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050.スカーレットの宿題

「兄さん、そういえば部分的なマーキングってできるようになったの?」

 リヒトはいまだ輪っかに固執しているスカーレットに聞こえないよう、小声で尋ねた。

「ん? どれ、ジュールラックで試してみるか」

「やって、やって」リヒトが楽しげにしがみついてくる。かわいい。

「お、お兄さま!? なんですか!? 不穏な空気を感じますよ!?」

 ジュールラックがめずらしく動揺した声を上げる。

「……ううむ、無理なようだ。あ、ジュールラックで試したのが良くなかったかな」

「それもそっか。ジュールラック自体がよくわかんないのに、目とほかの部分に区別があるのかなんて知りようがないもんね」

「この忠実なジュールラックめに、なにをなさろうとしたんですか!」

 ジュールラックが体を真っ赤にして抗議する。初めて見る色だ。どこにつなげているのやら。

「まあ気にするなよジュールラック」リヒトが軽く流す。


 ジュールラックの目だけにマーキングすることはできなかったが、ジュールラック自身にはつけられた。これがルカがジュールラックを門とは独立したひとつの個体として認識している主観によるものか、あるいはルカのマーカーが当たり障りのないものに自動でつく作用によるものかはわからない。だからルカのマーカーがついたからといって、ジュールラックが門とは別の存在と証明することにはならない。とはいえマーカーがつけられたということは、〈相互移動〉ができるということである。

 さて、ジュールラックの右半身にマーカーをつけたとき、王都にいくつもある左半身がどうなっているのか確認する術はない。


(〈相互移動〉で門から無理矢理引っぺがしたら怒るだろうか)

 ルカは赤く熟れた林檎のようになったジュールラックを見て、にやりと笑った。


 その後、通りすがりのメジロでも試してみたが、やはり目だけにマーキングはできなかった。リヒトにもそれを伝え、矢は自身で組み立てていた経験がよかったのではという結論を仮定して、検証を終えた。


「駄目。どうしてもただの鉄の輪っかにしか見えないわ」

 スカーレットがようやく諦めてルカたちの元へ寄ってきた。


「ねえ、さっきのなんだったの」スカーレットがリヒトに詰め寄る。

「なんだったのって、なにが」

「伝書鳥が輪っかを通ってるからなんだっていうの」

 マーキングの話を聞かれていたのかと思って焦ったが、そうではなかったらしい。スカーレットは魔術学校で放たれた伝書鳥が直接王都へ行っているのはおかしい、という考えにまだ至っていなかったのだ。急に二歩後退したかのような話題を振られて、リヒトは一気に冷めた顔をした。


「なによ!」

 軽んじられたことを瞬時に察知したスカーレットは顔を赤らめて噛みついた。リヒトは黙っているほうが面倒くさくなったのか、疑問点をスカーレットにもわかるように説明してあげた。

「……つまりだ、魔術学校の周囲の森を渡って王都へ行くのは非効率だろって話をしていたんだ」

「じゃあすべての伝書鳥はあの輪っかをくぐっていないと変だということね」

「すべてって……魔術学校のなかでのやりとりはここを通る必要はないぞ」

「わかってるわよ」

「じゃあすべてって言うなよ」

「この門ってすごいのね」スカーレットは話を逸らし、門扉に触れた。


 ジュールラックはクッキーを食べ終え、真鍮色に戻っている。この感じだと今日はもう動く気はなさそうだ。

「果たしてすごいのは門だろうか」ルカはうっかり口にした。

「え? どういうこと?」スカーレットは聞き逃さなかった。

 おっといけない。先ほど自分で考えさせようと思ったばかりだった。

「……この門は魔術具だってリヒト、言ってたわよね。リヒトがそんなこと間違えるはずないし」

 スカーレットが思案顔でまじまじと門を観察し始めた。とはいってもいまは作動もしておらず、表面の装飾が鈍く光るばかりである。

「指輪の認証は間違いなく門がやってるな。いつも通るときに膨大なデータと照合してる流れが見えるし」

 リヒトがあえてそれだけ言ったということは、門をくぐるときにまったく別の場所に通じる部分は、魔術具としての門の働きではないと暗に匂わせているのだ。スカーレットには正しく伝わっただろうか。

「そういえばさっきもへんなこと言ってたわよね。ジュールラックが飾りだって言ったとき、擬態とかなんとか」

 スカーレットが考え込んでいる。「もしかしてわたしたちがここと王都を行き来するときは、ジュールラック自身がなにかしてるってこと?」

 スカーレットはすばらしい閃きをしたといったふうにリヒトの顔を覗き込んだが、すぐにまた眉根を寄せた。「それはそれですごいって思うけど、だからなんなの?」

「別にそれでお前のなかで完結するならいいじゃないか」

「あんたが気にしてることを教えなさいよ」

「なんでそんなに偉そうなんだ」

「リヒトにだけは言われたくないんだけど!?」

 スカーレットはいろいろ思い出したのか、また目を剥いて怒った。


「……ヒントをやってもいいが、代わりに治癒魔法を見せろ」

 抜け目ないリヒトは、ここぞとばかりに交換条件を出した。

「なんかこっちが払う分が多い気がするわ」

「お前、よくオクノ先生のところで手伝いしてるんだろ? 怪我人が来たときに呼んでくれればいいよ。伝書鳥はおごってやる」


 治癒魔法はもっとも望まれていると言っても過言ではないのに、魔術具化が成功していない魔法だった。教会が権威保持のために治癒魔法の使い手を囲い込み、魔術使いに解析させてやらないからだという声もある。しかし魔術使いも怪我をすれば、各地の礼拝所に併設された治療院で治癒魔法を受けられる。実質見放題であるにもかかわらず魔術具がいまだ開発されていないとなると、やはりおいそれとできることではないのだ。そのため薬草学や医療技術、医療に応用できる魔術の研究は続けられている。

 リヒトはスカーレットの治癒魔法にずっと興味があったに違いなく、取引ができる機会を虎視眈々と狙っていた。いまならヒュドラ退治の立役者として十分な交渉材料があるはずなのだが、スカーレットがそれも頭に浮かんでいることを把握していて、あえて口に出していない。高圧的な言葉とは裏腹の微笑みに、金銭的な負担もさせず、今後もやるであろうことをついでに見せてもらうだけだと言い迫る。齢十歳の女の子は言い返す術を持たず、今後機会があるたびに治癒魔法を見せることを了承することになった。

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