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057.褒賞のおはなし

 エーデルリンクとの晩餐は思った以上に家庭的で楽しいものだった。

 籠に山盛りになった白パンに緑たっぷりの新鮮なサラダ、薄い衣を纏う揚げた川魚にはさわやかな柑橘のソースがかかっている。玉ねぎをベースにパンやチーズを入れて焼き上げたスープに、たっぷりのハーブを塗り込んでローストした山鳥が出てきたときにはルカもリヒトも思わず感嘆の声を漏らした。デザートは飴色に輝くアップルパイだ。二人ともがっつくのはよくないとわかりつつも夢中で食べた。エーデルリンクはその様子を微笑ましく見守り、サニカは時折食材の説明を交えつつも誇らしげに口角を上げた。食卓にところ狭しと並べられたごちそうをひととおりやっつけてしまうと、二人はもう降参とばかり布張りの椅子に沈み込んだ。サニカがちょうどよいタイミングで、てきぱきとハーブティーを並べてくれる。


「さて、ちょっと事務的な話をしよう。まずはヒュドラの骨の買い取りについてだ」

 エーデルリンクがそう切り出し、ルカとリヒトはかしこまって姿勢を正した。サニカはいつのまにかどこかに引っ込んでいた。

 マロルネに話したことがしっかりと伝わっていたようで、買い取りの金は討伐メンバーで分配することとされた。しかしながらほかの者の意向もあってどうしても等分ではなく、ルカとリヒトの分配が多くなる。受け取れないと言う彼らを説得するのにも骨が折れたため納得してほしいとのことだった。分配金はルカとリヒト、合わせて金貨百二十枚。ルカはこんな大金になると思っていなかったので驚いた。そして期せずして冬支度の金ができてしまった。そろそろスカーレットに支払わねばと思っていたためちょうど良かった。それでもほとんどは手つかずで残るほどの金額だ。備えに貯めておくのもよし、リヒトが欲しい魔術具や貴重な材料を買うのにも充てられよう。それに――

「その金を両親にいくらか送ることはできますか」

 ルカは前々から気になっていたことを聞いた。成人したのに王都へ出て好きにさせてもらっているので、臨時収入があったときくらい送りたい。リヒトも横で頷いた。

「一般的な送金は町での手続きが必要だが、たしか二人はポルカ村だったな」

 ルカとリヒトは顔を見合わせた。村から町まで一日かけて金を受け取りに行かせるのでは具合が悪い。

「金貨の二、三枚程度なら伝書鳥に包んでも落ちやしないよ。リヒトの返信機能つき伝書鳥にすれば受け取り確認もできるだろう」

「そうします」

 送金の算段もつき、二人は明日事務棟で受け取りの手続きをすることとなった。


 続いて褒賞の話になった。

「報告会では後日と言ったが、いまいいかな。率直に言って、なにが欲しい?」

 エーデルリンクは鷹揚に後ろに背をもたせかけ、テーブルの上で指を絡めて二人を見た。

「僕はいまこの家の外で丸まってる絨毯が欲しいです」

 リヒトはルカがびっくりするくらい遠慮がなかった。たったいま絨毯が高級魔術具である所以を聞いたばかりだというのに、いや、それを聞いたからこそかもしれない。手に入れられる機会を逃したくないのだろう。ルカとしてはリヒトの功績であれば絨毯くらい貰って当然だと思う。しかし魔術学校側がどう考えるかは別問題である。リヒト一人の褒賞ぶんで足りなければ、ルカのぶんは要らないのでリヒトにあれをやってほしい。そう考えていたのだが、エーデルリンクはあっさりと了承した。

「ああ、いいよ。今日は自動運転にしたけど、操縦のしかたはわかるかな?」

「大丈夫です。でもあの自動運転の術式って……」

「たしかリヒトは『木の手』の再現に挑戦しているんだろう? あれには木の手の自律運動の術式が応用されているんだよ。いろいろいじってみなさい」エーデルリンクは楽しそうに笑った。「質問はエイプリル先生にね。今日の術式を仕込んでくれたのも彼女だから」

「はぁい……」リヒトはちょっと嫌そうな顔を覗かせた。基本的には怖い先生というのは変わらないのだろう。

「そうだ。絨毯をやるのはいいんだが、成人するまでは門の外へ行ってはいけない。ジュールラックにも言っておくからな」

「え、なんでですか」

「十二の子どもが絨毯を乗り回していたら目立つ。魔術学校の生徒であればリヒトのあれは褒賞だとすぐにわかるが、王都には無駄に横柄な貴族もいるんだ。へんなのに絡まれても面倒くさいだろう」

「……はい」

 せっかく手に入れた絨毯を貴族に絡まれて取り上げられる想像をしたのだろう。リヒトは口を尖らせつつも大人しく了承した。


「さて、ルカ殿はなにを望む?」

 エーデルリンクは今度はルカに愉し気な視線をよこした。ルカは正直困っていた。少し前までは失ったぶんの矢が欲しかったが、外出禁止令が解けてから今日の報告会までに王都で調達してしまっていた。選択肢としてはリヒトの欲しいものか金になる。リヒトを見てみたがルカのぶんの褒賞を自分が使うつもりはないらしく、無言で首を横に振るのみだった。

「ではエーデルリンク先生のいいと思うだけのか……」

「うん、ではちょっと待っていなさい」

 金を、と言いかけて、言わせてもらえなかった。エーデルリンクはすっくと立ち上がると早足で家の奥へ引っ込んだ。


 しばらく経っても戻ってこない。

「遅いね……」

「ああ」

 わずかに階下で音がする。この家には地下室もあったようだ。いったいなにをしているのやら。

「僕に絨毯をくれたエーデルリンク先生が兄さんにお金で済ますはずがないよ」

「お前、よく絨毯なんかねだったな」

 ルカは感心半分、呆れ半分といった視線を投げた。

「どのくらいの功績と思ってもらえてるのか試したんだよ。あんなにあっさり通るなら、もうちょっと吹っかければよかった」

 リヒトは日に日にたくましく成長している。魔術使いとしてすでに優秀で、ヒュドラの弱点を発見するという実績も持ち、交渉ごとで豪胆さも発揮する。ルカはリヒトの手にあるものを数えては、我がことのように嬉しくなるのだった。


「あら、お客さまをほうっておいて、しかたのない人ね、あの人ったら」

 サニカが温かいポットを持って、冷めてしまったお茶を取りかえてくれた。

「奥様、この家には地下室もあるんですね」

 リヒトが床下の音を示すように目線を下に遣って聞いた。

「ええ、私はじめじめするから嫌だって言ったんだけど『地下室は男のロマンだ』とかわけのわからないことを言って」

「はあ」

 ルカはわからないが、リヒトはうんうんと頷いている。

「でもまあ、私のわがままも聞いてくれたからいいけど」サニカはかわいらしく肩をすくめた。

「奥様のわがままですか?」

「星見台をつくってもらったの」

「もしかして家の裏手の塔ですか!?」リヒトは興奮し、身を乗り出して聞いた。

「そうよ。そんなに高くなくていいから作ってほしいって私がお願いしたの。てっぺんにね、望遠鏡も設置してあるのよ」

「望遠鏡……」

 リヒトの目が羨望に輝いている。すごく見たそうだ。ルカたちは目がいいほうで、山でも日々星を見て季節のうつろいを知った。それでなくても実家が農家なので星を見るのは習慣のひとつだ。ルカたちはもうどの季節、どの方角にどんな星が見えるのかはよくわかっていたが、たとえ星の位置に明るくなくても村近くの丘には星見石という地面に垂直に立った縦長の岩に小さな穴が開いたものがあり、そこから基準となる群れ星が見えたら麦を蒔く時期と知ることができた。

「リヒト、見せてもらったらどうだ」

「う、うう……」

「いいですよ。望遠鏡の使い方も教えてあげるわ」

「でも……エーデルリンク先生がなにを持ってくるのか気になるし……」

 迷いに迷って涙目になっているリヒトを救うように、やっとエーデルリンクが戻ってきた。


「いやぁ、どこにしまったかと思った」

 難儀そうな顔をしたエーデルリンクは頭に蜘蛛の巣を引っかけていた。サニカが顔をしかめてすっと取ると、彼はごまかすように視線をよそに向けて咳ばらいをした。その手には小さな毛皮の包みが載っている。

「これはルカ殿が使おうと決めるまで直接触ってはいけない」

 エーデルリンクは席につくとテーブルの上に置いた包みを中身に触らないように注意して開いた。「藍星鉱ブルーステラという」

 隣でリヒトが息を呑んだ。

 ごろりとした拳大の白い石に、銀色の金属が小さい枝のように何本も纏わりついていた。それはその枝先で時折青い光を反射し、見る者にさながら銀の枝に青い小花が咲いているような錯覚を抱かせた。

「〈神界のまれもの〉というのを聞いたことがあるかな?」

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