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052.あの日の顛末報告会(2/2)

 プルメリアは伝書鳥の性能をなんとしても一度テストしておきたかった。だからジェットから伝書鳥メールバードをくすねたあとすぐにエルダーの森側の草地に出た。もう夕刻で、その日野外学習をしていた貴族クラスの面々は引き揚げていた。プルメリアは手早く伝書鳥を取り出すと、ふと思いついて薬の小瓶を取り出した。今日中に薬の効果まで確かめることはもう無理だ。しかし今日も使っておけば、夜のうちに魔鳥を森のふちまでおびき寄せておくことも運が良ければできるのではないか。そう思い、件の薬の半分を振りかけた。言うまでもないことだが、この思いつきは最悪のかたちで成功した。

 こぼれないように薬が紙に染み込むまで待ち、うまくいくことを願って飛び立たせる。朝に戻ってくるように魔力は多めにした。飛んでいった伝書鳥を見ながら、このまま野外学習で森に入るときまで飛ばせておけばよかったかと思ったが、正確な飛行時間の計算が心許なかったため、やはり明日の朝戻ってきた伝書鳥を再度森のなかで飛ばすのがいまできる一番のことだと考え直した。翌朝目が覚めると、伝書鳥は無事に戻り窓枠に留まっていた。


 実はこの、プルメリアが伝書鳥を飛ばすところを見ていた者がいる。片付けが遅くなった貴族クラスの生徒だった。彼はプルメリアが伝書鳥を飛ばすのを見たが、それはエルダーの森へ飛んでいったと証言した。魔術学校内で飛ばされた伝書鳥は、宛先が魔術学校の誰かであればそのまま学校敷地内のその人のところまで飛んでいくし、王都などへ行くときは門の上の輪っかに向かう。彼自身は輪っかのことまでは知らなかったが、エルダーの森の奥へと飛んでいくのは見たことがなかったため、不思議に思い印象に残っていた。


 プルメリアは戻ってきた伝書鳥を大切に革袋にしまい、今日の野外学習の成果に胸を膨らませていた。しかし森では大変なことが起きていたのだった。


「これは推測ではあるが、確度は高いと思われる」

 ガジュラは声を一段と低くして言った。

「夜中に森の上を、薬の匂いを撒き散らしながら森の深みまで飛んだ伝書鳥は、その下にいたあらゆる魔獣を興奮させていた。だが森の奥深くから一番やっかいな魔獣が目を覚ましたため、ほかの魔獣は近寄ることができなかった。それがヒュドラだ。薬の香気に狂うか、ヒュドラへの恐怖心が克つかといったところだが、ヒュドラの通り道にいればどのみちどんな魔獣も死んだはずだ。だから伝書鳥を森の浅いところまで執拗に追いかけてこられたのは、ヒュドラだけだと考えている」


 ヒュドラの生態にはわからないことがたくさんある。むしろわかっていることが少なすぎる。だが森を調査した魔術師団の団員によると、考えるのも嫌になるくらい遠くから木々をなぎ倒し、すごい速さで近づいてきたことが推察できた。前日の日中までは異変がなかった森だ。森番の気持ちを考えると同情を禁じ得ない。


 プルメリアは予定通り伝書鳥を携帯して野外学習に参加した。

 しかしもう伝書鳥を飛ばす必要などなかったのだ。前夜のうちにヒュドラは釣れており、薬の匂いをぷんぷんさせたプルメリアが自ら防衛の魔術具の範囲外である森まで入っているのだから。ヒュドラは一直線に向かってきたのだ。昨夜嗅いだかぐわしい香りが、いっそう濃く強く近づいてきたのを感じて。


 ルカもリヒトもその"薬"がなんなのか、もうわかっていた。


 プルメリアは伝書鳥を飛ばすところをリヒトたち――とくに試作品をくすねたジェットに見られまいと、用を足すふりをしてより森の深くに入っていった。

 そのあとは、ルカたちがスカーレットに聞いた通りだった。プルメリアはスカーレットたちにもできるだけ見られまいと彼女たちから離れ、すでに乾いていた昨日の薬の残りを再度かけて飛ばすつもりだった。ちょうどそのときに近づいてきたスカーレットには目撃されることになったのだ。

 一方、いつまで経っても戻ってこないプルメリアにリヒトはイライラしていた。そして赤い狼煙が上がる。それはプルメリアが入っていった茂みの延長線上だった。嫌な予感がした。リヒトたちについていた護衛は赤い狼煙が使われた場所に行くからリヒトたちには戻るよう指示を出した。しかしリヒトはフッタールとジェットだけ先に戻るよう言い、自分はこっそり護衛のあとをつけた。プルメリアたちのいた場所では〈縋りつく骨の手〉に護られた二人が気を失い、ほぼ同時に駆けつけた教師がヒュドラに牽制の魔法を放った。そしてあの戦闘が始まっていったのだ。


 ヒュドラ討伐に関しては、ルカとリヒトが説明した以上のことは言及されなかった。つまり、リヒトがヒュドラの毒は自分自身にも効くことに気がつき、ルカが矢尻を毒に浸して放った――それだけだった。

 校長のエーデルリンクがガジュラと目で会話し、改まった様子で口を開いた。


「今回のヒュドラ討伐には、リヒトの観察とルカ殿の協力がなければ間違いなく甚大な被害が出ていた。改めて感謝申し上げる」


 講堂じゅうから拍手がさざ波のように湧き起こり、それはルカとリヒトを囲んで大きく響いた。リヒトは普通の顔をしていたが、ルカはびっくりして顔が熱くなるのを感じた。色が白いことがどの程度影響しているのか、こういうときはたいてい目尻に朱が差しているのだ。

 エーデルリンクは続いてともに戦った教師たち、護衛たちもねぎらった。


「さて、魔術学校としては討伐に関わった者たちにはなんらかの形で報いなければならないと考えている。だが本会はあくまで報告会であるので、後日改めて話をさせてもらいたい」



 エーデルリンクがそう締めると、またガジュラに交代し、プルメリアの聴取について簡単に説明があった。

 プルメリアは当初しらばっくれていた。しかし先述の貴族の証言とスカーレットの目撃情報、ジュールラックの「事件前夜から伝書鳥はひとつも輪っかを通っていない」という証言、魔術学校内でプルメリアから伝書鳥を受け取った者がいないこと、最後にジェットが試作した伝書鳥がひとつ消えていると気づいたことで「伝書鳥に鍵がある」と確信した教師たちにより、プルメリアの部屋は徹底的に調べ上げられることになった。そして気を失っていたあいだもずっと握りしめていたのか、くしゃくしゃになった伝書鳥が見つかり、押収された小瓶の中身が判明したことで彼女はようやくこれまでの経緯を白状したのだった。


「彼女は薬の効果がそれほど強いとは思っていなかった。また王都の森での異常にヨルムンガンドの血、ひいては第一王子が絡んでいる件は、市井の者には伏せてある。よって薬の正体が件の血であると予想できたとは、我々は考えていない」

 薬の効果に半信半疑だったのは事実だろう。そこまで強い効果があるとわかっていれば、リスクに気が回らないなんてことがあるわけがない。そして少し自分の都合のいいように周りを利用してやろうと思ったことが、とんでもない大ごとになってしまったということだ。時間が経つにつれ自分のしたことが如何に浅はかで危険な行為だったか実感したようで、いまは反省しているという。


「それでは彼女を放免すると仰るか」

 後ろのほうの魔術師団のなかから怒りの声が上がった。

 ガジュラはそれまで静謐と言ってもいいくらいだった後部座席からの憤りに、理解を示すように頷いた。

「もちろんなにも処罰を行わないということではない。今回の件は教会本部にも伝えてある。教会側はすでに彼女を放棄する旨を伝えてきた。魔術学校も彼女を手放せば、彼女はいままで奨学生として受けてきた保障を返還しなくてはならなくなる。実家は裕福だそうだから、なんとかなるだろうが……我々は教育機関としての役割を果たすべきだと考えている」

 魔法使いは教会預かりだ。教会が放棄したので、彼女は将来の仕事を失ってしまった状態にあるのだ。


 いままでじっと聞いていたリヒトがルカに耳打ちをする。

「マロルネさんに聞いたんだけど、退学処分になっても実家に帰って、魔術学校に来なかった人生に戻るだけってわけにはいかないんだって」

「ほう」

 そんなマロルネは二列後ろに座っている。

「なにをされるんだ?」

「言えないって言われた」

「……」

 マロルネが言えないということは、よっぽどなことになるのだろう。ルカは知りたくないと思った。

「では彼女はなかなか追いつめられているわけか」

「自業自得だけどね。まあエーデルリンク先生のことだから、魔術学校で飼い殺しにするんじゃないの。〈魔獣使い〉ってけっこう便利な魔法だし、こき使えるチャンスを逃すわけないよ」

「なるほど」

 命がつながるなら、ほかはたいした問題ではあるまい。ルカとリヒトはあらかたのことがわかったので、ガジュラが魔術師団をなだめるのをまったりと待つことにした。



 少しして構内は落ち着きを取り戻し、残る懸念点が列挙される。

・エルダーの森のプルメリアの伝書鳥が飛んだあたりの魔獣は、いまでも興奮状態にあると思われること。

・プルメリアが出会った怪しげな行商は、フードを深く被り顔を隠していたが、騎士か兵士と思われること。体つきがやけに逞しかったとプルメリアが覚えていたのだ。森の警邏中に見つけた血を集めて売ったと推察される。魔術学校から連絡を受けた王国軍が最近退役し王都を出た者を追ってすでに動き出している。またプルメリアの前にも誰かに売って金を稼いだはずなので、それも調べなければならない。



 プルメリアは結局、十日間の反省室での謹慎と半年間の奉仕活動を課され、魔術学校に籍が残ることになった。

 プルメリアの計画――とも呼び難い無謀な企みは、実行するに足る材料が偶然揃っただけでそのほかの検討をせず、見切り発車であり、確認すべきことを思いついてもいない杜撰なものだった。リヒトにとってはまったく理解できない。しかしそれを掻き消すくらい致命的なことは、自分が教師や護衛などの強い者に手伝ってもらうことばかりを考えて、野外学習でそれを行えば森に慣れていない弱い者たちを巻き込むのだということを想像すらしなかったことである。



 そうして頭の痛くなるような報告会の閉会が告げられた。少しの休憩ののちに魔術師団と教員たちで会議が執り行われるというので、ルカとリヒトはここで御役御免である。内容が内容だったので講堂内には重苦しい雰囲気が垂れこめている。早々に出ようと思ったが、中央通路で何回か魔術師団の者に肩を叩かれたり、握手を求められたりで閉口した。ようやく二人で大講堂を出ると、涼しい風が吹いて爽やかな心持ちになる。深く息を吸い込んでゆっくり吐こうとしていたところ、背後から声がかかった。


「ちょっとよろしいかしら」

 振り返ると、そこには外の爽やかさを一気に消滅させるような黒い鳥の仮面をつけたエイプリルが立っていた。

※2022.06.05 脱字修正をしました。

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