明けてからは実習以外の座学では二年生のクラスに移動し、年上と授業を受けている。そのため来年夏の進級は二年生をスキップして三年生にしないと、リヒトはかなり時間を持て余してしまうはずだというのだ。しかし、せっかくジェットやフッタールといった友達ができたのに、学年が変わるのは寂しいのではないだろうか。


(優秀だとそんなこともあるのか……)


「リヒトが卒業するのは意外と早いかもしれない。来年は三年生で、その次は五年生かもしれないんだ」エーデルリンクは続けた。

「成人までは一緒にいられるでしょうか」

 リヒトが独り立ちするまでは一緒にいてやりたい。欲しい素材があったら探すのを手伝ってやりたいし、金も――リヒトならすでにいくらでも稼げそうではあるが、そんな心配はしないで勉強に集中させてやりたい。卒業まで三年なら成人するまでサポートすることができるが、もっと早まった場合自分はリヒトが成人を迎える日には魔術学校を追い出されているかもしれない。もちろん魔術学校の外では会えるだろうが、研究員となったリヒトが冬に里帰りできる自由度があるのかは未知数なのである。


 ルカが難しい顔をして黙り込んでいる様子を見て、エーデルリンクは切り出した。

「エルダーの森の狩猟番をしてみる気はないかな」

「え?」

「ルカ……の弓の腕は証明済みだ。ヒュドラのことがなくてもいずれ打診したいと思っていた。ジュールラックが毎回獲物のおすそ分けをくれると喜んでいたからね」

 ジュールラックめ、なにを話したのかな。

「いえそんな」

「今度も謙遜しなくていい」エーデルリンクはくつくつと笑った。「それに君はすでに魔術師団からの信頼も得ている。居心地は良いと思うよ」

「……」


 エルダーの森は、いままさに荒れている真っ最中の森である。要するにエーデルリンクは荒れた森で強い魔獣が森の端まで出てきていないか確認してほしい、そして出てきていたら狩ってほしいと言っているのだ。ルカの頭に、寮の部屋も食事も無償で提供されている事実がよぎった。しかしそれは従者枠の権利だったはずだ。ルカは腕を組んで唸った。

「もちろん、ハンターズギルドの条件と同様、獲物はこちらで買い取らせてもらう。君やリヒトが欲しいと思えば、そのまま自分たちのものにしたっていい」


(……金になるのか)


 それを先に言ってほしい。金になるのであれば、それはただの仕事である。ルカは急にやる気になった。同時に褒賞として藍星鉱を渡されたことに合点がいった。最初から魔獣退治をさせるつもりだったのだ。そして魔術学校で仕事を得れば、ルカは立派な職員である。リヒトが成人までに卒業しようがしまいが、ここにいられるということだ。ルカが引き受ける気になったのが伝わったのだろう。エーデルリンクはにんまりと口角を上げて髭を撫で続けている。どうやら自分はこの老獪な爺にうまくしてやられたようだ。ルカは少し癪に思いながらも承諾することにした。

 いままでフリーター的な従者だったルカが魔術学校所属になりました。もちろんリヒトの従者も続けます。

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