051.あの日の顛末報告会(1/2)
何日かして、ヒュドラが現れた一連のできごとの顛末がまとめられたらしい。
魔術学校ではすでに授業が再開されていたが、プルメリアは反省室に移されていた。スカーレットは女子寮に戻り授業にも出ているが、時折もの思いに耽る様子が見られていた。
ルカとリヒトは先日のマロルネの言の通り、関係者としてその説明会に招かれた。場所は入学式のときに一度入ったっきりの大講堂だ。
今日は壇上ではなくみな中央通路を挟んだ長椅子に着席しており、校長と副校長、エイプリルだけが、みなに向かい合う形で中央通路に臨時で設置された席に着いている。長椅子に座るほとんどが教員や魔術師団の面々であり、さすがに生徒たちとは違ってざわつくこともなく会の開始を待っていた。
ルカとリヒトは職員の案内で、前から二列目の右手の席に座った。前後にはあの日ともに戦った教師や護衛たちがいて、目が合うとまるでルカに信頼を寄せているかのように微笑んで頷いた。ただ風の魔術を使っていた教師だけは顔色が悪かった。
ここにはリヒト以外は成人しかいない。リヒトが例外なのは、あの場に立ち会ったことと、生徒たちには伏せる情報も口を噤んでおくと約束したからだ。すでにリヒトが独自に動いていたため、あらかた事情を掴まれているというのもあるのだろう。
「みな揃ったようなので、これより野外学習域におけるヒュドラ出現とその背景、そして討伐と現況について説明する」
顛末は副校長ガジュラがまとめて語るようだった。
このガジュラは、ヒュドラ退治の翌日、ルカとリヒトに改めて聴取に来ていた。ルカとは正反対の褐色の肌を持ち、骨格も平均より頑健な様相で、一目で人種が違うのがわかった。厳格な内面の表れた顔つきにはいくつも皺が刻まれていたが、豊かな焦げ茶の髪が雄々しく逆立っている。野性味のある見た目に反し、この男はずいぶんと理知的に話すのだ。
ガジュラはまず野外学習の概要と二日目の平民クラスのルート、ヒュドラの出現時刻など、基本的なことから始めた。そして今回の件の原因がプルメリアにあることを断言したあとで、彼女の動機と、具体的になにをしたのかを順序立てて説明した。
ひとつ目の背景として、スカーレットに対するプルメリアの嫉妬があった。
スカーレットは王都に来る途中の森で負傷した騎士たちを治癒したことが功績と認められ、入学前に教会から称号を得ていた。〈エスメラルダの右手〉という、〈聖女〉――国一番の治癒魔法の使い手――に連なる称号だ。エスメラルダというのは神話に出てくる、世界で初めて治癒魔法を使った女性の名であり、原初の聖女とも呼ばれている。
治癒魔法の使い手のなかでも称号持ちは将来的に王都の教会本部に配属されるのが暗黙の了解なので、スカーレットの将来は安泰と言えた。
一方のプルメリアはスカーレットの評価を羨んでいた。
プルメリアの〈恩恵〉は〈魔獣使い〉といい、その名の通り魔獣を操り配下に置く魔法の使い手だ。治癒魔法以外の魔法の使い手は、所属こそ教会であるものの〈恩恵〉の力を最大限発揮できる外部組織に派遣されることが多い。決して待遇が悪いということでもないのだが、治癒魔法の使い手の優遇に比べればたしかに見劣りしてしまう。
またプルメリアの実家もスカーレットと同じ裕福な商会であり境遇が似ていること、スカーレットが二つも年下であることも悪感情に拍車をかけたのかもしれない。とにかく入学直後、スカーレットの称号を担任がみなの前で讃えたときから、プルメリアはスカーレットにきつく当たっていた。そして同時に自らも称号を得たいと考えていた。〈魔獣使い〉が称号を得るには強い、あるいは特別稀少な魔獣を従えるしかない。そこでプルメリアは稀少な魔獣に近づく機会をずっと窺っていたのだ。
ふたつめの背景として、プルメリアが王都でおかしな薬を入手したことがあった。
彼女は狙うのなら突然変異レベルの強い魔獣が出ると騒ぎになっている王都の森よりも、稀少な魔獣がいそうなエルダーの森にすべきだと考えていた。ただエルダーの森でも強い魔獣はいるはずなので、協力者が必要だともわかっていた。
事前にエルダーの森に棲息している魔獣を調べなかったのかについて聴取したところ、彼女は稀少且つ小型の魔獣に絞って調べていた。つまり自分の目的に適う魔獣だけを調べ、危険になり得る魔獣に気が回らなかったのだ。結果彼女は何種かの鳥類(魔鳥)に目星をつけた。
資料を読むのと並行して、どう目当ての魔鳥をおびき寄せるかも考える必要があった。実家の商会の伝手や王都で人に尋ねるうち怪しげな行商から声をかけられ、人通りの少ない小道に誘いこまれた。行商は小さな小瓶を取り出して、それが「魔獣を呼び寄せる薬」と言った。その香りを嗅げばたちどころに魔獣が寄ってくるという。もちろん魔鳥もだ。聞いたときは眉唾物だと思ったし、初めはとてもではないが手が出ない金額を言われたのでやめようと思った。しかし行商はその日の晩には王都を発つこと、そしてこの薬を持って王都の森には入れないことを零した。プルメリアとしても手立てがないまま何日もくすぶっていたところに渡りに船の売り込みだったのだ。処分したがっているのは明白だったし、その薬を持って危険と言われている王都の森に入れないという言葉が妙に真に迫っていたので、やはり欲しくなった。交渉ののち、行商は初めに比べれば捨て値と言えるような金額でプルメリアに薬を譲った。行商は自分が王都を発った明日以降に使うことを約束させ、プルメリアから金貨をふんだくって去っていった。
この怪しげな薬を手に入れたのは野外学習が発表されるよりひと月以上前のことだった。厳重に封印された薬の瓶を手に、プルメリアは遠い森を見つめながら、森から魔鳥を引っ張ってくる方法をずっと考えていた。そしてあるとき最悪の着想を得たのだ。伝書鳥にこの薬を染み込ませて、森の上空を旋回させればいいのではないか、と。
それでもまだ課題は残っていた。魔術学校には王都と同じく防衛の魔術具が常時作動していると授業で習った。伝書鳥がうまくいったとして、学校のそばまでおびき寄せることまではできない。プルメリアはこれをいったん保留にして伝書鳥の改造にとりかかった。
彼女はよく研究した。そしてレターヘッドに刻まれた術式を改変すれば、飛行ルートや距離を調整できることに行き当たった。ただし術式を改変できるのは魔術使いだけである。プルメリアは協力者として真っ先にリヒトを思い浮かべたが、リヒトは鋭すぎるため改変した伝書鳥でなにをするのか追及される恐れがあった。最終的には協力関係になりたいが、スカーレットとよく話しているので自分をよく思っていないかもしれない。頼むのなら断れない状況に追い込んでからにしようと、術式の改変はほかを当たることにした。
そして平民クラスで定期試験の結果が二番目に良かったフッタールに声をかけたが、面倒くさいと断られた。しかたなく三番目のジェットに頼むと、ジェットは興味が湧いたようで協力を了承した。プルメリアとしては自分の思う通りに作ってほしいだけだったのだが、ジェットはあれやこれやと試行錯誤しながら純粋に術式改変の実験を楽しんでいた。彼女は内心かなり焦れていた。しかし誘ったときに「こういうことをしたらどうなるか興味があるからやってみたい」と知的好奇心をくすぐる言い方をしたため、あまり急かすのは不自然と思い我慢していた。日が経つにつれ、ジェットはプルメリアにはなにか目的があると薄々感づいていた。それでもエルダーの森の魔鳥をおびき出そうと企んでいるなど想像の範疇を超えており、放課後の実験は楽しんで付き合っていたのだった。
エルダーの森で野外学習をすると発表があったのはそんなころだった。プルメリアは最大のチャンスが訪れたと思った。ひとりでおびき寄せた魔鳥と対峙するのは不安があるが、教師や護衛がいるタイミングで偶然を装って自分が〈魔獣使い〉を行使すれば、自然なかたちでフォローももらいながら魔鳥を従えることができる。
でもまだ薬が本当に効くのかの実験すらできていない。ジェットはプルメリアの焦りなどつゆ知らず、マイペースに試行錯誤を続けている。とうとう我慢の限界を超えた彼女はジェットを呼び出し、作っていたいくつもの伝書鳥を確認させてくれるよう頼んだ。自分の真上で旋回するような軌道のもの、三角形や五角形をなぞるように飛行するもの、いろいろあるなかに一直線にかなり遠くへ飛んでいって折り返して戻ってくるものを見つけた。飛距離もかなり長い。
(この軌道ならより森の深いところに飛んでいける。深いところにはきっと魔鳥も多く飛んでいるはずだわ)
そう考え、ジェットの試作品を黙ってくすねた。
それは野外学習一日目のことだった。
※2022.06.05 誤字修正をしました。