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053.エイプリルとお話(1/2)

 報告会の所感をリヒトと話そうと思っていた矢先に話しかけられ、ルカは少し身構えた。ヒュドラ討伐のときに明らかにおかしなことが起こったと居合わせた者たちにはわかったはずなのに、それについての言及がなかったからだ。エイプリルは「少し歩きましょう」と言い二人を促す。しかたがないので大人しくついていくことにした。


「リヒト。改めてになりますが、生徒たちへの説明は情報を絞りますから、先ほど聞いたことはむやみに話してはいけませんよ」

「もちろんですよ。でもここでも"例の血"だったんですね」

「……報いは必ず受けさせるわ」

 仮面の向こうの表情は読めないが、どうやらエイプリルは第一王子のことを相当腹に据えかねているらしい。王家の人間になにができるだろうとも思うが、ルカもこれまで三度ほど迷惑を被っているので、エイプリルには是非ともうまくやってもらいたいところだ。


 研究棟の裏手に、花壇に沿うようにしてテーブルと椅子が並んでいた。丸太を切ってそのまま組み合わせたものだ。生徒たちがあまり近づかない場所のため人気ひとけがない。エイプリルは「ここにしましょう」と言い、ルカたちはひとつの丸テーブルを囲んで席に着いた。


「急に申し訳ないですね。あの場でお伝えできなかったことをお話したかったの」

 エイプリルは顎をくいと上げる仕草をして(仮面で見えないが嘴が若干上向きになったためそうだろう)、説教をされているのかとこちらが錯覚するような声音で詫びた。

「まずは個人的にも感謝を。あなたがしてくださったことは我々にとって本当に大きなことだったのです」

「いや……」

 ルカは手を引きかけたが間に合わずエイプリルにがしりと握手された。華奢だが大きな手は力強く、ルカより幾分ひんやりとしていた。

「ところで本日晩餐を一緒にいかがかしら」

「え」

 急なお誘いにルカは心が揺れるのを感じた。決してエイプリルにときめいたわけではない。食事であればこの仮面の下が見られるという単純な好奇心に駆られたからだ。

「エーデルリンク校長と」

「あ……ああ、校長とですか」

 なんだ、エイプリルとではないのか。であれば用はない。バルバラの作った料理にリヒトと舌鼓を打つのと、権力者とのかしこまった晩餐では天秤にかけるまでもない。

「もちろんリヒトも招きますよ」エイプリルはルカの断りそうな雰囲気を嗅ぎつけたのか即座に付け加えた。ルカは内心なぜバレたんだろうと疑問に思う。

「兄さん、行ってみようよ」

「よし行こう」

 リヒトが行きたいのであればそれがルカの最優先である。バルバラの美味しい料理はまた明日だ。エイプリルはルカの変わり身の早さに複雑な顔をしていたが、それは仮面のおかげで隠されていた。

「……では校長に伝えておきましょう。服装はいまのままで構いません。五の鐘のころ迎えを遣ります」

「わかりました」

 ルカとリヒトは頷き、呼び止められたのはこの約束を取りつけるためだったのかと思ったが、エイプリルは椅子にゆったりと腰を落ち着けたまま動こうとしなかった。いつのまに出したのか、彼女は手のひらのなかで濃いピンクの石を転がした。


「〈無駄話石(エンプティ・トーカー)〉。私たちが秘密のお話をしても、このテーブルから数歩離れれば明日の天気の話をしているように聞こえてしまいます。お聞きになりたいことがあればここでお答えしますよ」

「え……」

「その石、今度ちゃんと見せてください」エイプリルの突然の発言にルカがどう応えるべきか戸惑っていると、リヒトはまず魔術具に食いついた。

「これは難し……いえ、余計でしたね。このお話が終わったら貸しましょう」

 エイプリルは仮面の上からこめかみに指先を当て、揉みながら了承した。

「やった! じゃあ僕から質問があります。ヒュドラを倒したときの状況を先生たちや護衛の人たちから聞きましたよね」


 リヒトは自分の要求を通すだけ通したら途端に切り出した。〈無駄話石〉を使ったことで、相手の本題はこの話だとわかったからだ。


「ええ」エイプリルは居住まいを正して答える。

「エイプリル先生はそれを聞いてどう感じたんですか」

「……私個人の感想を聞きたいのですか」

「魔術学校としての対応はエーデルリンク先生に直接聞きます」

「あなたたちを味方にしたいと思った」

 勝ち気に言ったリヒトに対し、エイプリルはルカが意外に思うほど率直に答えた。

「あとで校長に確認するぶんには構わないけれど、魔術学校としてもそれは同じ。そして私たちは恩を仇で返すような恥知らずではないつもりよ」

 仮面の分厚いレンズに透かした意志の強い目が、リヒトから真っ直ぐにルカに向けられた。

「味方って、僕は魔術学校預かりで卒業後もたぶんここでしょう? とすると兄さんを取り込みたいってことですよね」

「そうですが、リヒトも同じですよ。王都で官僚になる道もありますし、あなたにそうすべく立ち回られたら私たちはかなり苦労することになります」

 苦労はするが阻止できないとは言っていない。リヒトはおもしろくなかったのか少し口を尖らせた。

「問題はルカさんです。私たちはおそらくあなたに敵わない」

「……」


 それは買い被りすぎではなかろうか。エルダーの森から帰るときに見た魔術師団はなかなかの軍事力を保持しているはずだ。想像もつかないほど強力な魔術具も持っていることだろう。


「なにで競うかにも依るかと思いますが」

「そうですね。でも私たちはそう判断したのです」

「……」

「人の心を捨てて、あらゆる手段を用いて、辛勝。そんな話をしているのではないの。人道的でない手段を用いれば、必ず自身の母体の求心力が弱まるものよ。だからまともな手段を用いた場合、まず我々はあなたに勝てない。それにまともでない手段を用いたとしても、あなたは我々から逃げおおせる(・・・・・・)ことができる。リヒトも連れてね。そう考えています」


 なにを言っても言い負かされそうな気がしたのでルカは反論を諦めた。

 明日も更新します。

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